“新しい手法が生む新しい映像体験”を標榜し、過去に2本の短編映画がカンヌ国際映画祭から正式招待を受けた監督集団「5月」が、名優・香川照之を主演に迎えた初の長編映画『宮松と山下』が11月18日(金)より、新宿武蔵野館、渋谷シネクイント、シネスイッチ銀座ほか全国公開中。この度、公開を記念して、新宿武蔵野館にて公開記念舞台挨拶が行われた。
上映後、大きな拍手で迎えられた「5月」の佐藤雅彦監督、関友太郎監督、平瀬謙太朗監督。公開二日目に駆けつけてくれた観客で満席となった会場にそれぞれ一言ずつお礼を述べ、舞台挨拶が始まった。
質問:ご鑑賞いただいて、皆さん主演の香川照之さんの演技に心酔されたんじゃないかと思いますが、現場で香川さんのプロ魂を見た場面を教えていただけますでしょうか?
【佐藤雅彦監督】現場では、香川さんの一挙手一投足に感動していました。妹の藍が「そう、昔よく(タバコを)吸ってた」と言ったのち、振り返ってにこやかに笑うシーンがありますが、あのカットにびっくりして、どうしてあんな軽やかな笑いが瞬時にできるのだろうと思って、後から香川さんに聞いたんです、「あの自然なにこやかな、裏のない幸せな笑いって、表情ってどう作るんですか?」と。最終的には教えてくれなかったんですが、あれをつくるのにかつてかなり努力されたようなんですが、香川さんの内部構造にはあれができる構造があるんですね。だからあの「笑顔」と言われた時にどんな状況でも、瞬時にできる内部構造があることに僕は恐ろしく思いました。
皆さんもご覧になった通り、顔をピクピクと痙攣することも、香川さんの演技の技術の中に入っていて制御できる、そこがびっくりしました。
谷が訪ねてきた時やベランダのシーンの撮影時は9月の炎天下で眩しいんです。なのに、香川さんは、「よーい」の声が掛かる前にぎらつく太陽を睨み、目をわざと開けているんです。思わず、その姿を撮影してしまったほどでした。それでクランクアップ直前に、どうしてあの時太陽を見たのかと聞きました。すると、「太陽を見て目を焼き殺すと眩しい顔をしなくて済む」とおっしゃっていて。その話を聞いて、ああこの人はこんな技術ももっているんだなあと思ったんです。内部技術に関しても、外に表出する技術に関してもすごい役者さんだと思いました。
【関友太郎監督】僕が一番印象的だったのは、最終日に僕と平瀬に声をかけにきてくれて、「3人の監督は初めてだったけど、本当にいいことばかりだった」とおっしゃってくださったんです。「この現場は3人が『カット』『カット』『カット』と揃って初めて『カット』が出る、3人分の重みがあるから、本当に納得して安心して次のシーンにいけた」とおっしゃっていただいて、役者としての姿勢というか、カットへの反応を毎現場確かめて次のシーンに向かっているんだと思って、そこがすごく印象的でした。
香川さんは時代劇のシーンで何度も斬られるシーンがあるんですが、テイクごとに正確に少しずつ違う演技、違う動きや強弱の付け方をしてくださって、芝居の違いを見せてくれたので常に現場で探っている感じがとても印象的で感動しました。
MC:編集が何十パターンもできるほど繰り返されたとお聞きしましたが、香川さんが微調整されるのは編集素材を見越していらっしゃるのでしょうか?「
【関友太郎監督】あるかもしれませんね。編集は30では足りないくらいやりましたね。毎日違う編集だったというか。あと、香川さんが演じているのはエキストラなので、めちゃくちゃ上手なわけではない、とその匙加減は香川さんのなかでもいろいろ考えてくださったんじゃないかと思います。斬られるシーンでも、わざと大きな芝居をしたりもして。
【平瀬謙太朗監督】「いやそれバレる! バレる! エキストラの人がそんな大きな動きしてたら外しちゃう」という演技もあって、そういったものは編集で落としました。
【佐藤雅彦監督】香川さんはプロなので、カツラを被るシーンなど慣れちゃってるんですね。だから、慣れてないカツラの被り方を模索したりと、香川さんは頭を働かせてくださっていたと思います。
【平瀬謙太朗監督】私たちは、宮松という人物がどういうひとなのか、脚本を書きながらギチギチに決めていたわけではなく、現場で香川さんと会話しながらその場で作っていったのが印象的で、現場で4人で集まって、「じゃあこのシーン宮松だったらどう振る舞うだろうね」と。例えばロープウェイを閉めて階段の降り方ひとつを目の前で演じてくださる。タンタンタン、と一段ずつ降りていく。そういうのを重ねて宮松という人物像をつくっていったので、本当に我々にとっても贅沢な時間でしたし、映画にとっても大切な時間だったと思います。特に縁側で妹の藍に振り向いて「おかえりなさい」というセリフがあるんですが、脚本には書いていたものの、どんな言い方でどんな顔でどういう気持ちで言うのかは我々の頭にもなかった。それでまずはカメラテストをしてみた時、香川さんが振り向いてニコッと笑ったんです。スタッフ全員が、そんな「おかえりなさい」があるのかと自分たちの中に全くなかった見せ方でした。全員がゾワッとしたのが印象的で、香川さんの力を浴びた気がします。
質問:この作品を制作して良かったこと、奇跡だと感じたことはなんでしょうか?
【佐藤雅彦監督】僕が一番訴えたかったのは、やっぱりこの新しい形なんです。これは東京藝術大学の映像研究科の私の研究室から生まれた3人ユニットで、世界でも稀有だと思います。3人が同時に企画して、原作・脚本を書いて、撮影・編集して……。我々3人でやっと1人前と呼んでるんですけど。新しい「5月」という個性が生まれるんです。“手法がテーマを担う”ということを私たちは標榜していますが、“手法”というと軽く見られがちですが、我々手法が大好きなんです。そこを追求している新しい形が、新しい表現を生むんじゃないかと思っています。それが、今後どんな新しいものをうむのか、我々にも分かりませんが楽しみにしていていただきたいです。
【関友太郎監督】バッティングセンターのシーンで、津田寛治さんがうまく打てないシーンがあるんですが、津田さん自身は左利きで、カメラアングル的に宮松と同じように撮るために右打ちでバッターボックスに入ったんです。台本上では空振りと書いていたので、そのつもりで津田さんもいたと思うんですが、偶然ボールが当たっちゃって、そうしたら、だから自然に「あ、当たっちゃった」というセリフとアハっという表情になったのがとても良くて。ナマの感じというか。これは編集でも悩まずに使いました。
【平瀬謙太朗監督】関のいう通り、リアルなものが映りこんだとき、編集しててすごく嬉しいですね。脚本上では思ってもみなかったことが起きている。それを自分で一番感じたのは、タクシー会社のシーンで。あのシーンの皆さんは本当にあそこのタクシー会社に勤めている方々なんです。なのでやっぱり佇まいが全然違うんです。いつもの場所で普段通りいつものことをするだけ。そのリアリティがすごくて。それがかなり画を強くしてくれたと思います。
質問:最後に一言ずつメッセージをいただけますでしょうか。
【佐藤雅彦監督】この皆さんが今味わった映像体験というのは、言葉でなかなか伝えられないんですよね。ですから、皆さん伝道師のように友達やご親戚にお伝えいただければと思います。皆さんの言葉が一番強いと思います。ぜひ、よろしくお願いいたします。
【関友太郎監督】物語より映像表現・手法で楽しめる映画を作りたいと思っていたので、迫力や派手さのある映画ではありませんが、映画館でぜひみていただきたいと思いました。こういう静かな映画でも映画館でみるべき映画だと、そういうメッセージも添えて、お知り合いの方に広めていただけたらと思います。
【平瀬謙太朗監督】この10年ほどお茶の間で見ていたのは“動”の香川さんと言うか、激しい動きで大きな演技でみんなを楽しませていたと思うんですけど、この映画には静かな香川さんが映っていて、本当にそれを期待してお願いした部分もありますが、そんな“静”の香川さんを今見られるのは劇場だけ、この映画だけなんじゃないかと思っています。それが多くの人に届いてくれると嬉しいなと思っています。
登壇者:監督集団「5月」(関友太郎、平瀬謙太朗、佐藤雅彦)
(オフィシャル素材提供)
公開表記
配給:ビターズ・エンド
11/18(金) 新宿武蔵野館、渋谷シネクイント、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー