インタビュー

『バグズ・ワールド』フィリップ・カルデロン監督 インタビュー

©2006 Gaumont-Les Films du Worso-France 3 Cinema

この映画の一番の魅力は、私たちに近くて遠い世界、私たちの世界と同じように存在はしているが、知ることのなかった世界を発見することにある

 生存を懸け、壮絶な戦いを繰り広げる生態の違う二種のアリたちのミクロコスモスをダイナミックかつドラマティックに映した驚異のネイチャー・ドキュメンタリー『バグズ・ワールド』。フランス映画祭2008での上映に併せて来日したフィリップ・カルデロン監督に、自然世界を映像に収める苦労と醍醐味を聞いた。

フィリップ・カルデロン監督

 1955年10月30日生まれ。フランス・パリ出身。
 大学で法律と生物学を学んだ後、数々のドキュメンタリーの映画や優秀なテレビ用作品の制作を手がける。彼の映画は主に歴史、哲学、そして科学をテーマにしている。04年から2年間は本作『バグズ・ワールド』を手がけ、その後フランスで08年4月公開の子供映画『Meche Blanche』を完成させた。現在は宇宙をテーマにした映画を製作中である。

あたかもひとつの宇宙であるかのようなミクロコスモスの世界でしたが、どうして虫、特にこの2種類のアリに着目されたのですか?

 まず、どうして虫なのかというと、これはあくまで私見だが、非常に映画的な生物だと思うからだ。その体型はまるで建造物のようで興味をそそられる。モダン・ア-トの彫刻を連想させるよ。第二に、あの2種類のアリは体つきも動きもそうだが、どこかSF映画を思わせるものがある。だから、SF映画、パニック映画の手法を利用して彼らを映すことで、ドキュメンタリーでありながら、強烈な映像が撮れるのではないかと思ったんだ。

サスライアリが迫ってくるところなど、『スター・ウォーズ』のダース・ベイダーの軍団みたいでした。

 そうなんだよ。サスライアリの女王アリなど、本当にダース・ベイダーのようだと私自身も思った。個人的に、アリの世界は本当に興味をそそられる。ビジュアル面もそうだが、知性面に関しても興味が尽きない。つまり、彼らの集団的知性が今回の映画を通してテーマの一つにもなっているんだ。彼らが集団になったときの行動原理が非常に高度に発達していることに注目した。アリの世界は何千万匹という個体から成り、非常に統制がとれ知的ともいえる集団生活をしている。彼らは目が見えないが、情報伝達の手段として、匂いを通してオートマティックに動いていく。彼らの中に意思があるわけではなく、匂いに対して生体反応をするのであり、それは元々DNAに刷り込まれている原理なわけだ。何らかの匂いに対する反応として行動するというプログラムが身体の中に組み込まれていて、個体の動きを見ていると、全く秩序がないように見えながら、全体を見たときには統制がとれている。そのように効率的に機能している行動様式が実にオリジナルで非常に興味深いと思った。働きアリ、女王、兵隊、生殖機能を持ったものがいて、カースト制度のようにそれぞれの役割が分担されている。それらが一つになったとき、統制のとれた完璧な集団になる一方で、個体は混乱し全く秩序がないように見えるという、この両方の側面があることに大変興味を引かれた。

離れた所にいた2種類のアリが接点をもって、戦うことになりますが、その過程をどのようにとらえていったのですか?

 攻撃に至るまでだが、まずサスライアリは匂いに反応し、また、湿っている場所を目指して移動するものなんだ。だから、湿り気と彼らが反応する匂いを道筋にして、あの蟻塚まで誘い込んだということがある。それと、オオキノコシロアリの巣の中までサスライアリが攻撃していくシーンはたまたまそういう場面に遭遇したので撮ることができた。要するに、その時にしか撮れなかった結果であるものと、創り込んだ演出の部分が混ざり合った映画になっている。だから、ちょっとSFっぽい演出の部分、例えば光を当てているところだとか、巣の中の様子をちょっと作り変えてみたりなど、演出を施している部分もあるし、全く偶然に撮れた映像も含まれているんだ。

蟻塚を水平に切断して、そこからカメラを入れて撮影をしたそうですが、そうすることでアリたちに通常とは違うような混乱を引き起こしたり、照明を使ったりすることで異常な動きをさせてしまったことはないのですか?

 実をいうとあの撮影は、蟻塚に小さな穴を開けて光を入れながら、そこにカメラを入れて撮った部分と、同じように蟻塚の中を撮ってはいるがセットの部分がある。というのも、そのセット自体は元々あった蟻塚の一部を切り取って、スタジオのセットのようなものを作り上げて、その中で女王の間だとか、明かりを入れて背景を作り出したんだ。
もちろん、最初に穴を開けた時はカメラは侵入物なので違った反応を示したが、アリというのは、ある一定の物にしか反応しない、逆の言い方をすると、ある一定の物に対して決まった反応をする生物なんだ。だから、光があろうとなかろうと、カメラがあろうと、それが自分たちの生態系に影響を与えない限り、いつもと同じ動きをするわけだ。例えば、蟻塚を壊すとする。そうすると、どういう環境にあろうと蟻塚を修復していくという機械的な生体反応を示すのがアリなんだ。つまり、極めてシンプルな生体反応、シンプルな行動規範しかないと言える。団体になったときの緻密さは、シンプルな反応が集合体になったものなんだ。

アリが予想外の動きをしたことはありましたか?

 それは当然ある。他のアリをどうやって攻撃するのか、その実態自体、これまで知られていなかったんだ。実際に攻撃することがあるのかどうかもあまり知られていなかったが、今回の映画を撮る過程でそういったことが起きて、学者たちも今まで自分たちが知らなかったアリの生態を発見できたと言っている。また、アリたちがテリトリーを争うということも、実際これまでほとんど知られていなかったが、撮影する中で起きたことなんだ。あと、高い所からアリたちが下りてくる場面があるね。あれも画としてとらえたかったものの、一体どうやってアリが自分たちの体を使って鎖のようなものを作り出すのか想像できなかったが、高い所にアリを置いて足場がないようにしておいたところ、アリたちはどうしても下に下りたいので、鎖上になって下りてきたという、ちょっとエイリアンの映画にでも出てきそうな映像が撮れたんだ。

一方の女王アリが一生涯そこから動けないとしたら、他方はまるで指揮官のように動いているという、そのコントラストが実に面白かったです。

 おっしゃるように、コントラストということに留意した。移動型のアリと定着型のアリ、また白い女王、黒い女王というように、二つの対比したアリの姿を見せたかったんだ。

サスライアリは肉食ということもあって恐怖をかき立てられましたが、撮影隊が危険な目に遭ったことはありませんでしたか?

 やはり、サスライアリは非常に獰猛なので、撮影中は常に襲撃されていたね。その襲撃に慣れていかなくてはならなかった。服の中に入り込むので、服を脱いでアリを振り払うというのが一番スタンダードなやり方だった。先ほど申し上げたように、スタジオのようなものを作り、アリの巣を持ってきて撮影をすることもあったが、その時に当然、アリを保存しておかなければいけないので、サスライアリも保存していたわけだが、どうしても逃げ出すものがいて、撮影用に飼っていた動物や撮影隊を襲ったりしたんだ(笑)。撮影隊の中にはいろいろな人がいて、例えば科学者もいれば大道具係もいたが、必ずしもアリの襲撃に慣れていないような人たちにも襲いかかるという、それ自体映画に出来そうな事態だったね(笑)。

監督の関心は多岐にわたっていらっしゃると思いますが、ドキュメンタリーを撮る際にどのような対象に惹かれますか?

 ドキュメンタリーを撮るというのは、個人の仕事ではない。どうしてもチームを組んでの仕事になるし、当然ながら出資をしてもらうことも必要になる。その点、フランスはドキュメンタリーに対して理解のある国で支援をしてくれるし、ヨーロッパはテレビ局が出資して支援してくれることもよくあるんだ。Arteなどがそういったチャンネルのひとつだ。そういった意味では、個人の願望だけではなかなか撮れないものもあるが、確かに私には撮影するのが困難なものを描きたいという欲求がある。私がドキュメンタリーを撮る時にはやはり、自分たちの世界とは違うものを見せていく、これまでの私たちの概念では測りきれないものを撮っていくことに興味がある。歴史ものも、当然今はもう存在していないものを描くことになるからね。ビザンチン帝国のドキュメンタリーを撮ったこともあるし、古代イスラム世界の栄光に関する作品も撮ったことがあるが、そういったすでに存在していないものに再び光を当てるということ、私たちが見えているようで見えていないもの、私たちの中にあるようで見たことがないもの、知らないものを撮っていくことに惹かれるね。

お兄様のフランソワさんも製作に関わっていらっしゃいますが、お二人は子どもの頃から自然に興味がおありだったのですか?

 兄だけではなく、父も非常に自然に興味を持っていた人で、銀行で働いていたが、その間も自然に関する映画を撮ったりしていたんだ。私も兄と一緒に父の映画の制作を手伝ったりしていたので、そういった意味では自然にとても興味のある子供時代を送ったと言えるね。

監督として、今作の一番の見どころを教えてください。

 この映画の一番の魅力というのはやはり、私たちに近くて遠い世界、私たちの世界と同じように存在はしているが、知ることのなかった世界を発見することにあると思う。近いと言えばやはり、個と個が集まって集団の生活をするというのは人間社会も同じだね。だが、人間の社会とものすごく違っているのは、個体の意思や自由が一切ないところだ。だから、私たちの世界にすごく近いようでいて全くかけ離れている、でも私たちのそばにあるという意味で言うと、近くて遠い存在であり、全く私たちの世界とは異なった世界を映しこむことによって、映画的に面白いものが撮れるのではないかと思って、この映画を創ることにしたんだ。

 昨今、動物の生態を映したドキュメンタリー映画が多くの観客を集めているが、本作はミクロコスモスなアリの生態をダイナミックにとらえた驚くべき一作である。虫が苦手な人も、女王アリから兵隊アリまで、ひたすら全体のために奉仕する彼らの姿には驚きを超えて、何とも形容し難い感慨さえ覚えるのでは。

 (取材・文・写真:Maori Matsuura)

公開表記

 配給:エイペックスエンタテインメント/トルネード・フィルム
 2008年6月28日(土)より全国ロードショー

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