俳優たちに言われたよ。「この役を演じるのはちょっと怖い。自分自身を演じることになるから」と
10年ぶりに再会した“彼女”と“彼”。一夜を共にした二人は……?ヘレナ・ボナム=カーターとアーロン・エッカートがロマンティックでほろ苦い大人の会話を繰り広げる『カンバセーションズ』。デュアル・フレーム(二分割画面)という斬新な手法で、再会した元カップルの揺れる心情を繊細に写し取った新進気鋭のハンス・カノーザ監督と、けん制し合っては絡み合う成熟した男女の会話を紡ぎ出した、作家としても活躍中の脚本家ガブリエル・ゼヴィンに、大人の恋の物語について語ってもらった。
ハンス・カノーザ監督
宗教上の理由から演劇・映画・TVを含め芸術を禁じている厳格な両親の元にアメリカで生まれ、子ども時代の大半を東南アジア各地の伝道施設で過ごした。その際に、日本に滞在していた時期もある。ハーバード大学に入学すると、芝居の演出、短編映画・実験的ビデオ映画の制作にまい進する。2002年に自ら製作・監督した学生映画『ALMA MATER』は、オースティン映画祭観客賞を受賞したほか、米国内各地の映画祭で上映された。長編第二作にあたる本作では、2005年東京国際映画祭で審査員特別賞を受賞、ヘレナ・ボナム=カーターに主演女優賞をもたらした。現在、第三作目となる新作のシナリオを、ライティング・パートナーのガブリエル・ゼヴィンと執筆中。
ガブリエル・ゼヴィン
作家として知られるゼヴィンは、1977年10月24日、ニューヨーク生まれ。2000年、英米文学の学位を取得してハーバード大学を卒業。本作でコンビを組んだカノーザ監督とはハーバード時代からの友人で、当時から彼女が脚本を書き、カノーザ監督が演出を手がけて芝居を上演していた。2002年にカノーザ監督が製作した学生映画『ALMA MATER』では、脚本に加えてプロデュース、プロダクション・デザイナー、コスチュームも担当した。2005年6月にMiramax Books社から刊行された小説デビュー作「Margarettowm」で全米の書評家から注目され、Barnes&Nobleの優秀な新進作家の一人に選ばれた。2005年9月に出版された小説「天国からはじまる物語」(理論社刊)は、既に世界15ヵ国で翻訳。本作では、2007年インディペンデント・スピリット・アワードの最優秀新人脚本賞にノミネートされている。
映像的にも物語としても、一瞬たりとも目が離せない作品でしたが、どのようなところから発想を得たのですか?
ハンス・カノーザ監督:長年、デュアル・フレーム(二分割画面)の手法を使った映画を撮りたいと思っていて、その手法で撮られた映画をリサーチしたところ、一番古いものは1913年に作られた『SUSPENSE』という短編だった。ただ、通常の映画だと、一つのカットがあったら、カットバックで相手の反応を見せるんだけど、デュアル・フレームで2人の人間の表情を同時におさめ、全編を通して見せるという作品はこれまでなかったんだよね。これはぜひとも、やってみたいと思った。映画の中で一番大切な部分というのは、表情と表情の間にある、いわゆる行間の感情だと僕は考えているので。幸運なことに、ここにいる偉大なる脚本家と8年間ずっとコラボレートしてきたので、今回も「こういうものが作りたいんだ」と話したところ、彼女がすばらしいストーリーを書いてくれたというわけだよ。
男女の違いを浮き上がらせていると思いますが、お二人で一緒にストーリーや会話を膨らませていったという感じなのでしょうか?
ガブリエル・ゼヴィン:脚本はまず私が書き上げて、その後で彼の意見を聞いていったの。こうした映画的実験を試みるならば、それにふさわしいストーリーがなくてはいけないわ。信じていただけないかもしれないけど、最初から、男女の差について、あるいは男対女みたいな図式で描こうという意図はなかったの。ただやっぱり、キャラクターの一人が“man(男性)”でもう一人が“woman(女性)”として登場し、その二人が相対する様子が描かれている作品だから、そうなることは必須だったわけね。私自身は、「男はこうで、女はこう」と決めつけることはできないとは思っているけど。ストーリーの哲学的なエッセンスは主に私の中から生まれてきたものだと言えるけど、映画全体はもちろん、ハンスの哲学を反映しているわ。
ハンス・カノーザ監督:付け加えると、僕たちもカップルだけど、男女だから二分割されているということになるね(笑)。このストーリーを初めてガブリエルから聞かされたとき、僕はすぐに共鳴できたんだ。なぜかと言うと、人生において僕も似たような経験をしてきたからね。だから彼女には、「それ、いいじゃないか。申し分ないよ」と即答した。リハーサルの初日には、アーロンとヘレナがお互いに同じことを考えていたとも知らず、こう僕に言ったんだ。「この役を演じるのはちょっと怖い。自分自身を演じることになるから」って。その言葉を聞いたとき、“あ、これはきっといい作品になる”と思ったし、この映画の本質が観客に伝わると確信が持てたよ。
本当に脚本がすばらしく、印象的なせりふがたくさんありました。例えば、同い年のアーロンに向かってヘレナが言う「少年のそばにいる年増女のような気分にさせられる」ですとか、特にアーロンがつぶやく「幸せになるのは何て難しいんだ」というせりふは作品全体のキーフレーズであるような気もしましたが、いかがですか?
ガブリエル・ゼヴィン:その通りだと思うわ。ちょっと面白いことなんだけど、「幸せになるのは難しい」というのは、実は私自身の哲学とは違っていて、私は幸せになるのは簡単だと信じているの。「難しい」と言っている人たちは自分で難しくしていると個人的には思うけど、言葉やテクノロジーなどいろいろなことに邪魔されて幸せになれないというのは、まさにこの映画が描いていることだわ。実は、そのせりふがあるシークエンスは、脚本を書き上げてからしばらく経って加えた部分だったの。書いた時期にズレがあるのは非常に良かったと思う。というのは、自分の書いた脚本を一歩引いたところから見つめることができた頃に生まれたせりふだったから。私もとても気に入っているわ。朝の取材で「一番気に入っているせりふは?」と聞かれて、好きなせりふの一つとして挙げたのがこれだったのよ。
彼らは別に、日々の生活に困っているわけでも危険な状況に置かれているわけでもなく、むしろ恵まれた立場にある人たちですよね。でも、そういう風に感じてしまうというのは、何か身につまされるものがあります。
ガブリエル・ゼヴィン:そうね。よく思うのは、自分の人生において本当に困難な状況に置かれる機会は、そんなにないはずなのよね。だからこそ、自分なりの幸せを見つけ、あらゆる瞬間において自分の幸せをかみしめるべきなんじゃないかしら。
監督、デュアル・フレームを採用して、制作中、最も困難を感じたのはどんなときでしたか?
ハンス・カノーザ監督:デュアル・フレームで作ると最初から決めていたので、もちろんチャレンジングではあったけど、それほど大変なことではなかったんだ。大変だったのはむしろキャスティングなど、普通の映画と変わらない部分で、登らなければいけない山があるのはどんな映画でも同じことだよ。
今回はとにかく、絵コンテで全編完璧にショットを決め、それに沿って正確に撮っていた。肩越しのショットだろうがアップだろうが、同じショットは一つとしてないんだ。フォーカス、カメラからの距離や高さを変えていたり、サイズも全部違っていて、あたかも画面が刻々と変化していくかのような形でデザインした。そうした緻密な撮影、カメラワークを採用した撮影だったんだ。例えば、普通の映画だったらクレーンを使ったショットなどもあって、それを四肢切断手術に例えるなら、この映画は細かい神経をつなぐ手術のように精密な作業を通して作られていった。それだけの準備をして撮影に臨んだわけだけど、役者というのは時々、ちょっと違うことがしたくなるもので、あるシーンで僕が望んでいたような演じ方をしたくないと言ってきたことがあったんだ。そのときどうしたかというと、「5分間だけ時間がほしい」と言って撮影を中断し、5分後に新しいアイデアを出して撮影を再開した。それが非常にうまくいったので、そのやり方を他のシーンを撮るときにも採用したんだ。
また、制作の過程では編集も大変だった。2台のカメラを回して2人の俳優を常時追いかけていたがために、必ずしも僕が欲しいショットを撮れたわけではなかったんだよね。それを編集段階で3人の編集助手たちが、1万ショットくらいある中から、撮りたかったイメージに合う映像を再構成しなくてはならなかったので、何百時間という労力がかかったんだ。僕がやったわけではなかったので、申し訳なかったけど(笑)。
観ている側からすると、フレームが半分なわけですから、俳優は動きを制限されたのではないかと思ってしまいましたが、彼らはそういうことを意識せずに演じられたのでしょうか?
ハンス・カノーザ監督:俳優たちにとっては、かえって解放感があったようだよ。僕自身にそう言ってくれたし、インタビューでもそう話していたから、本当だと思うけど。とにかく、普通とは全く撮影手法が異なる映画だったから、彼らもどういう映像になるのか見当もつかず、監督である僕を信頼するしかない状態だったんだよね(笑)。今回はHDビデオでの撮影で、各テイクも非常に長かった。その分、俳優は自由に動けたし、どんなことでも試せたんだ。僕は二人に、「カットと言うまで演じ続けてほしい」と言ったんだよね。それが僕の撮影における戦略だった。だから、シーン6を撮っていてもシーン8まで行くということがよくあって、2~3分以上の長いシーンが4回以上はあるんだけど、そういったシーンもそもそもそこまで撮る予定じゃなかったのに、結局回し続けたというパターンだった。結果として、準備をしっかりして臨むシーンよりも、よりリアルになったね。もちろん、せりふは即興的に作るのではなく、暗記した脚本どおりのせりふを言ってくれているのだけど、新鮮な気持ちで演じているから、それが画面にも写るんだ。編集段階で選んだのも結局、予定していなくて撮った分だったりしたよ。その瞬間にいる彼らのありのままをとらえることができた。こうした親密な雰囲気は、フィルムじゃなくHDビデオだったからこそ写せたとも言えるね。
演じている俳優にとっては演劇的な感覚もあったのでしょうか?
ハンス・カノーザ監督:ある意味では「Yes」と言えるけど、どちらかというと「No」だね。確かに、長回しでせりふの量も多いという意味では演劇的に思えるかもしれないけど、一番大きな差というのは、舞台は演技が大きくなるのに対し、映画の場合は非常に微妙なニュアンスまでとらえられるということだ。特にこの作品ではそれが重要だったんだ。例えば、ちょっとしたまぶたの動きだったり、囁きだったり。こうした微妙な演技がしっかりとカメラでとらえられながら、全てのフレームに登場し続け、自分の登場シーンがカットされて他のショットに移ることがないと知っていたので、彼らは普段よりも一層微妙な演技ができたんだ。撮影初日が終わってから、二人にはこんなことを言われたよ。「これほど高いものを要求されているとは想像していなかった。でも、とてもエキサイティングだ。自分が常に登場し続けていて、オフの瞬間がないんだから」と。
原題の『Conversations with other women』ですが、女性の多面性を表しているのか、あるいは“man”から見て“woman”が昔とは違った女性になってしまっていたという意味合いもあるのでしょうか。
ガブリエル・ゼヴィン:両方とも言えると思う。実は、ストーリーが生まれるだいぶ前からこのタイトルは頭に浮かんでいたんだけど、それから10年経って私も成長し、ようやくこのタイトルを上手に使えたような気がしているわ。ただ、邦題の『カンバセーションズ』も気に入っているのよ。
ハンス・カノーザ監督:うん、この映画のエッセンスを表していると思う。タイトルに関しておっしゃった二つの解釈はまさに、この質問をされたときに僕が心の中で思ったものと同じだったよ。
それと、僕がこの映画の原題を気に入っているのは、どこかイングマール・ベルイマンの映画を想起させるところがあるからなんだ。僕はベルイマンの映画が大好きでね。この映画を作りながら、ベルイマンの映画のことは常に頭の中にあった。特に『ある結婚の風景』。尺としては4倍以上もあるけど、今回の映画と近いものがあると思うんだよね。
ベルイマンは『仮面/ペルソナ』もお好きだとか?
ハンス・カノーザ監督:そう。「一番好きな映画は?」と聞かれたら、かつては必ずその映画を挙げていたね。今は違うけど(笑)。現在では不可能にも思える非常にパーソナルな映画を、ベルイマンは作っていたと思う。とはいえ、僕自身もまさに自分が作りたかったとおりの映画を撮ることができたけどね。
最後に、これから映画をご覧になる方々に向けて、メッセージをお願いいたします。
ガブリエル・ゼヴィン:Hi! 私は『カンバセーションズ』の脚本家、ガブリエル・ゼヴィンです。これまで誰かを愛したことがある方にはぜひ、この映画を観ていただきたいです。
ハンス・カノーザ監督:Hi! 『カンバセーションズ』の監督、ハンス・カノーザです。この映画を観ていただけるとうれしいです。アーロン・エッカートとヘレナ・ボナム=カーターがとても美しく、すばらしい演技を見せてくれていますので、絶対観るべきです(笑)!
若い頃に結ばれ、そして別れ、10年を経て再会した男女。そんな二人が一夜を過ごす。それが自分と昔の恋人だったら、やっぱりこんな風に語り、こんな風に考えるに違いない……と思わせられる、恋愛の喜びも失望も、生きることのほろ苦さも十分に味わってきた成熟した大人の恋の物語だ。シックで繊細、上品で抑制が効いた映像と会話ながら、痛いほどにリアルで心揺さぶられる。デュアル・フレームという手法を採用した映像と、それに完璧なまでに寄り添った脚本のケミストリーが生み出した奇跡とも言える上質の映画だ。それぞれに才能があるというだけでなく、大学時代から公私にわたるパートナーだという、互いに深く理解し合った二人だからこそ可能となったコラボレーションの賜物だろう。特にガブリエルが、俳優のようにハンサムな“彼”をうっとりと見つめる眼差しには、間違いなくハートマークが入っていたことを、筆者とムービーマンは見逃さなかった。
(取材・文・写真:Maori Matsuura)
『カンバセーションズ』作品紹介
マンハッタンのクラシックなホテル。ウエディング・パーティの行われているバンケット・ルームで10年ぶりに再会した昔の彼。偶然? 必然? 苦い別れを経験し、この街を離れ、全てが思い出になったと思っていたのに、止まっていた時計の針が動き出す。初めは互いにクールな態度で、ぎこちない会話。やがて心の中の探り合い。この気持ちは懐かしさ? それともまだ思っているの?
女と男のリアルなカンバセーションが、やさしく響く都会の一夜の物語。
(原題:Conversations with other women、2005年、アメリカ、上映時間:84分)
キャスト&スタッフ
監督:ハンス・カノーザ
脚本:ガブリエル・ゼヴィン
出演:ヘレナ・ボナム=カーター、アーロン・エッカート、ノラ・ザヘットナー、エリック・アイデムほか
公開表記
配給:松竹
2007年2月3日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
(オフィシャル素材提供)