登壇者:河合優実、入江 悠監督
「少女の壮絶な人生を綴った新聞記事」をベースに描く、衝撃の人間ドラマ『あんのこと』(6月7日全国公開)。その公開記念として、学生向けトークイベントが5月30日(木)に共立女子大学で実施され、主演の河合優実、入江悠監督が登壇した。
本作は2020年6月に新聞に掲載された「少女の壮絶な人生を綴った記事」に着想を得て描く、実話をもとにした衝撃の人間ドラマ。『ビジランテ』や『ギャングース』の入江 悠監督が、社会の中で「見えない存在」にされてしまった人々を、鎮魂と後悔の思いを込めて、まっすぐに見つめる渾身の一作。主演を務めるのは、ドラマ「不適切にもほどがある!」で話題となり、先日、カンヌ国際映画祭への初参加でも話題の若手俳優・河合優実。本作では底辺から抜け出そうともがく少女・杏という難しい役を見事に演じ切った。
会場には、本作の主人公・杏と同世代の学生がおよそ180人参加。映画を鑑賞したばかりの観客を前にした河合は「舞台挨拶などで登壇する機会は多々あるんですけど、こういうふうに学生の皆さんと直接お話しできる機会というのは本当に貴重なので。ぜひ今日は率直にお話しいただければすごくうれしいです」とあいさつ。続く入江監督は「今日はこうやって皆さんに観ていただけて。感想を伺えるのがとても楽しみです。何でも発言していただいて構わないので、ぜひ感想を聞かせていただければ」と呼びかけた。
河合といえば、第77回カンヌ国際映画祭で監督週間に出品された主演映画『ナミビアの砂漠』が国際映画批評家連盟賞を受賞、というニュースが大きく報じられたばかり。そのことを告げられた河合に対して、学生たちからの祝福の拍手が鳴り響く中、「一週間前くらいに帰ってきました」と明かした河合は、「自分にとっても大きな経験になるなと思いましたし、それこそ上映が終わったあとに観客の皆さんがフランクに声をかけてくれて。あそこはこう思ったということを伝えてくれる方が多かったな、というのが印象的で。それはすごく豊かなことだなと思いました」とカンヌでの上映を振り返った。
そしてここからはあらためて学生たちからの感想、および質問を受けることに。最初の学生は杏たちが住む団地の中にモノが散乱し、足の踏み場もない様子が印象深かったようで、「あの家にあるゴミの配置は監督のこだわりですか?」と質問。それには入江監督も「あれは美術部さんというスタッフがいて。彼らがベースをつくってくれたんです。実は撮影の前に、河合さんと杏の母親役の河井青葉さんとリハーサルをやったんです。その時に、ここらへんの生活の流れでゴミはあるんじゃないかとか、歩いていくための最低限の動線は開けておこうとか。そういうことを相談して。結果的にもう少しゴミを増やしましたね」と明かすと、「僕も皆さんと同じくらいの学生時代はああいう部屋に住んでいました。男の一人暮らしなんてそんなもんです」と冗談めかしながら付け加えた。
続く生徒は、主人公の杏にコロナ禍がもたらしたことについて思いをはせていた様子で、感想を述べると、「杏のお母さんが、杏ちゃんに対して“ママ”と呼んでいたのですが、なぜ“ママ”だったんでしょうか?」と質問を投げかけた。
それには「いい質問ですね」と笑顔を見せた入江監督。河合も「うれしい」と続けると、「あそこは脚本にありました。実際にそういうケースもあると思うんですけど、自分が母親なんだけど、お互いに依存しながら生きているよね、ということを、呼びかたで確認しあっているというか。お母さんはそれを無意識にやって、杏をコントロールして。家から出られなくするような行動をとっているのかなと思っていました」と説明。イベントに共に登壇した共立大学市山教授もそれには「足が悪いおばあさまがいらっしゃるという家庭環境を考えると、きっとお母さまも母親との関係に悩んでいて、早く独り立ちしなきゃと感じていたんだと思います。先ほど3人の女性たちの共同体を共依存とおっしゃっていたんですが、映画ではそういう可視化されていない人間関係を映像で可視化してくださって。それでもどうしてお互いに傷つけあうのか、というところに正解がないというか。誰も悪い人がいないということを直接的に感じさせてくれたシーンでした」と補足した。
さらに入江悠監督の『AI崩壊』や、河合が出演するドラマ「不適切にもほどがある!」のファンだという学生は、「わたしの住んでいる地域は治安があまり良くなくて。コンビニの前とかで、幻覚が見えているんだろうなという人を見かけたことがあります。何も知らないでいると、怖いなとか近寄りたくないなと思ってしまうんですけど、そういう人にもこういう背景や家庭環境があって。こうやって育ったのかなとか考え直すことができて、いい経験になりました」と感想を述べると、「この映画は実話をもとにしたストーリーとありましたが、これはひとりの子をモデルにしたんですか? それとも複数のモデルがいるんですか?」と質問。
それには「結論から言うと、ひとりの人ですね。僕らは(本作のモデルになった)記事を書かれた記者さんに話を聞いて脚本をつくりました」と返答した入江監督。続けて河合も「あるひとつの新聞記事の、特定の女性からつくってはいるんですけど、そういう要素やエピソードは脚本の段階で肉付けされていますし、そういう意味では同じ状況にある人たちの集合体でもあります。そして撮影を進めていく中で、実在した方がいる、ということが自分にとってはとても大きなことで。その方に敬意を払うこと、近づくことを最初はやっていたんですけど、撮影をしていく中で、香川 杏というキャラクターをつくっていくということが重要だなという方向性に、監督を含めて、現場ではそうなったという感じですね」と本作に取り組んだ思いを語った。
そして最後に感想を述べた学生が「全体的に主人公は被害者というか、ずっと傷つけられる側だったにもかかわらず、最後まで人を傷つけることがなかったなというのが印象的でした」と語ると、クライマックスに展開されるエピソードに言及しながらも、杏の生きざまや、選択について思うところをせつせつと語ると、「どのようにしてそのシーンをつくろうと思ったのでしょうか?」と質問。
それに対して「これもものすごく難しいですね」と語った入江監督は、「これはすごく乱暴な議論になるかもしれないですが、相手を傷つけることは否定できないと思うんです。今のお話でいうと、(本編の中盤あたりで)母のもとから逃げるということは母親を傷つけることになるけど、杏の生命や健康のためには必要なことだったのではないかと思います。そういう意味でいうと、杏というのは真面目な子だったのかなと。真面目であるがゆえに、いろいろな責任を押しつけられて、それによってどんどん押しつぶされるような側面があったのではないかと思っています」とコメント。
そして河合も「今、お話しいただいたことがとてもすてきだなと思って。杏が人を傷つける側にまわらなかったということは、入江監督ともお話したことでもあるんですけど。実際に自分が受けてきた暴力が、家庭内で連鎖していくという傾向はあると思うんです」と切り出しつつも、クライマックスで杏がとった、とある選択に言及しながら「それは本当に映画として希望があるなと思っていて。わたしは良かったなと思っていたので。感想をいただけてうれしかったです」と学生に呼びかけた。
それを踏まえて、その学生に「どうやったら杏ちゃんは救われる?」と質問を投げかけるひと幕も。学生は、「あの状況では何が正しいのか。本当に難しいですね……」と語りつつも、「それでも最後の砦というか、福祉というか、国の制度というか、もう少しハードルを下げて、話ができるような場所があったら、少しは救われる人もいるんじゃないかと思いました」と思うところを語った。
そしてこのタイミングで、イベント時間も終了。思わず河合も「あっという間でしたね。もっと聞きたかった」とポツリと語りつつも、「部屋に入って来た時に、映画を真剣に観てくださった方たちの空気が伝わってきて、本当に良かったなと思いました。もっとこういう機会があったらいいなと思いました」とコメント。入江監督も「本当に感謝しています。もうすぐ公開となりますが、映画を観て、素直に感じたことを、現実の社会でも、近い人とか、家族とか、友だちなどと話すことは有意義だと思うので。ぜひ感じたことをまわりに伝えて話し合ってもらえたら、映画をつくって良かったなと思います」と学生たちに呼びかけた。
映画『あんのこと』は6月7日(金)より新宿武蔵野館、丸の内TOEI、池袋シネマ・ロサほか全国公開。
公開表記
配給:キノフィルムズ
6月7日(金) 新宿武蔵野館、丸の内TOEI、池袋シネマ・ロサほか全国公開
(オフィシャル素材提供)