『月曜日に乾杯!』『皆さま、ごきげんよう』などを手掛けた名匠オタール・イオセリアーニの劇場初公開を含む全監督作21本をデジタル・リマスター版にて、2月17日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、シアター・イメージフォーラムにて一挙上映中。
この度、イメージフォーラムにて『唯一、ゲオルギア』上映後に前田弘毅氏(東京都立大学 人文社会学部教授)を招いて、トークイベントが行われた。
まずは簡単にプロフィールをお伺いできますでしょうか。
東京都立大学にて、ジョージアを中心としたコーカサス、そして中近東・中央ユーラシアの歴史を研究しています。
率直に、研究者の前田さんからみて、『唯一、ゲオルギア』はいかがでしたでしょうか。
4時間を超える作品で、さまざまな見方のできる映画だと思います。私は映画評論家ではありませんが、イオセリアーニ監督は映像と音の魔術師といいますか、繊細なさまざまな感情を見事に描き出す監督ですね。しかし、この『唯一、ゲオルギア』という作品では、1990年代初頭の内戦と民族紛争を実際の戦場(戦争)の映像なども含めて描き、非常に珍しくストレートに“怒り”というものを発出している。これは何に対する怒りなのか? この点も含めてさまざまな問いを投げかける映画です。ちょうど30年経って、ウクライナという旧ソ連空間の一部で、再び大きな戦争が起きている現在、改めて非常に大きな感銘を受け、考えさせられました。
目をつぶりたくなるようなシーンも劇中にはあったと思いますが、本作を観るポイントをお教えいただけますでしょうか。
まずは、90年代初頭の民族紛争・内戦。これは日本ではほとんど知られていないことだと思います。今ジョージアは、ここではゲオルギアと表されていますが、もともと肥沃な国土と美しい伝統文化を誇る国です。我々が旅行などで訪れますと、現在は戦争の復興を遂げて、近年はワインやツーリズムも発達してきました。元々とても開放的な国民性で、お客さまを歓待するという、日本の古い文化と通じ合う部分もあるかと思います。今非常に豊かになりつつあるんですが、しかし30年前に何があったのか、まずそこをしっかりと時間をかけて観ることができる。そこが一つ目のポイントです。
それから20世紀という時代ですね。改めてソ連というものがどういうものであったか、それが遠い記憶になって、授業で教えてますとなかなか伝えるのが難しいんですけれども、いわば「クレムリンの時代」、イオセリアーニ曰く「うそがシステム化」されていた社会。こういったことに関しても、改めて映像を通して見ることができる。一方で、大衆文化が花開いた側面もあります。ロシア帝国時代やその後の第一次独立期など、やはり日本でほとんど知られていないジョージア史の多様な展開を美しい映像コラージュで知ることができるのは本当に貴重です。盛りだくさんで、この映像を使った講義などもしてみたいと思いました。
そして何より、ジョージア(グルジア)の映画がソ連の中にあっても、傑出した才能が集まっていて、そして芸術から辛らつな政治批評まで、文字通り息もできないような窮屈なソ連時代に、あれだけさまざまなテーマの映画が、20世紀を通じて撮影されてきていたこと。イオセリアーニはそういう意味ではまさに自分を育んだジョージアの伝統文化、特に映画製作の世界でですね、これに対するオマージュも込めている。ですから、あの極限の状況でそれを本当に芸術作品にまとめあげた彼の凄さをひしひしと感じました。
ほかのイオセリアーニ監督作品をご鑑賞の方は、違いに驚いたかもしれません。ちなみに、前田さんは95年に、ジョージアを訪れていらっしゃるんですよね?
はい。パンフレットでも少し触れさせていただきましたが、私が最初にトビリシを訪れましたのは、1995年の秋、9月頃です。この映画の編集が終了したのが94年の1月で、95年の4月までトビリシ市内は戒厳令があり、夜間外出禁止だったんです。私が訪れた9月はじめも、そもそもそのひと月前にもシェワルナゼ(シェヴァルドナゼ)、当時まだ大統領ではなかったんですが、彼を狙った爆弾テロが起こった直後でした。そんななか、内戦の傷跡はまだ非常に生々しく、内戦で近い親族が亡くなったという方をたくさん知っています。私のホームステイした家庭では、内戦勃発時にたまたまおなかに子どものいた親族が遊びに来ており(内戦は年末に突然起こった)、その様子を心配して救助に駆けつけた夫が家の目の前で兵士に殺害されたという話も聞きました。アブハジアなどでの民族紛争でも、それまで近い付き合いをしていた隣近所で突然隣人同士で殺し合いが始まったといっていました。ルスタヴィリ大通り、ジョージアを訪れられた方はご存じのように非常にさまざまなお店が並んで、活気溢れる美しい大通りですが、あの通りもまだ半分以上のお店が閉まっていました。またトロリーバスのフロントガラス全面に銃弾の撃ち込まれたあとが残っていたことをよく覚えています。ソ連時代に起きたハイジャック事件の悲劇もパンフレットの中で触れました。こうした事件の多くはまだわずか30年前の出来事なのです。
本作の最初には、「これがロシア近隣国の日常だ」という言葉が出てくるかと思いますが、ちなみに現在のジョージアとロシアの関係性はどういった状況でしょうか。
ご存じの方も多いかもしれませんが、2008年にジョージアとロシアは戦争を行いまして、現在も国交関係は断絶中です。ですから、ウクライナとの戦争に関しては、世論のほとんどがウクライナを支持しています。ただやはり、私もコロナ禍でなかなかジョージアを訪れられないなか、昨年秋に3年ぶりに訪れましたが、一部報道があると思いますが、ロシアからの難民が大量に入っており、トビリシ市内はロシアの、特に若い方がたむろしているという状態になっています。ではなぜ戦争した相手の国から難民を受け入れるのかと疑問に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、やはり人道的な意義もありますし、現在のジョージア政府が外交特別代表というものを任命して、ロシア政府と常に交渉は続けているんです。やはり隣国の大国、かつて支配された大きな国でありますから、完全に無視して突っぱねるというわけにはいかないです。そこが非常に難しい。それがジョージアという国なのです。
劇中にも描かれていましたがソ連の時代の前の部分、トルコ、イラン、モンゴル、あるいはローマ、ペルシア。そういったさまざまな諸勢力の間でバランスをとってきた。ジョージアというのは人々が紳士的で、自然の風景は日本ともよく似ており四季もはっきりしていて、非常に美しい国で、なんというか親近感を私ももちろん、彼らも思ってくれています。感情も細やかで。ただユーラシアのなかでも揉まれた歴史といいますか、有名なのはトビリシ郊外にある“ジョージアの母”という像で、盃と剣を持っています。「客としてくるなら盃を、敵としてくるなら剣を」といった意味が込められた像がある国です。ジョージア数千年の歴史のなかで、繰り返されてきた悲劇、こういったものをイオセリアーニは世界に訴えなければいけないと思っていたと思います。そういったメッセージ性という意味でも、彼の作品群のなかではある意味異色でありますし、やはり90年代初頭の“今しか撮影できない”というタイミングで、彼の訴えですね、おそらく彼は国を代表して訴えるようなタイプではないと思いますが、しかし声をあげなければいけないんだと。当時シェワルナゼに対する反対派も非常に強く、この作品ではガムサフルディアという追放された大統領を徹底的に非難していますが、実際には今でも彼のシンパはジョージア人の中に少なくありません。民族紛争も解決の目処は立っていません。そういった難しい部分は今のジョージアのなかにも実はある、ということは、ここで触れておきたいと思います。
また、首都トビリシを含めてジョージアにはさまざまな民族が住んでいて、そこが国の魅力でもあります。そこはイオセリアーニ監督も非常に配慮しており、美しい映像を楽しむことができます。現地でもぜひ機会があれば様々な文化スポットを訪れて欲しいです。劇中にはカトリックの儀式も出ていましたね。ジョージア人自体、山の人、平地の人みんなタイプが違い、言語なども含めて非常に多様な美しいジョージアの姿をイオセリアーニ監督は自覚的に描き出そうとしている。まさに“唯一、ゲオルギア”。ジョージア全体を包み込もうとする彼の愛情あふれた眼差しは、ほかの映画とも共通する優しさがあると思います。
登壇者:前田弘毅氏(東京都立大学 人文社会学部教授)
カンヌ、ヴェネチア、ベルリンなど世界の映画祭で数々の賞を受賞。人生の達人、オタール・イオセリアーニ監督の作品をたどる
“まさに、ジャック・タチやチャップリンのよう!(テレラマ)”などと評される名匠オタール・イオセリアーニ監督。ジョージア(旧ソビエト連邦グルジア共和国)に生まれ、映画制作を行うも上映禁止など制限を受け、故郷を離れパリへと移り住んだ経歴をもつ。
それでも映画を制作し続け、カンヌ、ヴェネチア、ベルリンなどで数々の賞を受賞し、世界各国でゆるぎない評価を得ており、日本でも、『月曜日に乾杯!』や『皆さま、ごきげんよう』などのヒットで熱狂的なファンが多い。時代や場所が違えど、変わることなく繰り返される日々の営み、争いや略奪、犯罪は決してなくならないが、あふれるほどの愛や友情、希望は必ずある――。観る者に、そんな人生の豊かさを気づかせてくれる人生の達人、オタール・イオセリアーニの全監督作品をたどることができる貴重な映画祭だ。
公開禁止を受けた幻の傑作から数々の賞を受賞した作品群、そして円熟味を増した集大成の作品までデジタル・リマスター版で待望の一挙上映!
長編は、1作目にしてジョージアでは公開禁止となったがカンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞した『落葉』をはじめ、各国でロングラン・ヒットとなった『素敵な歌と舟はゆく』や、ベルリン国際映画祭にて銀熊賞(監督賞)を受賞し世界の名匠としての地位を確立した『月曜日に乾杯!』、またレトロスペクティブが開催され、再評価が高まるピエール・エテックスや、『アメリ』などジャン=ピエール・ジュネ監督作品でおなじみのリュファスが出演していることも話題となった集大成的傑作『皆さま、ごきげんよう』など。
さらに、ウェス・アンダーソン監督作常連のマチュー・アマルリックの役者デビュー作となった『月の寵児たち』、全編アフリカ・セネガルで撮影が行われた『そして光ありき』がこの度日本初上映される。いずれもヴェネチア国際映画祭にて審査員特別大賞を受賞した作品だ。
そのほか、本国ジョージアにて上映禁止を受けたものの、2000年にはカンヌ国際映画祭で復元版による特別上映が行われた中編『四月』、現在の世界情勢にも通ずる、ジョージアの映像資料を用いて歴史・文化を紹介した三部構成となる日本初公開のドキュメンタリー三部作『唯一、ゲオルギア』なども上映。
ノンシャランと笑い飛ばし、自由で独創性あふれる作品づくりで世界中の映画ファンを魅了し続けているオタール・イオセリアーニ監督の全作品に触れられる貴重な映画祭となっている。混沌とした現代だからこそ、反骨精神たっぷりのユーモアとちょっとした幸福をぜひ体感してほしい。
監督:オタール・イオセリアーニ
協力:ジョージア映画祭
上映作品一覧
<長編12本>
『落葉』
『歌うつぐみがおりました』
『田園詩』
『月の寵児たち』 ※ 劇場初公開
『そして光ありき』 ※ 劇場初公開
『蝶採り』
『群盗、第七章』
『素敵な歌と舟はゆく』
『月曜日に乾杯!』
『ここに幸あり』
『汽車はふたたび故郷へ』
『皆さま、ごきげんよう』
<中編3本>
『四月』
『エウスカディ、1982年夏』 ※ 劇場初公開
『トスカーナの小さな修道院』 ※ 劇場初公開
<短編5本>
『水彩画』 ※ 劇場初公開
『珍しい花の歌』 ※ 劇場初公開
『鋳鉄』
『ジョージアの古い歌』
『ある映画作家の手紙 白黒映画のための七つの断片』 ※ 劇場初公開
<3部作 ドキュメンタリー>
『唯一、ゲオルギア』(3部作) ※ 劇場初公開
監督プロフィール
1934年2月2日、旧ソビエト連邦グルジア共和国(現ジョージア)のトビリシに生まれる。
44年、トビリシ音楽院に入り、ピアノ、作曲、指揮を、53年から55年にかけてモスクワ大学で、数学、工学を学ぶ。その後、56年から61年まで、モスクワのソ連映画学院の監督科に在籍。卒業後は編集技師として働く。
62年に中編『四月』を監督するが、「抽象的、形式主義的」という理由で、上映を禁止された。66年、長編第1作『落葉』を発表。公開禁止となるが、2年後の68年のカンヌ国際映画祭に出品。初めて西側で紹介され、国際批評家連盟賞とジョルジュ・サドゥール賞を受賞。イオセリアーニの名前は一躍世界に知られることとなる。
79年、活動の拠点をフランス・パリに移し、短編や中編ドキュメンタリーをいくつか制作した後、84年に長編第4作『月の寵児たち』を、89年にはセネガルで撮影した長編第5作『そして光ありき』を発表。これら2作品はヴェネチア国際映画祭審査員大賞を受賞する。96年制作の『群盗、第七章』では、ヴェネチア国際映画祭審査員特別大賞を三度受賞する快挙を遂げる。
06年『ここに幸あり』を、10年『汽車はふたたび故郷へ』を、15年には集大成ともいえるシニカルな人間賛歌『皆さま、ごきげんよう』を発表。
「オタール・イオセリアーニ映画祭 ~ジョージア、そしてパリ~」
2023年2月17日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、シアター・イメージフォーラムにて劇場初公開作品含む全監督作21本一挙公開!
Twitter:@Otar_2023
公開表記
配給:ビターズ・エンド
劇場初公開含む全監督作21本絶賛公開中!
(オフィシャル素材提供)