インタビュー

『酒井家のしあわせ』呉美保監督 単独インタビュー

©2006『酒井家のしあわせ』フィルムパートナーズ(ビーワイルド/スタイルジャム/テレビ大阪/テイクイット・エージェンシー)

 友近&ユースケ・サンタマリアというユニークな芸人2人を夫婦役に迎え、滑稽だけど愛おしい家族の風景を描いた『酒井家のしあわせ』。スクリプターとして映画の現場で経験を積み、これが長編映画デビュー作となった呉美保(オ・ミポ)監督に話を聞いた。

呉美保(オ・ミポ)監督

 1977年、三重県生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科を卒業後、大林宣彦事務所「PSC」に入社。スクリプターとして映画の現場に携わりながら制作した短編『め』が2002年「Short Shorts Film Festival」に入選。また次の短編『ハルモニ』が2003年「東京国際ファンタスティック映画祭/デジタルショート600秒」にて最優秀賞を受賞。同年「PSC」を退社、フリーランスのスクリプターをしながら書いた初の長編脚本『酒井家のしあわせ(原題:ヨモヤマブルース)』が2005年「サンダンス・NHK国際映像作家賞/日本部門」を受賞。

どこの家庭でも起こり得ることを淡々と描かれている思いますが、抑えを効かせた笑いが絶妙でした。脚本作りにはかなり試行錯誤されたのですか?

 ええ。脚本はいろいろな方々の意見を伺いながら、15回書き直しました。ただ、構成についてはともかく、笑いの部分に関しては結局、自分自身がおかしいと思えなければ始まらないんですよね。まだ公開していないので、どういう風に受け止めていただけるかは分からないんですが、抑えを効かせた笑いと感じる方も爆笑される方もいらっしゃると思いますし、あるいは「面白くない」と言う方もいらっしゃるかもしれません。それは、ご覧になった方それぞれだと思います。とにかく、私自身が生理的に面白いと思ったものを取り入れました。自分がつまらないと感じたら、その気持ちを押し殺してまで撮るのは難しいでしょうし、どう演出したらいいのか分からなくなると思いますから。

発想の核となったアイデアはどういったものだったのでしょう?

 家族のある形というものを撮ってみたかったんです。何か決定的なアイデアがあったわけではなく、書いていくうちに“酒井家”という一家がいつの間にか出来上がっていきました。この一家は今やもう、私の中では実在している感じがしていますね。
 あと、14歳の男の子が主人公なんですが、この時期の子たちって、感情的には一番ピュアだと思うんですよね。ですから、彼の視点で描いてみたいということもありました。

まじめにやってしまうと深刻なお話になってしまう題材でもありますよね。それが飄々と描かれていて……。

 だからこそ、あの男の子の視点であることが必要だったんですよね。お母さん、あるいはお父さんの視点で描くと、もっと深刻になってしまったかもしれませんし、私自身、もっと掘り下げて見せないと気が済まなかったと思うんです。視点を、何も知らないあの子にしたからこそ、ちょっと引いた感じにできたんですね。
 全部まとめきった終わり方はしていませんし、ハッピーエンドにしたつもりもありません。ただ、見た方たちの心に何らかの余韻が残るといいなとは思いました。心の中であの家族がずっと生き続けてくれることが理想ですね。

舞台となっている三重県は、地方的な括りでは東海ですが、この映画を見た限り、イメージ的には関西という感じがしました。

 確かに、三重県って、微妙な位置にあるんですよ。舞台となっている私が育った伊賀は関西側で、伊勢や四日市、鈴鹿などは名古屋に近いんですよね。どこにお買い物に行くかで、どちら側に属しているかが分かるんですけど、私たちは大阪に行くんです。関西ではないですけど、関西に近いですね。

話している言葉は関西弁みたいですね。

 そうですね。ちょっと語尾が違うくらいです。語尾に「……さ~」が付いたりするんですよ。

今回のお話は、ご自身が経験されたことや周囲で起こったことをネタにしているわけではないのですか?

 違います。あくまで私の想像で、こういう家族の形があってもいいかなという気持ちで作りました。それと、ここには他の家族もいくつか出てきますが、たったワンシーンだけでも、その人たちにちゃんと生きていてほしいなという思いもありましたね。

確かに、どの登場人物もキャラが立っています。

 ええ。個人的には赤井英和さんのシーンが好きですね。短いシーンですが、あれだけでもあの人が生きてきた背景が見えてくるといいなと思いました。

友近さん演じる照美の実家の方々も味がありますね。

 ええ、酒井家とは対照的な人たちですけど、あの家族もあのシーンだけじゃない何かを想像していただけたらいいですけどね。

今回のキャスティングは、まず友近さんありきだったのでしょうか?

 そうですね。友近さんご自身は、“笑わせるだけでなく、シリアスな部分をどう演じたらいいのか”と少し悩まれたようですけど、私は友近さんって、ものすごく演技の幅のある方だと思っていました。実際に、あのキャラクターをきちんと成り立たせてくださいましたから、ありがたかったですね。

監督にとって、ユースケ・サンタマリアさんの魅力は?

 それまでテレビでしか存じ上げなかったんですけど、まず、友近さんと雰囲気が似ていると思ったんですよね。芸人さんはそういう方が多い気がしますが、ユースケさんは特に、笑っていても、どこか悲しげだったり切なげだなと感じていました。実際にお会いしても、その印象は変わらなかったですね。そこがツボでした。

ユースケさんの役は関東人という設定で、無理して関西弁を使っては息子から 「きしょい」と言われたり、妻からは「関西弁、しゃべらんとき」とか言われていたりしますが、関西における関東人はやっぱり、ああいう風に浮いた感じがあるものなのでしょうか?

 そうですね。実はユースケさんも関西人という設定で演じていただこうかと考えたことがあったんですよ。でもやっぱり、そのしゃべりを聞くとどうしても、関西人には分かってしまいますし、ユースケさんも「お芝居に集中したい」とおっしゃいましたので、そうしたリスクを背負うよりも、とにかくユースケさんにやっていただきたいということで、あえて関東の人という設定にしたんです。つまり、ユースケさんの存在感を大切にしたかったんですね。結果的に、それでよかったと思います。

森田直幸くんも、思春期特有の雰囲気をプンプン出していましたね。彼に注文されたことはあったのですか?

 めちゃくちゃ注文させてもらいました(笑)。オーディションで決めさせていただいたんですけど、彼はめちゃくちゃ芝居がうまいんですよ。だけど今回に関しては、私が求めていたのは、悲しいときに悲しい顔をすることではなかったので、逆に引き算をして、演技を抑えるようにお願いしました。ただ、最大の決め手となったのは、森田くんの笑顔なんですよね。あの笑顔を初めて見たときに、最後のシーンが思い浮かびました。あの笑顔を出し惜しみさせておいて、一番最後に見られたらいいと思ったんです。

その直前のシーンで、2人の友達からある話を聞いたときの何とも情けない笑顔もよかったですね。

 あのエピソードに関しては、実は私の中で多少迷いがあったんですね。“ちょっとやりすぎたかな”という気持ちがありまして。ただ、最後だし、あれぐらいやっちゃってもいいかなって(笑)。中学生くらいの頃って、気持ちはコロコロ変わっていきますからね。

イメージしている時代はあったんですか? 梓みちよさんの「二人でお酒を」のような古い曲がラジオから流れてきたりしましたが。

 一応現代で、2005年の物語なんですけど、確かに古い感じはありますよね。私、単純にあの曲が好きで、どうしても入れたかったんです。時代設定については、「一体いつなんだよ?」って、スタッフの方たちにもつっ込まれましたね(笑)。私はあの曲をリアルタイムに知っていた世代ではないので、初めて聴いたときは衝撃だったんですよ。しかも、あぐらかいて地べたに座って歌われていたんですよね? 歌詞もそうですけど、めっちゃカッコいい!じゃないですか。それに、恋愛の歌なんですけど、次雄とナリのケンカのシーンに入れるのも、ちょっとヘンでいいかなって(笑)。「恨みっこなしで別れましょうよ」という歌が流れているところに、男の子たちがいるっていう。

音楽といえば、山崎まさよしさんが楽曲を提供されているのもすごいですね。

 山崎さんは、ほとんどお任せだったんですけど、私が期待していた以上に協力してくださいましたね。まずご本人から言われたのは、「キャストそれぞれに色があるから、使用する楽器にも彩りをつけたい。いろいろな楽器で遊んでみたい」ということでした。それは本当にうれしかったです。本物のアーティスト、ある意味職人さんだなと思いました。妥協はしませんし、「時間がない」とかいうことは一切口実にされない方で、いる場所は違いますけど、山崎さんの“ものづくり”に対する姿勢は、すごく勉強させていただきました。

監督はスクリプターをされていたので、映画の現場にはもともと、なじみがあったんですね?

 そうなんですが、全体のつながりをしっかりと見ていなければいけない仕事をやっていたのに、監督として現場に立った今回は全く気にしませんでしたね(笑)。スクリプターをやっていたくせで、そうしたことが気になって、お芝居をちゃんと見られないんじゃないかと思っていたんですけど、実際は全然違ってました。今回は私についてくださったスクリプターの方に随分助けられましたね。

監督をやったことで、スクリプターの重要性を実感させられたというところですか?

 そうなんです。「私、そんなこと言いましたっけ?」というようなことを指摘してくださるので、本当に助かりました。あと、私がスクリプターをやっていたときは、監督たちがよく台本を失くされたんですよ。“なんで、この1冊を守れないの!?”と思っていたんですけど、いざ私が監督をやってみると、めちゃくちゃ失くしまして(笑)。そうすると、スクリプターの方が横からすぐに「はい」と出してくれますから、「すごい!」と思いましたね。

では、監督の気持ちも良くお分かりになったんですね?

 ええ。“なんて自己管理能力がないの”なんて思っていた私が、一番ひどかったですからね、その失くし具合といったら(笑)。一日何度失くしたことか。自分でもビックリしましたよ(笑)。

映画全体において、スクリプターは大変重要な役割を担っていますが、一般の方々にはどういう仕事か分かりにくいと思います。お仕事の内容を、簡単に説明していただけますか?

 現場全体を客観的に見て、現場から編集作業へとつなぐ役割があると思います。監督がおっしゃったことを編集者に伝えたり、役者さんの動きを冷静に見て、何かあったときにフォローする必要もあります。ただ、私がスクリプターをやっていたときにはそれが出来ていたかどうか分かりませんけど。実際、今回私についてくださった方のお仕事を拝見して、自分のやってきたことが恥ずかしくなりましたね。“はっ、こういうこともチェックするんだ!”と、スクリプターの勉強にもなりました(笑)。

スクリプターは今後も続けられるんですか?

 やっぱり、映画の世界にはずっといたいと思いますので、今出来ることといったらスクリプターかな、と。監督もまたやってみたいですけど。

「笑いと涙がサンドされている作品が好き」ということですが、ご自身にとってはどういう映画がそうでしたか?

 『猟奇的な彼女』ですね。すごくステレオタイプなのに、あれほど笑えて泣ける映画も少ないと思います。日本でリメイクしたら絶対ダメですよ。韓国のあの空気感、あのセンスが生かされた作品ですからね。

最後に、これから映画をご覧になる方々に向けてメッセージをお願いいたします。

 緊張しますね。この間、メイキングを作ったんですけど、役者さんたちってこういう気持ちだったんだ~(笑)。
 初めまして、呉美保です。この『酒井家のしあわせ』は、私が初めて作った映画です。ある家族の幸せの形を私なりに描いてみました。たぶん笑えるし、たぶん泣けます。そして、たぶん笑って終われるかなと思います。ぜひ、見にいらしてください。よろしくお願いいたします。

 “若い!”――それが、初めてお会いしたときの印象だ。平凡な日常を描きながらもどことなくおかしい、この映画の独特な笑いの味に感嘆していた私は、まだ少女のようにあどけなく見えるこの方が、初長編監督・脚本作品に友近さんとユースケ・サンタマリアさんという人気芸人をメイン・キャストに迎えて、まさしく「笑いと涙がサンドされている」物語を作り上げたのだと、再び感嘆。私にはこの映画、不幸も情けなさも笑い飛ばしてたくましく生きる関西人の粋がさりげなく詰まっているように見える。今年もなんとなく終わってしまうけど、とりあえず明日も元気に生きていこう、という気にさせられること請け合いだ。

(取材・文・写真:Maori Matsuura)

『酒井家のしあわせ』作品紹介

 一見ごく普通の家族・酒井家。次雄(中2)と妹・光、母・照美、父・正和の4人家族は関西のとある小さな町に住む。しかし実は照美は再婚で、次雄は事故死した前夫の連れ子。光は父親違いの妹という、ちょっと複雑な家庭。次雄はそういう家族関係を近頃ウザく感じ始めていた。そんなある日、正和が突然家を出て行くと言い出す。なんと、その理由は、男を好きだから……!? 怒り、悲しみ、想いをぶつけ合いながら、家族の絆がやがて結ばれていく――。
友近、ユースケ・サンタマリアというフレッシュな組み合わせを夫婦役に迎え、ポップでコミカルな酒井家が繰り広げる可笑しくて、泣けて、愛しい、家族ドラマ。

(2006年、日本、上映時間:104分)

キャスト&スタッフ

監督:呉美保
出演:森田直幸、友近、ユースケ・サンタマリア、鍋本凪々美、濱田マリ、栗原卓也、谷村美月ほか

公開表記

配給:ビターズ・エンド
2006年12月23日(土)、渋谷アミューズCQNほかにて全国順次公開

(オフィシャル素材提供)

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