東京藝術大学大学院映像研究科・プロデュース領域教授である桝井省志氏の最終ゼミとして、映画『瞼の転校生』トークイベントが同校の馬車道校舎で開催され、藤田直哉監督、脚本の金子鈴幸氏、プロデューサーの井前裕士郎氏、大石みちこ氏(脚本家/東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻 脚本領域教授)、桝井省志氏(アルタミラピクチャーズ・プロデューサー/東京藝術大学大学院映像研究科 プロデュース領域教授)が登壇した。
本作は、“若手映像クリエイターの登竜門”であるSKIPシティ国際Dシネマ映画祭20周年と川口市制施行90周年を記念して、埼玉県と川口市が共同製作した長編映画。大衆演劇の世界で生き、公演に合わせて1ヵ月ごとに転校を繰り返す中学生が、川口市を舞台に限られた時間の中で出会う人々と心を通わせながら、少しずつ成長してゆく姿を描いたヒューマン・ドラマとなっている。
トークイベントで、本作が生まれたきっかけについて聞かれると、藤田監督は「脚本を(金子氏に)書いてもらう前に僕がプロットを作ったのですが、周りの人から大衆演劇について聞いて、実際に観に行ったのが最初です。僕は、地下アイドルを10年以上追いかけていたことがあったのですが、その時の(演者との)距離感や色恋的な文脈が近かった。そこから大衆演劇と地下アイドルを絡められないかと考えたのが起点でした」と語る。
そして、それを受けて金子氏は「最初は、ジェンダーの揺らぎを入れつつ、シリアスな性質の作品でした。僕は(藤田監督が)地下アイドルの追っかけをしているのを知っていたので、その記憶が蘇ってきて、その記憶と戦いながら脚本を書いていった気がします」と当時を振り返った。
その後、紆余曲折を経て、現在の形になった本作だが、藤田監督からは物語の最初の主人公は齋藤 潤が演じた建だったという裏話も。桝井氏からの「女形が主人公でもいいんじゃない?」という一言で、松藤史恩が演じる裕貴を主人公にすることを検討しだしたそうで、藤田監督は「建は自分に近いから自然と主人公にしていたけれども、ブラッシュアップする中でひっくり返しましたね。エンタメ的なベクトルを考えると、裕貴を主人公にしたほうが良かったのだと思います」とその経緯にも触れた。
本作で描かれた大衆演劇についてのトークでは、桝井氏は「毎日、2公演で毎日演目が違う。だから、毎日観に来るお客さんもいる。映画はスクリーンに写ったものを観ていただくものですが、大衆演劇はライブで毎日やっている。その世界には独特のものがあるよね。すごいなと思います。しかも、通常の歌舞伎などとは違って、入場料も2000円ですから。2000円で大衆演劇の人たちが一生懸命やっている姿が観られるというのは、若い人にも刺激になると思います」と言及。劇団コンプソンズの主宰として、演劇も手がける金子氏は「僕が普段、下北沢でやっているような小劇場では行き詰まっているところがあるんですが、それをちゃんと生活にしている大衆演劇の人たちを見て、一つの小劇場の究極系がここにあるんじゃないかなと思った」とその思いを吐露した。
主人公の裕貴役をはじめとした主要キャストはオーディションで選ばれたという本作。藤田監督は「100人くらい(オーディションで)会いましたが、主演の松藤くんは、一択でした。イメージがぴったりでした」と話す。金子氏も「入ってきた瞬間にあの子だと思うくらいだった」と格別なオーラを放っていたという。
一方、建役の齋藤について、藤田監督は「彼が『カラオケ行こ!』の出演が決まった後にオーディションをしたのですが、それは知らずに決めました。めちゃめちゃ頭が良くて、受け答えが大人。それが役のスマートさとも合っている。齋藤くんは、一番最後のオーディションの組にいたのですが、もう彼しかいないと。オーディションしたスタッフの意見が一致してました」と明かした。
脚本家でもある大石氏からは「大衆演劇という新しい仕掛けを用いながら、それらに組み敷かれずに青春ストーリーが生まれたのは、脚本の力が素晴らしい」という絶賛も。大衆演劇のシーンの撮影場所には篠原演芸場が使用された本作だが、ステージのみならず、「楽屋などのバックステージで描かれるシーンも面白かった。トラックでやってきて、去っていくという一つの流れが映画になると切ないし、見どころにもなっていたと感じました」と大石氏は感想を述べる。藤田監督は、「(劇団が劇場にやってきて)搬入で荷物を入れて、(公演を終えて荷物を)最後に搬出で出すと、劇場が空っぽになるんです。その感じは独特で、特異的な雰囲気があるのを現場で感じて。それをどうにか写せないかなと思って挑みました」とその意図を明かした。
ただ、篠原演芸場での撮影には苦労もあったようで、井前氏は「篠原演芸場での撮影は2日間しかできなかったのですが、撮影するボリュームがかなりたくさんあったので、(金子氏と)脚本について相談して。バックステージのシーンは、どこかに“楽屋”だけを作ろうかとなり、SKIPシティの会議室に楽屋を作って撮影しました」と工夫を凝らした撮影になったという話も上がった。
トークイベントの最後には、大石氏は改めて「今は、監督が自分で脚本を書いて撮ることが多いですが、せっかくこうやっていいコンビがいて、そしてそれをつなぐプロデューサーがいるので、三人でこれからも楽しいものを撮っていって欲しい」と要望。桝井氏も「この作品で一皮剥けたと思うので、きっとこれからもすごいエンタメができるんじゃないかなという気がします」と太鼓判を押した。井前氏からも「またこの明大チーム、このメンバーでやりたい」という希望も上がった。
藤田監督、脚本の金子氏、そしてプロデューサーの井前氏は、もともと明治大学の映画サークルの同期という間柄だ。金子氏は「ことさら強調するほど、一緒にやってきたみたいな熱い友情もない。ドライな感じがある」と笑いながら明かすが、互いに信頼し、立場を尊重しながら製作に当たってきたことを感じさせるトークイベントとなった。
登壇者:藤田直哉監督、金子鈴幸(脚本)、井前裕士郎(プロデューサー)、大石みちこ(脚本家/東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻 脚本領域教授)、桝井省志(アルタミラピクチャーズ・プロデューサー/東京藝術大学大学院映像研究科 プロデュース領域教授)
公開表記
配給:インタ―フィルム
ユーロスペースほか全国順次公開中
(オフィシャル素材提供)