カンヌ、ベネチアと並ぶ世界3大映画祭のひとつで、今年で74回を迎えるベルリン国際映画祭が2月15日にドイツ・ベルリンで開幕。本映画祭のBerlinale Special(ベルリナーレ・スペシャル)部門に正式招待された映画『箱男』は、原作者・安部公房の生誕100周年にあたる今年、奇しくも27年前に撮影が行われるはずであった“宿命の地”で17日ついにワールドプレミアを迎えた。
この記念すべき待望の世界初披露の場に、主演の永瀬正敏をはじめ浅野忠信、佐藤浩市の豪華俳優陣と石井岳龍監督が集結。公式上映前後のレッドカーペット、Q&Aに登場し会場を大いに盛り上げた。
まずは、メイン会場となるBerlinale Palast(ベルリナーレ・パレスト)のレッドカーペットにそれぞれシックなスーツでキめた4人が颯爽と登場。ときおり立ち止まってファンにサインを書いたり写真撮影したりと交流しながら、世界各国から集まった報道陣の呼びかけにも笑顔で応えた。
その後Zoo Palast(ツォー・パラスト)に移ると、800人ほどの満席の劇場で公式上映が行われた。上映後に会場は映画を観終えたばかりの観客たちの興奮冷めやらぬ熱気に包まれ、同席していた監督キャストらは大きな拍手で讃えられた。
4人はそのままQ&Aに登壇し、まず27年の時を経てこうして改めて新作が製作・上映されるに至った経緯について聞かれると石井監督は「すべてのストーリーを語ると一晩ではとても足りないので手短に(笑)。実際には32年前に企画が動き出し、27年前のドイツ・ハンブルグで日本とドイツの合作映画として撮影される予定で、そのときのメイン・キャストがここにいる永瀬正敏さん、佐藤浩市さんでした。しかし、撮影前日に日本側の製作資金の問題で中止となってしまいました。当時撮影予定だった作品は本作とはかなり違って、もっとスラップスティック・ギャグという感じでした。そのあと何度か立ち上げようとしてきましたが原作者の安部公房さんが亡くなってしまい、原作権が安部さんの娘さんに移られました。その後、もっと原作に近づけてほしいという彼女の意向があったことと、7年間ハリウッドに映画化権が渡っていたこと、またご覧いただいてお分かりになったと思いますが非常にチャレンジングな企画であったため日本映画界ではなかなか実現が難しく時間がかかってしまったという経緯がありました」と説明。その上で、「27年前の出来事は非常に残念ではありましたが、機が熟したというか時代が『箱男』に追いついたという気がしています。いままさに『箱男』の時代がきたと思っていて、私自身は今回の映画化をとても気に入っています」と加え、新作への並々ならぬ自信をのぞかせた。
また、原作も読んでいるという熱心な観客から、メタフィジカルな部分もあり同時に哲学的でもある、とても特異な要素を持つ原作を映画化するにあたって、どういうふうに作り上げようと思ったのかという質問に対しては、「大きくふたつあります。ひとつは、この原作は読者の数だけ違う解釈があると思っています。プラス、読んだ読者自身が箱男になるという仕掛けがある小説だと思っています。なのでそれを映画化するには、これを観た観客が全員箱男になるということをまず念頭に置きました。次に、この原作には謎がいくつかあって、例えば箱男は誰かということ、また原作内で唯一記号ではなく名前が付いている戸山葉子さんという人がどういう人なのかということ、それをこの映画で解明しようと考えていました」と意識していた点を明かした。
続けて主演の永瀬正敏が「皆さん、遅くまでありがとうございます」と挨拶。深夜の上映のため観客の帰りを気遣う言葉で会場を和ませると「僕は27年前からこの作品に携わらせていただいていますが、当時撮影が中止になる瞬間にも立ち会っています。クランクイン前日に、ハンブルグの街にいる箱男の写真を撮りましょうと皆がホテルのロビーに集まっていたときに、監督がプロデューサーに呼ばれていなくなったと思ったら少し経って歩いて行かれるのが見えて、あれどうしたのかな……と思っていたら“この映画を中止にします”と言われたんです」と当時の衝撃的な出来事を振り返り、「そして27年経って一度頓挫した映画がまた完成するというのは世界でも稀にみる企画だなと思っていて、監督の原作に対する思いの強さを感じました。さらにその作品のワールドプレミアを同じドイツでできるというのは何とも言えないストーリーだなと思っています」と偶然か必然か、本作がもたらした奇跡を噛み締めるように想いを語った。
すると、今回新たに出演することになった浅野が「そういう意味では、僕は27年前には参加していなかった俳優ですので、“ニセ医者”の役にはぴったりだったかなと思っています」と差し込み笑わせた。
石井監督から直々に27年前の映画との違いを話してほしいと振られた佐藤浩市は、「明確にお答えをしたいと思うんですが、私も60半ばでして27年前の映画のことはあまり覚えていません」と前置きで笑いを誘いつつ、「ただひとつ言えるのは、先ほど監督もおっしゃっていましたが、この映画の中で名前が出るのは看護師の彼女だけなんですよね。あとは“わたし”だったり“軍医”や“ニセ医者”だったり固有名詞がなく記号であるということ、そして箱男たちが自分たちの手帳、メモ帳に捉われて、それが自分たちのアイデンティティのすべてになってしまう、その描写がより強調されているのが前回のものと本作が大きく違う部分かなと思っています」と自身の見解を述べた。
最後に、石井監督が外山葉子役の白本彩奈が舞台の本番があり残念ながらこの場に登壇できなかったことに触れ、彼女が新人女優であることを説明すると観客から賞賛の拍手が巻き起こった。
こうして、“宿命の地”であるドイツでのワールドプレミアを大盛況で終えた『箱男』は、いよいよ今年日本でも公開となる。本作のさらなる続報に期待してほしい。
登壇者:永瀬正敏、浅野忠信、佐藤浩市、石井岳龍監督
ストーリー
『箱男』――、それは人間が望む最終形態、すべてから完全に解き放たれた存在。ダンボールを頭からすっぽりと被り、都市を徘徊し、覗き窓から一方的に世界を覗き、ひたすら妄想をノートに記述する。カメラマンである“わたし”(永瀬正敏)は、街で偶然目にした箱男に心を奪われ、自らもダンボールをかぶり、のぞき窓を開け、ついにその一歩を踏み出すことに。
しかし、本物の『箱男』になる道は険しく、数々の試練と危険が襲いかかる。“わたし”をつけ狙い『箱男』の存在を乗っ取ろうとするニセ医者(浅野忠信)、すべてを操り『箱男』を完全犯罪に利用しようと企む軍医(佐藤浩市)、“わたし”を誘惑する謎の女・葉子(白本彩奈)……。
果たして“わたし”は本物の『箱男』になれるのか。
(2024年、日本)
キャスト&スタッフ
出演:永瀬正敏、浅野忠信、白本彩奈/佐藤浩市
監督:石井岳龍
脚本:いながききよたか、石井岳龍
原作:安部公房「箱男」(新潮社)
プロデューサー:小西啓介、関 友彦
制作プロダクション:コギトワークス
公開表記
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2024年ロードショー