イベント・舞台挨拶

『ケイコ 目を澄ませて』バリアフリー上映&トークイベント

©2022 映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

 第72回ベルリン国際映画祭をはじめ各国の映画祭で上映され注目を集める三宅唱監督作『ケイコ 目を澄ませて』(12月16日全国公開)の公開を前に、「国際障害者デー」であり、内閣府が定めた「障害者週間」の初日となる12月3日(土)に都内にてバリアフリー上映会を実施。ろう者が中心に集まった観客に向けて日本語字幕付きの本編を上映、視覚障害者には音声ガイドが提供された。その後のトークイベントには、岸井ゆきのが演じた主人公・ケイコの友人役として出演した俳優の長井恵里、また本作の手話監修を務めた東京都聴覚障害者連盟事務局長の越智大輔が登壇した。トークの内容は、手話通訳とスクリーンに投影された文字通訳によって観客に届けられた。

 ともにろう者である登壇者のふたりには、本作はどのように映ったのか。長井は、「今まで聴覚障害者が出てくる映画やドラマというのはたくさんありましたが、かわいそうとか、障害にフォーカスを当てた作品が多かったように思います。でもこの映画はケイコの本当にリアルな姿が映し出されていますよね。聴覚障害者だからというよりも、ケイコそのもの、人間としての悩みや葛藤が表現されているので、すごくいいなと思いました」と感想を述べると、続く越智も「これまで多くのドラマや映画などで手話監修を行ってきて、ここはこうしてほしいなと話したこともあまり取り入れられないことが多かったんです。しかしこの作品は、ことさら障害者であることを強調しない。『障害は個性である』と言葉で言うのは簡単ですが、それを表現するのは本当に難しいですからね。例えば自転車が後ろから来たことに気づかないシーンがありました。そういう細かい描写がしっかりと表現されていて。それが作品に深みを与えていると思いました」と感服した様子を見せた。

 また、手話監修にあたり撮影前にスタッフとどういったやり取りがあったのかという質問には、「あまり意見が採用されることが少ないという状況がある中で、今回は事前に監督スタッフが本当にたくさんのことを質問してくれました。だから資料もたくさん渡しました。そしたらそれを読みこんだ上で、さらに質問をたくさんしてくださった。これは今までとは違うものになるんじゃないかなという期待を持ちました」と振り返った。

 越智がシナリオの初期段階で関わっているという、テレビドラマ「silent」をはじめ、映画『ドライブ・マイ・カー』『LOVE LIFE』、そしてアカデミー賞®を獲得した『コーダ あいのうた』など、手話を扱った作品が近年多く制作されている傾向がある。そうした変化について質問を受けた長井は、「わたしが伝えたいのは、当事者が出演するということ。当事者が出ることで障害者イコールこういう感じ、といったステレオタイプにならずに済むのではないかと考えます。手話がブームになるのは良いことですが、それを終わらせることなく、今後に繋げてほしいなと思っています」と期待を寄せた。
 越智は、「コロナと重なった時期に手話を取りあげた作品が増えたように思われていますが、実は以前からもそういう作品はありました。例えば以前は、スロープやエレベーターの段差を解消しましょうといった議論が多かったんですが、最近は障害理解や心のバリアフリーといった差別解消の話題が増えています。ここ5年くらいの変化だと思います。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会も契機のひとつになったのではないかと思います。コロナ禍もあって大変な時期ではありましたが、日本が、世界から注目されているという意識があり、世界からの見方も変わってきたんじゃないかなと思っています」と語った。

 本作に、主人公ケイコの友人役として出演した長井。耳の聞こえないプロボクサーであるケイコが、リングを離れ、気の置けない友人たちとランチをし、たわいもない会話をする。ひとりの20代女性として生きるケイコの日常の姿を切り取った、ごくありふれた、でも特別な場面だ。このシーンの撮影について長井は、「実はこの場面の撮影がこの作品の撮影初日に行われたんです。現場に私を含めたろう者の俳優が入ることで、当事者はこういうふうに会話をしているのかということを理解していただく機会になったと思いますし、その後撮影を続ける上でこのシーンが初日だったということは、ものすごく効果があったんじゃないかなと思っています」と述懐。さらに「撮影前の打ち合わせの段階では、岸井さんと、弟役の佐藤緋美さんに、わたしたちのリアルな会話の様子を見てもらいました。そこで質問を受けたりもしましたね」と付け加えた。
 家族であるケイコと弟ととのやり取りについて越智は、「本作において、親と子、姉弟とで手話の使い方が違うというところもポイントになっています。例えば姉弟はずっと付き合っているので手話が堪能になるといったことや、手話をどこで学んだかによって手話の使い方が違うといったことも表現できたと思います。ここまでリアリティのある作品になったのは、監督やスタッフさんたちの努力の賜物だと思います」と賞賛した。

 映画が大好きだというふたりだが、ろう者が映画を観ることにはまだまだ苦労が多いという。アジア系の映画が好きでよく観ているという長井は、「最近は日本映画でもインターネット配信であれば字幕がほぼ付いているので、観る機会が増えていいなと思うのですが、例えば洋画でも、それまでは字幕が出ているのに、(日本語のセリフを話す)日本人が出てくると字幕がなくなってしまう。こういうときに、観る人の想定が偏っているんだなと実感しますし、字幕を必要としている聴覚障害者がいることも分かっていただければもっと選択肢も増えるんじゃないかなと思います」と語る。
 それについては越智も、「一般にある(洋画の)字幕は聴覚障害者のためではないですからね。以前観た映画は最後に主人公が画面からいなくなって終わったと思っていたんですが、たまたまインターネットでその作品について検索していたら、実は最後に銃声が鳴って、見えないところで主人公が最期を迎えてジ・エンドという作りだったことを後から知ったということもありました。やはり大事なところで情報がないと、そうやって置いていかれることも多いんですね。こうしたこともあって字幕付与についてはかなり取り組みを進めているんです」と続けた。さらに、「わたしはアニメ作品が好きで、衛星放送を契約していたんですが、字幕が出ないので解約したことがありました。そのときに解約の理由として、『字幕がないから観られない』と回答したところ、『検討します』という返事が返ってきたんです。正直期待していなかったんですが、たまたま1年後にそのチャンネルを無料放送で観たら、いつの間にか字幕付きが実現されていたので再契約することにしました。このように、少しずつ必要なことを訴えていくことは大事だなと感じました」と実体験をもとに声を挙げていくことの重要性について述べた。

 本作は、12月16日の公開初日から一部の映画館にて「日本語字幕付き上映」の実施が決定している。バリアフリー音声ガイドとバリアフリー日本語字幕は「UDCast(ユーディーキャスト)」(※1)と「HELLO! MOVIE(ハロームービー)」方式(※2)の両方を採用する。メイン館のテアトル新宿では、公開初日から日本語字幕付きで上映され、初週は毎日上映回を設ける予定となっている。それについて長井は、「1週間、毎日字幕がついているということで、行けなかった人の損失をなくす、すばらしい取り組みだと思います。本作は障害者にスポットを当てるのではなく、彼女の努力にスポットを当てているのが魅力的なので、ぜひケイコのファンになっていただけたら」とコメント、越智も「この映画は聞こえない人はもちろん、聞こえる人にも観てもらいたい作品です。聴覚障害者は見た目では分からないので、隣に座っていても気付きにくいと思います。気づかなければ、どう接していいのか分からない。なのでそれを分かっていただくためにも、この映画をたくさんの方に観ていただければ」とメッセージを送りイベントを締めくくった。

 (※1)「UDCast(ユーディーキャスト)」は、文化芸術のバリアフリーを総合的に提供するサービス。映画や映像作品に合わせて、自動的に字幕や音声ガイド再生を行うことのできる無料アプリを提供している。
 (※2)「HELLO! MOVIE(ハロー! ムービー)」は、視聴覚障害のある方が映画館にスマホやスマートグラスを持ち込み、専用アプリを起動することで、対応している映画の字幕と音声ガイドを楽しめる無料アプリ。一部の映画館ではスマートグラスの貸出サービス「字幕メガネ」を実施している。

登壇者:長井恵里、越智大輔(東京都聴覚障害者連盟事務局長)

(オフィシャル素材提供)

公開表記

配給:ハピネットファントム・スタジオ
2022年12月16日(金) テアトル新宿ほか全国公開

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