第73回ヴェネチア国際映画祭<オリゾンティ・コンペティション>部門正式上映作に選出された『愚行録』が、いよいよ2月18日(土)に公開される。本作が長編デビューとなる石川 慶監督と、重要な役柄を演じた満島ひかりを囲み、ヴェネチア・リド島で行われた日本プレス向けインタビューをお届けしよう。
今回のプレミアで、皆さんの反応はいかがでしたか?
石川 慶監督:立って帰る人がいると、そっちを見てましたね(笑)。でも、すごく好意的に観ていただいている感じはしました。ここは辛いところかな、この辺からは集中できているかなとか、後ろから客観的にお客さんの反応を見ちゃってました。
どの辺りが辛そうでしたか?
石川 慶監督:きつい時間帯があるのは想像できてたんですよね。やっぱり会話劇ですので、前半はきついかな、と。字幕も多いですからちょっと心配ではありました。まあ、中盤くらいまでは姿勢を変えたりしながら観ている感じで、もう少ししたら核心的な部分が見えてくるんだけど……などと考えていました。
満島ひかり:私も立って帰る人を数えていました、1、2、3……って(笑)。25人くらいまでだったかな。斜め前にいた女の子が、最初は「ふぅ……」という感じて観ていたけど、だんだん前のめりになっていったんで、よかったな、と(笑)。上映後は、イタリア人だと思うんですけどおじいちゃんが私のほうを見て、「グーッ、グーッ!」みたいな表情をしてくれたのが嬉しかったです。
レッドカーペットを歩いてみていかがでしたか?
満島ひかり:ここに来るまで知らなかったんですけど、こちらのカメラマンはすごく楽しませて撮ってくれるんですよ。ヴェネチアに来たことを歓迎していただいている感じがして、派手な服を着た甲斐があったなと思いました(笑)。
ドレスはいかがですか?
満島ひかり:今着ているのは、グッチさんが私のサイズに直してくださったドレスなんです。朝着ていたのもプラダさんで、ヴェネチアに行くというとハイ・ブランドの方々も優しくしてくださって(笑)。こういうドレスが着られてよかったです。イタリアはファッションの本場ですから、恥をかかないように頑張ろうと思いました。このドレスは自分で選んだわけではないんですが、(胸の黒豹のワッペンが)ヴェネチアのマークに似てたからいいかな、って(笑)。
靴も見せるように言われていましたね?
満島ひかり:ファッション・チェックをしていたみたいです。このヒール、20センチくらいはあるかもしれません。映画ではずっとすごい汚い恰好で、スウェットばっかりだったんですけどね(笑)。
石川 慶監督:ホントにすみません……(笑)。
ヴェネチアは初めてですか?
満島ひかり:初めてです。出演した映画が来ていたことはあったと思うんですが(清水 崇監督『ラビット・ホラー3D』2011)、実際に参加するのは初めてでした。もう少し大変なのかなと思っていたんですが、すごく楽しくてよかったです。映画祭ってどういうことをしてるんだろう、厳かな感じだったら辛いなと思っていたんですが、石川監督の長編デビューでヴェネチアですから、一緒に行こうと思って。「妻夫木さん、やーい、やーい!」って感じです(笑)。気候が良くて空もきれいですし、食事も美味しくて人もいいですし、最高ですね。
海外プレスからの反応はいかがでしたか?
石川 慶監督:インタビューでは思いのほか、階級に関してすごく聞かれましたね。
負の思いが滓のように沈殿した物語でしたので暗たんとした気持ちにもなりましたが、ある意味(満島が演じた)光子が一番純粋は存在だと思いました。演じながら、大変な思いはありませんでしたか?
満島ひかり:石川監督ともよく話し合ったんですが、悲しそうな感じでやるのは避けようと思って、違和感が少しずつ表に浮き上がってくるような演じ方を試みました。例えば、幼い子どもって、微動だにせずにまっすぐ座ったまま、お父さんやお母さんにその日の出来事を話したりしますよね? そんなイメージで、精神科の先生に話す姿をつくりました。言葉遣いも幼児っぽいですし、体も固まったような感じで。今回観ながら、そんな話し方のニュアンスが伝わらないと、“この女優の芝居、硬いな”(笑)と思われるんじゃないかという不安はちょっとありました。
『悪人』では妻夫木さんに殺される役でしたが、再共演はどんな感じでしたか?
満島ひかり:妻夫木さんは実生活でもお兄ちゃんだと思っているので、「お兄ちゃん」と呼びやすいんです。メイクの方に、妻夫木さんは私が現場にいるとき、私は妻夫木さんがいるとき、二人とも急に顔が楽そうになるって言われて、「あぁ、そういうのは映画に活きるといいな」と思いました。説明しないでもお互いに分かり合えるところがあります。辛い役柄を演じていると、現場で予期しない苦しさに襲われて胸が痛くなることがあるんですが、ある時現場で妻夫木さんに「なんか、胸が痛くて……」と話すと、「ひかりちゃん、それは痛いよ。ずっと痛いよ」って言われて、分かってもらえたのが嬉しかったです。それは平田 満さんも同じで、「ひかりちゃん、今胸が痛いでしょ? 僕もそういう役はやったことがあるから分かるよ」って言っていただきます。
ヴェネチアに行く際、妻夫木さんには何か言われましたか?
石川 慶監督:メールで「頑張ってください」と言われました(笑)。「すごく良い作品なんですから、胸を張って行ってきてください」と。彼も来られたらよかったんですけどね。
長編は初ということですが、難しかった点はありましたか?
石川 慶監督:やってみると意外に、一日一日やることは短編と大して変わらなかったんですが、すごく長くはありましたね。それに、こんな重いストーリーだと、短編を5本くらい同時に撮ってるような感じで……(笑)。
ポーランドで映画を学ばれた影響はありましたか?
石川 慶監督:そんなに意識していたつもりなかったんですが、撮影監督がポーランド人ですし、脚本も自分で翻訳して送ってやり取りしていたので、やっぱり多少の影響はあったかもしれません。
三大映画祭の一つであるヴェネチアで上映されるというのはどんなお気持ちでしょうか。
石川 慶監督:率直に嬉しいし、まだ何だか現実感がないですね。イタリア、そしてヴェネチアは初めてで、今回来られてよかったですけど、逆に、次からは何を作ったら……なんて思ったり(笑)。
満島ひかり:お客さんはいるのかなとずっと不安だったんですけど、上映前から結構並んでいて、たくさん来てくださったんだな~と安心しました。この映画は日本の大学の話とかもたくさん入っていますし、表面的にはエコを装いながら裏では煙草を吸って花瓶の下に隠す女性みたいな、日本人ならすぐに分かるような裏表のある感じって、どこまで伝わるんだろうと思ってました。でも、違う国の人たちと一緒に映画を観るという行為自体がいいですね。ここで笑いが起きるんだとか、小出(恵介)くんに教えてあげよう、なんて思ったりして(笑)。この映画にも笑いどころがあったんだ!と知って、ちょっと嬉しかったです(笑)。それから、監督やスタッフの人たちと一緒に映画を観てるのもいいですね。
満島さんは小説を書かれたりしていますが、ご自身で脚本を書きたいと思うことはありませんか?
満島ひかり:小説といっても短いのですよ(笑)。今のところは、脚本とか監督の側に手を出すと、かえって何もできなくなる気がするので……。人がやっているのを見て茶々を入れてるほうが、楽でございます(笑)。
近年、映画でもテレビでも神がかり的な演技をされていますが、満島さんにとって映画とテレビはそれぞれどういう場なのでしょうか。
満島ひかり:映画はやっぱり、スタッフが50人いたら50人の顔が隅々まで常に現場で見えていることが一番違うと思いますね。テレビは制作の場が広いですしスタッフも多いので、なかなか名前を覚えきれなかったり会話が少なかったりで……。映画のほうは、全員が監督のために動いているという感じが気持ちいいですね。どこか神聖な感じがあるんです。私が憧れている俳優さんは映画の中にいたことが多いですし。
演技に迷うことがあったら最近は、アクターズ・スタジオのDVDを見るようにしています。あぁ、デ・ニーロでも悩むんだ……って(笑)。とにかく、私はお芝居が大好きですから、もっと良い形で関わりたいなと常に思っています。一方で、日常も普通に生きていたいですし。
舞台はいかがですか? チェーホフの「かもめ」でニーナをやりますね。
満島ひかり:去年パリで、亡くなったばかりのリュック・ボンディという素晴らしい演出家が手掛けたチェーホフの「イワーノフ」を観に行ったんですが、舞台なのに映画を観ているみたいな、役者の芝居も何もかもが全部ハプニングに見えるくらい凄かったんです。フランス語は分からないのに、心底魅了されました。映画で観るような奇跡の瞬間を、毎日舞台の上で見せられたらいいなと思います。(※満島ひかりが出演した舞台「かもめ」は、2016年10月29日~12月4日まで東京および全国各地で上演された。)
今度も満島さんは映画・テレビ・舞台で争奪戦になりますね。
満島ひかり:そんなことありませんよ! なんか来る仕事が少なくなっている気が(笑)。私、使いにくそうなのかな(笑)。石川監督、また呼んでください!
石川 慶監督:(笑)。満島さんとは一緒に創っているという感覚になれますね。
満島ひかり:私はもっと監督を深く信頼すればよかったと後悔してます(笑)。信頼してたんですが、映画監督にしては珍しいくらい誠実で、役者の話をものすごく良く聞いてくれるんです。何を質問してもちゃんと答えてくれるし、悩んでると一緒に考えてくれるし、学校の先生でもこんなに親身に寄り添ってくれる人はいないと思いました。“この人、こんなに誠実で映画撮れるのかな……”と心配になりましたね(笑)。この誠実さに懸けようと思ってやっていたんですけど、完成した映画を観て、もっと深く信頼して自分を預けて、もっと行けたかなと思うところもあって、次回リベンジさせてください(笑)。
石川 慶監督:不安にさせちゃいましたね(笑)。
満島ひかり:え、そんな……だいぶ(笑)。ブッキー(妻夫木)も、後半くらいから「あのさぁ、石川さんって、良い監督だよねぇ」って言ってきたりして(笑)。「最初は不安だったよね?」「チョー不安だった」「ちょっと不安だけど、いい感じが出そうだからがんばろうよ」みたいなメールを交わしてたんです(笑)。
石川 慶監督:そんなやり取りがあったんだ(笑)。
満島さん、ミュージカルはいかがですか? 歌えるし踊れますし。
満島ひかり:ミュージカル、やりたいです! 芝居の延長線上で歌うのはいいですね。あと、逆があるじゃないですか。オペラをミヒャエル・ハネケが演出して、すごくカッコいい作品になったり。オペラなのに、音を止めて見ると映画の芝居に見えるような舞台もありますし、とにかく、新しい発想でやってみたいですね。いつかそういうものもやってみたいです。
この映画祭で観たかった映画はありますか?
満島ひかり:(エミール・)クストリッツァに会いたかったです! クストリッツァを生で見て、握手とかしてパワーをもらいたかったです!
様々な人物と対話しながら過去と現在を往来し、人々の建前と本音をあぶり出しつつ核心に迫っていく複雑な構成の群像劇を、冷やかな美しい映像でまとめ上げた石川 慶監督。近年、邦画の存在感がめっきり薄いヴェネチアで、初長編が選出されるという快挙でデビューを飾った若き映画作家は、今後なにを見せてくれるのだろうと期待できる監督の一人としてアピールできたはずだ。
そして、映画・テレビ・舞台と、まさに神がかっているとしか思えない圧倒的な演技で観る者を魅了する満島ひかり。話しぶりは天真爛漫・ざっくばらんで微笑ましいが、演じることをこよなく愛し深く学び、全身全霊を懸けているさまがひたひたと伝わり、この人は必ず日本映画史上に名を残す役者となるだろうと、あらためて思わせられた。
インタビュー後、「すごく気持ちいいですね、ヴェネチア」と言葉を残し、シフォンのドレスを夜の風になびかせながら去って行ったひかりちゃん。ヴェネチアに戻ってこられるような作品は、満島ひかりを求めているはずだから、大丈夫、きっとまたヴェネチアのスクリーンで会える。
(取材・文:Maori Matsuura、写真:オフィシャル素材提供)
公開表記
配給:ワーナー・ブラザース映画/オフィス北野
2017年2月18日(土)、全国ロードショー