人と人とが出会い、心を開いたときには、さまざまな違いを超えて共感し合うことも可能だと語っている映画だ
隣国であるアラブの国エジプトと微妙な和平関係を保っていた1990年代のイスラエル。文化交流の演奏旅行にやって来たエジプトのアレキサンドリア警察音楽隊が、ある田舎町に迷い込んだ一夜の出来事を詩情豊かに綴った珠玉のイスラエル映画『迷子の警察音楽隊』。民族・文化・宗教・言語の違いを越え、心を触れ合わせる人々を描き、カンヌ国際映画祭、東京国際映画祭をはじめ、世界中で数々の映画賞に輝いた本作で、堅物だが心には歌と悲しみを秘めている音楽隊団長役でいぶし銀の演技を見せた、イスラエルを代表する名優サッソン・ガーベイが、世界中で愛されている本作の魅力について語ってくれた。
サッソン・ガーベイ
イスラエルを代表する俳優のひとり。2001年の『Made in Israel』と2006年度の『Aviva Ahuvati』で、イスラエル・アカデミー賞助演男優賞にノミネートされた実績をもつ。本作では主演男優賞を受賞した。本作で、2007年ヨーロッパ映画賞主演男優賞を受賞。
『ランボー3/怒りのアフガン』(1988)など外国映画への出演も多く、その活躍はテレビ、演劇界にも及ぶ。
今回の映画は、イスラエルとエジプトの関係における問題も背景にはあると思いますが、おそらくは日本にいる私が一生行く機会がないかもしれないイスラエルの片田舎での出来事を描いている映画にも関わらず、あたかも自分自身のことを語られているかのような気にさせられる、どこの世界にも通じる普遍性のある物語だと感じました。サッソンさんは出演するにあたって、どういうところに惹かれたのですか?
あの町に一生行けないかもしれない? 分からないよ(笑)。
出演を引き受けた一番大きな理由は、演じる役が気に入ったということだね。あらすじとキャラクターのモノローグが書かれた2枚のメモを監督から渡されたんだが、そのモノローグを読んで、主人公のトゥフィークがすぐに好きになったんだ。“この男を知っている”と思った。特に、彼の人柄が良く理解できたんだ。外側は厳格で型物で規則にうるさい人物だが、内側には優しさ、そして芸術と歌への想いを秘めている。こうした外面的な厳格さと内に秘めた感情のギャップ、二面性に私は心動かされた。脚本を読んですぐに、彼に共鳴できたよ。
エラン(・コリリン監督)の書いた脚本はまるで一篇の詩のようで、ちょっとした伝説を語っているかのようでもあった。アーティステックな作品なのに、登場人物には非常に現実感がある。エランは詩のような脚本を書くことに成功したんだ。
一方、彼の撮り方は演劇的だった。例えば、スケート場でカーレドがイスラエル人青年パピに女の子のクドき方を伝授しているシーンは、ずっとカメラを引いて3人を写しているね。それに、どのシーンも5~7分の長回しをしている。まるで、舞台で芝居をしているようだった。フレームがかっちりと決まっていてスタイリッシュだ。
そんなわけで、この作品に出演できたことは本当にうれしかったね。
トゥフィークはまた、心に深い苦悩を抱えた人物でもありますね。
そうだね。この映画に登場するキャラクターは誰もが心の奥底に何かを抱えているが、トゥフィークはその最たる人物だ。でも、彼が出会うディナもそうだね。彼女の人生にはいろいろなものが欠けている。結婚に失敗し、家族はなく、キャリアも築けず、田舎町を出ることもできない。何かを求めているが、それを実現できずにいるんだ。楽団員が泊めてもらう一家もそうだ。家族関係がギクシャクしている。楽団員たちも同様で、例えばシモンはクラリネットの協奏曲を作曲しているものの、未完のままだ。カーレドもどこか満たされていない。トゥフィークは妻と息子のことで深い苦悩を抱えている。彼が厳格なのは、そうした苦悩を隠そうという努力のあらわれなんだと思う。ここに登場する人物は皆、何がしかの孤独を抱えているね。
だからこそ、この映画はどこの出身であろうと、国籍・文化を問わず、誰もが共感できるのだろう。ここに登場するのは生身の人間たちだからね。人間存在そのものだ。ここには国家もスローガンも社会的な地位もない。彼らはもはや心のうちを隠すことなく、自らをさらけ出している。人間対人間として向き合っているんだ。後からいろいろと分析は出来るだろうが、こうしたあり方こそが文化を超えて人々の共感を得るゆえんとなっているのだと思うね。
脚本も素晴らしければ映像も完璧で、お若いのに大変才能のある監督さんだと思いました。撮影されている時点で、この映画は特別なものになると予感されていましたか?
私はとにかく、何よりも脚本とキャラクターが気に入ったから出演を決めた。そして、おっしゃるように、撮影中からこの映画は特別なものになるという予感は確かにあったよ。ただ、作っている私たちはそう感じていても、観客の評価はまた別なこともあるので、あまり大きな期待を抱くのは良くない。私たちの予感が間違っていなかったと確信できたのは、世界の映画祭に出品したときだった。結果は私の予想をはるかに上回っており、映画祭では大好評で、観客はこの映画を愛してくださったし、イスラエル国内の反応も実に素晴らしくて興行成績も良く、世界中の配給会社が注目してくださって、本当にうれしい驚きだった。映画マニアや批評家だけでなく、一般の人々がこの映画を愛してくださったんだ。世界中の配給会社の方々も、この映画は受けると言ってくださった。とにかく大成功を収められて、喜びの連続だったよ。
あなたが最初の質問の中で言われたことに関して、ここで少し申し上げておくべきだろう。イスラエルは今、アラブの国々と険悪な関係にある。エジプトとは和平を保っているものの、それはいわば“冷たい和平”だ。この映画は政治について声高に語っていないが、背景は感じることができるだろう。ただ、私たちはそうした政治的衝突を扱うのではなく、人間同士の心の交流を描きたいと思ったんだ。両文化の出合いは映画の中でも時に緊張を生んでいるが、やがて人々は政治や文化を超えたところでお互いを見出している。政治を動かすことは容易ではないし、私たちにはそれぞれ意見や思想がある。マスメディアに影響されることもある。ただ、人と人とが出会い、心を開いたときには、さまざまな違いを超えて共感し合うことも可能なんだ。そのことを語っているからこそ、この映画は特別なのだと思う。
この映画で描かれている人々の交流は希望をこめた寓話というわけではなく、日常レベルでは現在、心を通わすことが可能な状況なのでしょうか?
イスラエルにいるのは大部分がユダヤ人だが、アラブ系の人々もいて、この映画でも楽団員を演じているのはアラブ系イスラエル人だ。仕事柄、ユダヤ人とアラブ系の人々は協力し合うが、正直言って、個人的には十分に良い関係とは言えない。でも、エランは私たちを出会わせた。ほとんど強制的だったと言ってもいい(笑)。同じ場所に投げ入れられた私たちは、人間関係というのはもっとシンプルなものなんだということに気づかされた。だって、私たちは誰もが同じような私生活上の問題を抱えていたりしたわけだからね。
とはいえ、一般的には十分に交流できているとは言い難い。私たちには長年にわたる衝突の歴史があるし、幼い頃からそう教えられてきているから、それを乗り越えるのは容易なことではないんだ。
私に関して言うと、私はイラクで生まれ幼少期を過ごしたので、アラブの国の出身者だ。でも、ユダヤ人でもある。私の中ではさまざまな文化が混在しているんだ。イスラエル文化だけでなく、西洋文化や東洋文化も私の中にはある。だから、どちら側に属しているのかという意味では、私は良い例ではないね(笑)。
最後に、これから映画をご覧になる日本の観客の方々にメッセージをお願いいたします。
『迷子の警察音楽隊』で主演をしているサッソン・ガーベイです。これはイスラエルの映画で、まもなく日本で公開されます。この映画を愛していただけたらうれしいです。ここで描かれているのは、普通の人々の姿であり、心を通わすことの大切さについてです。どこの出身かは重要ではありません。映画をご覧になって、皆さんが登場人物の中にご自身を少しでも発見できたならうれしいです。ありがとうございます。
一目見て、クラ~ッと来ちゃいました。ナイス・ミドルに弱い私の的のど真ん中に入ってきました。映画では、どこか哀愁漂う堅物の団長を演じていたサッソンさんでしたが、大物俳優の風格と貫禄、そして男の色気をプンプン漂わせ、そばに寄っただけで倒れそうになった私は、暑くもないのに汗をタラタラ流しながら、必死で理性を駆使してインタビューをこなしたという。本当に、俳優さんはお会いしてみないと分からないもんです。その後、サッソンさんがヨーロッパ映画賞で主演男優賞を受賞したというニュースが。今後はヨーロッパ映画でも、サッソンさんを見られる機会が増えるかも。
(取材・文・写真:Maori Matsuura)
公開表記
配給:日活
2007年12月22日(土) シネカノン有楽町2丁目ほか全国順次ロードショー
(オフィシャル素材提供)