インタビュー

『夜顔』ビュル・オジエ インタビュー

©filbox films d’ici onoma

オリヴェイラとブニュエルという二大巨匠が映画を通して出会ったということに、私は感慨を覚えるわ

 100歳を目前にしているポルトガルの巨匠マノエル・ド・オリヴェイラ監督が、故ルイス・ブニュエル監督の名作『昼顔』にオマージュを捧げた、小粋な心理劇『夜顔』。カトリーヌ・ドヌーヴの代表作の1本ともなった『昼顔』のヒロインの38年後という設定で登場したビュル・オジエが、フランス映画祭2007での上映に合わせて来日。ブニュエル監督の『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』などで知られる大女優が、両作で同じ役を演じた友人のミシェル・ピコリや二大巨匠との思い出などを語ってくれた。

ビュル・オジエ

 1939年8月9日、パリ郊外ブローニュ=ビヤンクール生まれ。18歳の時、浜辺で出会ったミュージシャンとの間に娘パスカル(84年没)を設けた後、結婚をするが、2年で離婚。その後、マルク’Oと出会い、彼が教えるパリのアメリカン・センターで演劇クラスを取り、61年、彼が立ち上げた劇団の旗揚げ公演となったマリヴォー作「愛の勝利」で舞台デビュー。63年には劇団で知り合ったピエール・クレマンティ、ジャン=ピエール・カルフォン、エリザベット・ヴィエネールらとカフェ・テアトルの演劇団体を発足し、サン・ジェルマン界隈を奇抜なパフォーマンスなどを繰り広げる。66年、マルク’O作のミュージカル・コメディ「Les Idoles」に総勢で出演し、その奇抜さによって注目を集める。映画界からも注目され、ジャック・バラティエはドキュメンタリー『想い出のサンジェルマン』(66)に舞台の模様を収め、短篇『Voila l’ordre』に主演させる。続いて舞台が『アイドルたち』として映画化され、本格デビュー。舞台に注目していたジャック・リヴェットは『狂気の愛』(68)に、その作品の助監督アンドレ・テシネの『去り行くポリーナ』(69)のヒロインに起用し、その後もモーシェ・ミズラヒの『Les stances a Sophie』(70)などに次々と出演。70年、アラン・タネールの『サラマンドル』での演技が絶賛されたのに続いて、ルイス・ブニュエルの『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』(72)で国際的名声を獲得する。
 その後は、リヴェットの『Out 1』(71)、『セリーヌとジュリーは舟でゆく』(74)、『デュエル』(75)、『北の橋』(81)、『彼女たちの舞台』(88)、後に夫となったバーベット・シュローダーとは『La vallee』(72)、『女主人』(76)、『詐欺師たち』(83)、マルグリット・デュラスとは舞台でも演じた「木立の中の日々」「アガタ」の映画版と『船舶ナイト号』(79)、舞台「La musica」などで度々組む。他にもダニエル・シュミットと『ラ・パロマ』(74)、『カンヌ映画通り』(81)、ヴェルナー・シュレーターと『Flocons d’or』(76)と『Deux』(02)、アンドレ・デルヴォーと『ブレでの再会』(71)、ラウル・ルイスの『悪夢の破片』(98)などに出演。94年『だれも私を愛さない!』の演技でロカルノ映画祭の特別賞を受賞。2000年『 エステサロン/ヴィーナス・ビューティ』での好演でセザール賞助演女優賞にノミネート。06年モントリオール映画祭でこれまでの功績に対してアメリカ特別大賞が贈られた。オリヴェイラ作品は『Mon cas』(85)の主演以来であるが、共演のピコリとは「冬物語」(88)、イプセン作「ヨーン・ガブリエル・ボルクマン」(92)といった舞台でコンビを組んで高い評価を得ている。なお、プランション演出でベルイマン作「S’agite et se pavane」(92)、ボンディ演出でヤスミナ・レザ作「Une piece espagnole」(04)といった話題作にも主演し、07年10月よりオデオン座でレジ演出「Homme sans but」に出演。

軽やかなコメディーになっていましたが、アドリブなどが活かされたのでしょうか?

 アドリブは全くなかったわ。一語も変えていない。事前にしっかりと練られていて、それを正確に再現したの。オリヴェイラ監督は、一語一句変更することを許さなかった。一人で何もかもやってしまう監督で、髪型から衣装、口紅……と自らやって来てメイクするくらい(笑)。(コップを手にし)コップをこうやって置いてみたり(笑)。とにかくエネルギッシュで、全部自分でやる人なの。前にも一緒にお仕事させていただいたけど、いつも同じよ。

大人の会話が素敵でしたが、お気に入りの台詞はありますか?

 あったけれど、もう忘れちゃったわ(笑)。ずっと暗記しているわけじゃないもの。でも、最後のほうで自分の夫だった人のことを話している時、「彼の目に涙の跡があったわ」というようなことを言っているけど、あれは好きね。あと、「私はもう、あなたが思っているような女じゃないのよ」と何度か言っていて、あの台詞も気に入っているわ。同じ台詞を何回か繰り返すことで、本当に別人になったと思わせるわね。でも……ごめんなさい、昨日の夜は遅く寝たの(笑)。この質問をされると分かっていたら、脚本を見直して台詞を復習していたのに……(笑)。それに、撮影したのは1年前のことだし、その後は他の映画にも出演したので、もう忘れちゃったわ。逆に、あなたは気に入っている台詞がある?

「私はもう、あなたが思っているような女じゃないのよ」という台詞ですが、毎回違ったニュアンスでおっしゃっていたのが印象的でした。

 あの台詞はやっぱり印象的ね。それに、あれを聞いたら皆さんも『昼顔』を思い出すんじゃないかしら。

今回はその『昼顔』の後日談的なお話ですが、カトリーヌ・ドヌーヴさんを意識されることはありましたか? また、この作品についてドヌーヴさんとお話はされましたか?

 撮影の頃は全く話していないけど、昨日、(フランス映画祭2007の)団長である彼女が、壇上で私のことをこの『夜顔』に出演している女優として紹介してくださって、私ももちろん、演じられて光栄だったとお礼を申し上げたわ。なかなか奇妙な状況だったわね。その後、彼女と「人生ってこういうものよね。時々不思議なことが起こる」と話したわ。だって、全く別の作品と別の団長という組み合わせも可能だったわけで、フランス代表団の団長も、例えばジャンヌ・モローだったかもしれないし、ファニー・アルダンがやっていた可能性もあったでしょうに、今回たまたまこの組み合わせだったなんて、やっぱり不思議だわ。カトリーヌに、「オリヴェイラ監督に電話して、あなたが私を紹介してくれたと話すわ」と言ったの。

演技やルックスの面では、ドヌーヴさんを意識されなかったのですか?

 全然(笑)。だって、今回はオリヴェイラ監督の物語なのよ。監督はとても信心深い人なの。彼の作品はよく修道院で始まって修道院で終わるというパターンが多いわよね。それに対して、ルイス・ブニュエルは無神論者で、宗教が嫌いで、聖職者や修道院に対してもアンチの立場だった。でも、今回の映画は贖罪の物語だわ。
 もちろん、カトリーヌ・ドヌーヴのことを考えはしたけど、『昼顔』のヒロインの名がセヴリーヌだということさえ、撮影中は忘れていたくらいだったわ(笑)。ただ、『昼顔』のカトリーヌを忘れることができないのは確かなことよ。特に『昼顔』は私が最も大好きな映画の1本だし。でも、『夜顔(Belle toujours)』と『昼顔(Belle de jour)』とタイトルが一種の言葉遊びになっているから、そこで初めて後日談なんだと分かるけど、それがなければ全く違う作品だといっても良かったかもしれない。もっとも、違う作品だったら私は出なかったかもしれないけど(笑)。
 とにかく、今回の作品をめぐって、カトリーヌ・ドヌーヴと私の間に何か複雑な感情みたいなものがあるように思われたりするんだけど、そんなことは全くないの。カトリーヌもオリヴェイラ監督の映画には出演したことがあるし、私自身、今回も単に一つの役として演じただけだから。確かに、登場人物の名前はセヴリーヌとユッソン氏だから『昼顔』のときと同じで、ユッソン氏を両作ともミシェル・ピコリが演じたということはあるけど、結果的に似ている部分はそんなにはないと思うの。
 私はむしろ、マノエル・ド・オリヴェイラとルイス・ブニュエルという二大巨匠が映画を通して出会ったということに感慨を覚えるわね。私はブニュエル監督とも仕事をしているから、これはどうしたって断れないオファーだわ。特にオリヴェイラ監督は現在98歳なので、彼の作品に私が出られる機会はもうそんなにはないかもしれないと思ったので、この機会は逃したくなかったの。映画を撮るにはものすごいエネルギーが必要だわ。オリヴェイラ監督のように、何もかも自分でやりたい人は特に。これは女優として絶対に逃せない素晴らしい体験となるに違いないと思ったの。特にオリヴェイラ監督のように、自分で考え全てを実行し、そしてそれを成功させるというのは、体力的にも本当に大変なことだから。
 私個人の人生にも、ある種の希望を与えられた気がするわ。長く生きて、これだけ多くのことをやり、さらに次につなげることができるんだという希望が見えたの。これだけ高齢の監督と仕事をすると、役柄や作品がどうとかいうことだけでなく、老いや死について考えてしまうわ。でも、あの年になっても、知的な活動をする人がいる思ったら、まだまだ捨てたもんじゃないとすごく楽観的な気持ちになってくる。とてもユニークな経験だったわ。
 ところで、オリヴェイラ監督は今、新作に取り掛かっているのよ。だから、日本に来られなかったの。

ニューヨークで撮影中とか?

 そう、クリストファー・コロンブスに関する映画を撮っているの。

もしも、ルイス・ブニュエルが生存していて、この作品を観たとしたらどう思うと想像されますか?

 彼はとってもユーモアのある人だったから、楽しんでくれるんじゃないかしら。こうしたオマージュが作られたことを喜んでくれると思う。『昼顔』など多くのブニュエル作品で共同脚本家だったジャン=クロード・カリエールもきっと、喜んでくれるはずわ。巨匠が別の巨匠へオマージュを捧げるというのは、いつだって美しい行為だと思うし、互いに光栄なことじゃないかしら。
 ただ、この質問には正しい答えをしているかどうか分からないわ。だって、ブニュエルはもうこの世にはいないんだもの(笑)。彼の代わりに答えることはできないから、おそらく面白がるんじゃないかしらとしか言えないけど、いずれにせよ、彼が生きていたらオマージュとしてのこの作品は生まれなかったでしょうね(笑)。

全てのことを細かく決めてから撮影に臨まれたということですが、驚いたのは、最後にロウソクが消えるタイミングが絶妙だったことです。あれはどのように撮影されたのですか?

 あれはワン・テイクで撮れたのよ。シナリオの長さから計算してロウソクの長さを決めたの。

名匠だから出来たことかもしれませんが、まるで、映画の神様が現場に降臨してきたみたいでもありますね(笑)。

 (笑)監督自身、すごく喜んでいたわ。そもそもオリヴェイラ監督の撮影は、ほとんどワン・テイクなの。たまに、全身とバスト・ショットの2テイク撮ることもあるけど、基本的にはワン・テイクよ。撮り直しをしない監督なので、たまに俳優が「やり直したい」と言っても、彼は受け入れないの。

『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』では、ミシェル・ピコリさんと同じシーンでは演じられていなかったと思いますが、2004年の短編で夫婦役を演じられましたね? 今回再会されていかがでしたか?

 あと、舞台でシェイクスピアの「冬物語」、イプセンの「ヨーン・ガブリエル・ボルクマン」、アルトゥル・シュニッツラーの「Terre etrangere(ドイツ語原題:Das Weite Land)」でも共演したのよ。だから、これまで5~6回は彼の妻を演じているわ(笑)。夫婦歴は長いわね(笑)。舞台は長く続くものなので、いつも何ヵ月も一緒に過ごしてきたわ。彼との舞台での共演は1984年からだったと思う。おっしゃった短編のことはもう忘れていたくらい(笑)。なんてタイトルだったかしら? ……『Mal de mer』、そうそう、それ(笑)!

ミシェル・ピコリさんは映画の中でのように、ユーモアのある楽しい方なのですか?

 彼とはとても良い友人関係にあるの。演じること、俳優であることに幸せを感じている人よ。偉大な俳優だわね。彼の奥様やお子さんたちとも親しくさせていただいているの。そもそも、親しくなれない人と舞台で共演するのは難しいわ。彼は政治にも心血を注いできた人よ。左翼としてずっと闘っているわ。

恋に落ちた瞬間はなかったですか(笑)?

 それはないわ(笑)。他の人とは恋に落ちたけど、彼ではないわ。

38年ぶりの再会という設定ですが、会わなかった38年間にどういうことがあったのか、想像されたりしましたか?

 いえ、考えなかったわ。全ては会話の中にあるでしょ? ユッソンとバーテンダーとの会話、そしてディナーの最中のユッソンとセヴリーヌの会話の中で全てが説明されている。私はそれ以上想像しなかったわ。全ては映画の中にあるから。例えてみると、俳優の頭の中には小さなキッチンがあって、演技をしているときには、“イマジネーション”や“過去”“現在”といった引き出しからいろいろな材料を取り出して料理しているようなものだと思うの。ミステリアスな部分が消えてしまうので、その中身を全てお見せすることはできないわ。

公開表記

 配給:アルシネテラン
 2007年12月15日(土)、銀座テアトルシネマにてロードショー

(オフィシャル素材提供)

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