登壇者:ライムスター宇多丸、宇垣美里、森 直人(映画評論家)
A24製作、ジョナサン・グレイザー監督の最新作。アウシュビッツ収容所の隣で幸せに暮らす家族を描く『関心領域』が5月24日(金)より新宿ピカデリー、TOHOシネマズ シャンテ他にて全国公開となる。
アウシュビッツ収容所の隣で幸せな理想の生活を送る一家の姿を描いた衝撃作として話題を集め、第76回カンヌ国際映画祭グランプリ、第96回アカデミー賞®では国際長編映画賞と音響賞の2部門を受賞した『関心領域』の試写会が5月17日(金)、TBSラジオ「アフター6ジャンクション2」とのコラボレーション企画として開催。上映後には同番組のライムスター宇多丸、宇垣美里、映画評論家の森 直人によるトークショーが行われ、映画の中に散りばめられたさまざまな描写の意図やこの作品の凄さについて語り合った。
宇多丸、宇垣、森は3人とも、トークを通じて何度も強調したのが、本作が約80年前のホロコーストという恐るべき過去を描きつつ、決して“歴史映画”ではなく、徹底して「いま」を生きる「私たち」を描いているという点。
森は「歴史を描く映画は普通、時代色やその時代の質感を映像に出すものだけど、この映画は現代と全く同じクリアなデジタル映像でずっと通していて、あの時代との距離感を徹底して潰している。実際、美術や衣装(の違い)がなければ、いつの時代か分からない作品になっている。(上映前に)宇垣さんが『いまの自分と重なる』とおっしゃっていましたが、まさに“いま”の物語なんです」と語る。
邸宅内のシーンの撮影では、セットのあちこちにカメラが仕込まれ、複数の方向から同時に撮影するというやり方が用いられたが、宇多丸はドキュメンタリーのように“観察”する本作の視点について「徹底して突き放した視点で描かれていて、1回もカメラが人物に寄らないんですね。(登場人物たちの表情で感情を伝える)『オッペンハイマー』とは対照的。『オッペンハイマー』は歴史上の有名な人物の映画ですが、これは特別な人間の映画ではないんです」とほぼ同時代を舞台にした『オッペンハイマー』との違いにも言及する。
宇多丸の言う「特別な人間ではない」……すなわち、どこにでもいるかもしれない人間の代表が、アウシュビッツの所長のルドルフ・フェルディナント・ヘスの妻のヘートヴィヒ(ザンドラ・ヒュラー)である。映画の中で、収容所の隣に建てられた庭付きの邸宅を美しく、住み心地の良い我が家にするべく腐心してきたヘートヴィヒが、夫から転勤の内定を告げられて、怒りを露わにし、夫に命令の撤回や単身赴任を迫るというやり取りが描かれる。
宇多丸は「しかめっ面で感じ悪い役がバツグンにうまい!」とヒュラーを絶賛し、森も「本当にお上手。妻の視点で描くことで、ホーム・ドラマみたいになっている。『せっかく私が理想の家を手に入れたのに転勤? あなた一人で行ってよ』、『だって上司が言うんだからしょうがないだろ』という(笑)、昭和のホーム・ドラマみたいで、典型的な中産階級の図だけど、それがただ“ナチス”というだけ。その恐ろしさが秀逸です。まさに彼女の関心領域が、(映画を観る)我々の関心領域でもある」と指摘。宇多丸も「彼女たちの姿は、1ミリたがわず僕ら。彼女たちを“断罪”するのではなく、『人間、どうしてそうなってしまうのか?』ということを描いている」とうなずく。
ミカ・レヴィによる音と音楽も、この映画の恐ろしさを伝える重要なピースとして機能している。映画の中では間接描写が徹底され、収容所内での虐殺が直接、描かれることはない。森は「ミカ・レヴィのサウンドデザインがすごい。銃声や悲鳴などの現実音を(普通のシーンの中に)混ぜていて、一見、うららかなピクニックの風景の後ろでずっと悲鳴や銃声が聴こえる」と観客の想像をかきたてる音響について言及する。
同様に、炉で何かを燃やすようなゴーっという低い音も映画を通じて聴こえてくるが、宇垣さんは「あの音が、最初は私たち(観客)だけに聴こえる音なのかと思ったくらい、登場人物たちが、あの音に全く反応しないんですね。でも途中から(ある登場人物の様子が)おかしくなったり、気づいていることが分かったりする」とまさに関心領域外のことに無反応な登場人物たちの様子を示す表現の恐ろしさに舌を巻く。
公開表記
配給:ハピネットファントム・スタジオ
5月24日(金) 新宿ピカデリー、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
(オフィシャル素材提供)