孤独な少女が、美しいもの、悲しいこと、怖いことに出合いながら世界を発見し、少しずつ成長してゆく姿をみずみずしく描いた物語『ベティの小さな秘密』。自身の子ども時代を投影させたというジャン=ピエール・アメリス監督と、ベティを健気にも繊細に演じきったアルバ=ガイア・クラゲード・ベルージに、本作への思いとエピソードをたっぷりと聞いた。
ジャン=ピエール・アメリス監督
1961年7月26日、リヨン生まれ。IDHEC卒業後、80年代から短編映画を監督し始め、87年の『Interim』は88年のクレルモン=フェラン映画祭でグランプリ受賞。90年から映画、テレビ向けのドキュメンタリーとフィクション映画の脚本、監督に携わる。94年に発表した長編映画第一作『Le Bateau de Mariage』は、ドイツ軍占領下の教師の生き方を描き、ベルリン国際映画祭に正式出品された。無実の罪に問われる男を描いた96年の『Les Aveux de L’innocent』はカンヌ国際映画祭批評家週間のグランプリ受賞。また99年にはティーンエイジャーの衝撃的な物語『デルフィーヌの場合』を監督。この作品はフランスで大ヒットし、2000年のサンダンス映画祭にも出品され注目を浴びた。01年にはサンドリーヌ・ボネール主演の人間ドラマ『C’est la Vie』でサンセバスチャン国際映画祭の監督賞受賞。また、ニコラ・デュヴォシェルを主演に迎えた青春映画『Poids leger』(04)はカンヌ国際映画祭の「ある視点」に出品されている。
アルバ=ガイア・クラゲード・ベルージ
1995年3月5日、パリ生まれ。フランソワ・オゾン監督の『ぼくを葬る』(2004)で主人公の姉の子ども時代を演じてスクリーンに登場。今回の作品のキャスティングにあたってアメリス監督は彼女の瞳の強さに惹かれて即座に決定している。アルバ=ガイア自身は、実生活で本を読むことが好きなだけあって、想像力が豊かなベティ役が身近に感じられたという。また、撮影前には監督から子ども時代の話を聞いたり、一緒にジャン・コクトーの『美女と野獣』や宮崎 駿の『千と千尋の神隠し』をビデオで鑑賞しコミュニケーションをはかっていった。彼女は宮崎アニメの中で特に『ハウルの動く城』、『魔女の宅急便』、そして『平成狸合戦ぽんぽこ』(高畑 勲監督)が好きだという。
初来日ということですが、もうどこかに行かれましたか?
アルバ=ガイア:まだあまり観光はしてないけど、昨日はママとちょっとだけ神社に行って面白かったわ。
この作品はゴダールの映画などで有名な女優アンヌ・ヴィアゼムスキーの小説を基にしているということですが、お話の中には彼女の友人が実際に体験したことが含まれているそうですね。
ジャン=ピエール・アメリス監督:そう、女友達の実体験をアンナが小説にしたんだ。1960年代の話だが、父親が経営していた精神病院の患者さんが逃げ込んできて、実際にアンナの友達が彼を匿ったのだそうだよ。
撮影の間、アンナと話をされましたか?
ジャン=ピエール・アメリス監督:もちろん、話した。彼女はとても寛容な人で、私が小説を自由に翻案することを許してくれた。だから、私の個人的な事柄を付け加えることもできたんだ。
小説と映画とでは、どんな部分が違っていますか?
ジャン=ピエール・アメリス監督:両親が不仲である部分は小説にはない。これは私の子ども時代の個人的な思い出で、ぜひとも採り入れたかった。両親が別れるのではないかと不安でいるという子どもの揺れる心を描くことが私には重要だったんだ。
つまり、この映画には監督ご自身の記憶が色濃く反映されているのですね?
ジャン=ピエール・アメリス監督:そう、これは私にとってとても私的な映画なんだ。
子ども時代を描く映画を長いこと、構想されていたのですか?
ジャン=ピエール・アメリス監督:前作『Poids Leger』(04)を撮った後から、数年間考えていた。この映画に先立つ2本(『Poids Leger』と『C’est la Vie』)は“死”や“喪”を想起させる映画だったので、今回は人生の始まりのほうに戻り、子ども時代に焦点を当てて映画を撮りたいと思ったんだ。
原作で監督がとりわけ惹かれた部分は?
ジャン=ピエール・アメリス監督:何より、孤独な2人が友人として心を交わし合うという部分が本当に気に入った。親に捨てられたと感じている孤独な少女が、精神病院から逃げ出してきた、他の人とはちょっと違う青年を友達にする。二人は互いに助け合い、困難を乗り越えようとするね。そうしたところに心惹かれたんだ。
この映画は完全に女の子の視点から描かれていますね。どのような点に気をつけられましたか?
ジャン=ピエール・アメリス監督:とても素晴らしく演じてくれたアルバ=ガイアから絶えずインスピレーションを受けながら、一人の少女の人物像を創り上げていこうと努めた。ベティはちょっと怖がりだが、頭の中はいつも疑問だらけで、世界の謎について質問を止めないね。それにとても勇気があって、冒険心に富み、想像力が豊かだ。かなり複雑な部分はあるが明るい少女で、私は彼女が大好きなんだ。
女の子の視点から描かれているので、あなたにとっては演じやすかったですか?
アルバ=ガイア:そうだと思う。彼女とはとても近いものを感じていたので、スムーズに演じられたわ。
撮影中、一番楽しかったことは?
アルバ=ガイア:全部楽しかった。でも、最後の屋根のシーンが一番面白かったかも。難しかったシーンは特に思い浮かばないわ。
屋根の上は怖くなかったですか?
アルバ=ガイア:ひもでつながれていたので、怖くなかった(笑)。
オーディションでは大勢の少女に会われたのですか?
ジャン=ピエール・アメリス監督:10歳から12歳までの少女に大勢会った。これほど大勢の少女に会ったのは初めてのことだったよ(笑)。第一段階は会って話をするだけだった。アルバ=ガイアに初めて会い、彼女が面接を済ませて部屋から出ていった後すぐに私はキャスティング・ディレクターに、「彼女には本当に何かがある。個性があるし、カメラ写りもいい。特に、眼差しが素晴らしい」と言ったんだ。次の段階では実際に演技をしてもらったんだが、もう私の期待を超えていたね。
私が魅せられたのも、彼女の眼差しでした。とても深く、とても純粋な眼差しですね。この眼差しの前では嘘がつけないような。どこかで読んだのですが、監督は子どもの恐怖とファンタジーによって形作られた世界を子どもの知覚で再創造したかったということですが、同時に私がこの映画を観て感じたのは、子どもの強さと大人の脆さでした。
ジャン=ピエール・アメリス監督:その通りだと思うよ。子どもというのは本当に強いものだ。ベティも両親が不仲だったり、犬を飼いたいという思いがかなわなかったり、学校で男の子にいじめられたりなどいろいろな悩みがあるが、ちゃんとそれらを乗り越えていくね。私は彼女にそういう強さを与えたかったんだ。子どもは本能的な強さを持っているということを大人に思い出してほしかった。子どもはさまざまな出来事に初めて出合い、そのたびにショックを受ける。人の命は永遠には続かないこと、死があり別れがあり、人は時には残酷だということなどを知り、その事実を受け入れ乗り越えていく。それが人生というものだね。私は彼女がそのように厳しい現実に出合いながらも乗り越えていくという過程も描きたかったんだ。
そして、子どもたちには想像力がありますからね。
ジャン=ピエール・アメリス監督:そう。想像力によって助けられたりするものだ。エリザベスは自分の周りで起きていることを全て理解できているわけではなく、あくまで彼女の視点で自分なりに見て、自分が理解できるように翻案して乗り越えていっている。私自身も子どもの頃は想像力にずいぶん助けられたものだよ。私の中には想像の世界というものがとても大きな存在としてあったので。家であまりに辛いことがあったときには、現実から離れてもっと居心地の良い想像の世界に旅立つことで乗り越えようとしたんだ。
人は長く生きるほど生きることへの自信を失っていくような気がします。
ジャン=ピエール・アメリス監督:特に10代の頃は大変だと思うね。幼い頃より10代のほうが傷つきやすく脆い。
ベティがみんなの前で、親切にしていた男の子にからかわれるシーンがありますね。善意が悪意で返されることもあるという厳しい現実を示していると思いました。
ジャン=ピエール・アメリス監督:あそこは原作にはなかったシーンなんだ。子ども時代の思い出として、ああいう経験も大切だと思ったので入れた。この映画は、ベティがいろいろなことを初めて経験し学んでいく過程を描いている。残酷さというものも人間の一部なんだと彼女が発見していく過程で、あのシーンはとても重要だった。
演じていて悲しい気持ちになりませんでしたか?
アルバ=ガイア:確かに、ちょっと悲しかったわ。彼はみんなの注目を自分のほうに向けたくて、これまでいろいろと助けてくれたベティにああいういじめをやったんだと思うけど、悲しいことだわ。私は幸運なことに、まだ一度もああいう経験はないけど(笑)。
日本でも今、ああいういじめは増えていて、自殺をする子も少なからずいます。
ジャン=ピエール・アメリス監督:本当に? フランスでも青少年の自殺はあるけど、暴力を受けているとかそういう理由で自殺をする場合のほうが多いと思う。日本は言葉でのいじめのほうが多い? そっちのほうがたちが悪いね。
ヨランダ・モローが演じたローズという役も非常に印象的でした。とても素晴らしい女優ですが、現場ではいかがでしたか?
ジャン=ピエール・アメリス監督:彼女は私の大好きな女優で、今も子ども心をたっぷり持った人なんだ。彼女の中には永遠の“子ども”がいる。多くを語らなくても全てを理解して演じてくれた。偏見がなく、純粋なものの見方が出来る人だよ。ローズという役もヘンに研究したりせず、本能的に演じてくれた。役柄的なこともあって、現場ではあまり話をしなかったが、アルバ=ガイアとも眼差しなどで意思の疎通をはかり、お互いに理解し合っていたという印象だった。
アルバ=ガイア:ヨランダはとても優しかったわ。
ジャン=ピエール・アメリス監督:ベティを慰めるために抱きしめるシーンがあるが、見ていてもとても感動的だったよ。
時代設定についてはどういうイメージがあったのですか?
ジャン=ピエール・アメリス監督:1960年代だ。小説の時代設定がそうだったからね。それに、私の子ども時代の雰囲気を再現したかったということもある。ただ、全く当時と同じような感じにするのではなく、現実離れした空想の世界にもピッタリとくるような、いつの時代だか分からないファンタジックな雰囲気も出せたらと思った。
ベティと仲良くなる青年イヴォンの病気については、いろいろと調べられたのですか?
ジャン=ピエール・アメリス監督:イヴォンを演じてくれたバンジャマン・ラモンは大好きだよ。彼と一緒に撮影前、自閉症などの若者たちと実際に会い、彼らと話をしたり、その様子を観察したりしたんだ。あまりおおげさな演技にならずに、自然な演技を心がけてもらったよ。
監督はずいぶんテイクを重ねるそうですね?
ジャン=ピエール・アメリス監督:どうしてご存じなの(笑)? 確かに、毎回結構テイクを重ねた。でも、アルバ=ガイアは本当に素晴らしかったよ。何度も繰り返すうちに、彼女も「どうしてなの?」と聞いてはきたものの、「なんてひどい監督さんなの。もう止めたい」などとは言わず(笑)、常に協力的だった。私は「もっとうまく演じられるかもしれないし、他のやり方を試してみたい」と説明すると、毎回より良くしようと努力してくれたよ。
あなたにとっては大変なことじゃなかった?
アルバ=ガイア:いえ、大丈夫だったわ(笑)。
彼女の服はほとんどいつも赤でしたね。なぜ、そうしたのですか?
ジャン=ピエール・アメリス監督:私にとってこの映画は赤と緑のイメージだったんだ。緑は草木、そして不安を象徴する色として使った。だから、家の中では緑色がたくさん出てくるね。赤のほうは「赤ずきんちゃん」のような童話的なイメージがあるし、情熱、生命を表している。それに、可愛いからね。
あなたは映画の中で着ていた服が気に入っていましたか?
アルバ=ガイヤ:ええ、とても。今の子どもたちが着るような服じゃなかったし。ジャン=ピエールと一緒にいろいろな服やコートを選んで、着てみたりしたわ。とっても楽しかった(笑)!
犬はなついていましたか?
アルバ=ガイア:ええ! ホント言うと、私はあまり犬が好きじゃないんだけど……(笑)、でもあの子はとても優しい犬だったわ。
ジャン=ピエール・アメリス監督:何度か映画に出たことがある犬なんだよ。一番大きな映画としては、ジャン=ジャック・アノーのトラの映画『トゥー・ブラザーズ』に出演していた。だから、彼にとって今回の映画は小さな部類に入るはずだね(笑)。あと、2005年の夏にフランスで大ヒットしたミッシェル・ブラン主演の映画『Je vous trouve tres beau』に出演していた。Javaという名前で、立派なスター犬だよ(笑)。……彼も連れてくれば良かったな。サインしてくれたかもしれないのに(笑)。それに今回の作品には、『ハリー・ポッター』のフクロウも出ていたんだよ。すごいキャスティングでしょう(笑)?
次回作のご予定は?
ジャン=ピエール・アメリス監督:次回作はTV映画で『Maman est folle』というタイトルだ。子どもも出てくるが母親のほうにスポットをあてた作品で、脚本も書いたんだ。イザベル・カレがママ役で主演している。
コメディーですか?
ジャン=ピエール・アメリス監督:いや、私はこれまでメランコリックな作品ばかりでコメディーを撮ったことがないので、もう少し軽い映画も撮ってみたいんだが、コメディーというのは難しいからね。いつかはやってみたいと思うが。
『ベティの小さな秘密』では『アメリ』のギヨーム・ローランと一緒に脚本を書いたんだが、彼は映画にファンタジックな要素をもたらしてくれたし、ベティというキャラクターにちょっと面白い味付けも加えてくれた。私だけで書くとどうしても、メランコリックで感傷的な感じが強調されてしまうので、今回の共同作業はとてもうまくいったと思っているんだ。
これから映画をご覧になる方々に向けて、メッセージをお願いいたします。
ジャン=ピエール・アメリス監督:こんにちは。私はジャン=ピエール・アメリスです。『ベティの小さな秘密』を監督しました。日本のお子さんにも大人の方々にもこの映画を観ていただけるとうれしいです。
アルバ=ガイア:『ベティの小さな秘密』でベティを演じたアルバ=ガイアです。日本に来られてうれしいです。皆さんにこの映画を観ていただきたいです。
ジャン=ピエール・アメリス監督はどこか少年のように無垢なところがあり、優しさにあふれた方だった。アルバ=ガイアちゃんは恥ずかしそうにたどたどしく話す様子が何とも愛らしく、それでもあの全てを見透かすような目力は映画の中と同じ。お二人にたっぷりお話を聞かせていただいた30分だった。
(取材・文・写真:Maori Matsuura)
公開表記
配給:ヘキサゴン・ピクチャーズ+アステア
2008年9月20日(土)より、シネセゾン渋谷ほか全国順次ロードショー