登壇者:児玉美月(映画文筆家)、清田隆之(桃山商事)
母を亡くし、一人で生きる12歳の少女のもとに音信不通だった父親が突如現れたことから始まるぎこちなくて愛おしい共同生活を描いた映画『SCRAPPER/スクラッパー』が、7月5日(金)より新宿武蔵野館ほかにて全国公開する。
本作は、カラフルなビジュアルセンスと優しくもエモーショナルな親子のドラマが評判を呼び、サンダンス映画祭2023ワールドシネマドラマ部門にて審査員大賞を受賞、英国アカデミー賞2024では『関心領域』『哀れなるものたち』『ナポレオン』と共に英国作品賞にノミネートを果たし、米アカデミー賞®の前哨戦の一つであるナショナル・ボード・オブ・レビューではインディペンデント映画トップ10に選出された。
手掛けたのは、マイケル・ファスベンダーの制作会社DMCフィルムズに才能を見出され、本作が長編デビューとなる1994年生まれの新鋭シャーロット・リーガン。10代の頃からMVの監督を務め、これまでに200本以上を手掛けてきた若き逸材だ。主演のジョージー役に、リーガン監督が白羽の矢を立て抜てきしたローラ・キャンベル。本作でスクリーン・デビューを果たし、たくましさと可憐さが共存した絶妙な演技で多くの映画人の心を奪い、英国インディペンデント映画賞ほか複数の俳優賞にノミネートされた。さらに、一人娘ジョージーと親子関係を構築しようとする不器用な父親ジェイソンに扮するのは、『逆転のトライアングル』『アイアンクロー』など話題作への出演が立て続くハリス・ディキンソン。次世代の英国俳優として期待を寄せられている彼が新境地をひらいている。
『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』を彷彿とさせるポップな色遣い×社会福祉の脆弱性を見つめたテーマ性、『aftersun/アフターサン』『カモン カモン』にも通じる、どこか機能不全な“親子”の交流と成長を通して、どこかで欠けているけど、ぎこちなくて愛おしいふたりの姿を映し出す、オリジナリティあふれる感動作が誕生した!
6月12日(水)、トークイベント付き一般試写会が開催された!
映画を観終わったばかりの観客の温かい拍手に包まれて、映画文筆家でpodcast番組『A Talk for ××』ではMCを務める児玉美月、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表で、「恋愛とジェンダー」をテーマにコラムやラジオなどで発信する清田隆之が登壇。児玉は本作について「実は、私は子どもを描いた映画があまり得意ではなかったんです。学生の時に名作というものを片っ端から観なければならないという洗礼を受け、ジャック・ドワイヨンの『ポネット』を観たのですが、何度観ても寝てしまうんですよね(笑)。その印象が強くて、今まで子どもを描いた映画は距離があったのですが、近年、『ミツバチと私』『コット、はじまりの夏』『システム・クラッシャー』など子どもを描いた傑作が次々と公開されていて、子どもはまだそこまで高度な言語能力を身に付けられているわけではなかったりするので、その分映像表現で心象風景が描かれていたり、すごく豊かであるということに気づきました。今挙げた映画はほとんどが女性監督の作品ですが、本作も1994年生まれのシャーロット・リーガンという若手の女性監督が手掛けていて、また新たな才能に出合えたなという気持ちになりました」とその魅力について語る。
自身も双子の父親として日々奮闘している清田は、「ジェイソンやアリといった男性像の描かれ方が面白かったです。また、母親が亡くなってしまい父として急に現れるという、父親が不在という状態の問題に興味があって、この映画もその視点で観ていました。若くして父親になり、現実から逃げてしまった、成熟していない幼児性のある父親という問題にも興味が湧きましたし、ジョージーが同級生に暴力を振るってしまったとき、それが加害、被害という問題にならない描かれ方が興味深かったです」と振り返った。
イギリスのワーキング・クラスを題材とした映画は暗い結末の作品が多かったりするが、本作はポップでハッピーに描かれている。その作家性について児玉は「『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』のようなカラフルさが導入されていたり、イギリスのソーシャル・クラスを描いた映画と言えばケン・ローチが筆頭に挙げられると思いますが、暗くて、深刻な社会的ドラマになりがちなところを、ゲーム画面が挿入されたり、名前が付けられたクモが突然話し始めたり、監督が“魔法を信じている子どもならではの視点を入れたかった”とおっしゃっていた通り、大変ポップに描かれていました」と述べた。
劇中で、ジョージーは日々感じる悲しみを自分の中で解決しようと奮闘しているが、実際に4歳半の子どもを育てる清田も、子どもが悲しみという感情に向き合うシーンに直面するという。「彼らは、自分の感情に対してまだまだ解像度が低い気がするんです。悲しいのか、悔しいのか、よく分からないけど泣いちゃうみたいな。だんだん言葉が豊かになってきていますが、自分が感じていることを言語化することも難しいし、それを表現する言葉も持たないので、いろいろなことを繊細に感じていても、自己理解して他者に伝えるというアウトプットが出来ないので、すごくストレスが溜まるだろうなと見ていて感じます。親から見て“今、悲しいんだね”と感情をこちらが決めてしまうのもよくないので、“今あなたはどういう状態なのか”ということに関してコミュニケーションを取りながら掬い上げている日々なのですが、ジョージーを見ていると“この子はお母さんといっぱいしゃべってきたんだな”ということをすごく感じました。ジョージーの生活は、ソーシャル・ワーカーとの関係や、家賃を払うために自転車を盗んで転売したり、綱渡りの生活の中でギリギリサバイブしていることがすごいなと思う一方で、大人びた性格にならざるを得ない、子どもが子どものままでいられない状態だと思うんです。母親とたくさんしゃべってきて、すごく豊かな感情表現を持っているし、自分のことを俯瞰して見る視点もある。その上で、母親を亡くして4~5ヵ月あの暮らしをしている中で身につけざるをえなかったものもあって、“ジョージーってすごいね”と一言で言えない複雑さも感じました。一方で、“遊ぶ”という要素も大事なポイントかなと感じました。一緒に踊ったり、宝物探しをしたり。二人で一緒に遊べるということが救いというか。ジョージーとしては一緒に遊べる関係というのが、父親との関係を構築していく上で大事な要素だったのかなと感じました」と自身の子育ての日々を振り返りつつ、逞しくならざるを得ない環境がジョージーに与えた影響を語った。
12年ぶりに娘の元に突然現れた父親ジェイソンを演じたのは、『逆転のトライアングル』『アイアンクロー』など話題作への出演が立て続くハリス・ディキンソン。無責任ながらもどうしても憎めないジェイソンという役柄に、清田は「“守ってくれる人のいない少女”という設定で見てしまうと、どうしても“暴力に巻き込まれてしまうのではないだろうか”という発想をしてしまうけれど、暴力の香りを巧妙に薄めていて、安心して観られました。ジェイソンが怖い人間だったら、加害者と被害者として見てしまうけど、ジェイソンのダメさ加減や存在感が絶妙に描かれていました」とジェイソンのキャラクターについて振り返る。
ジョージーが同級生の少女をあることがきっかけで衝突してしまうシーンについて、清田は「<SCRAPPER>=闘う人、というタイトル通り、ジョージーは闘ってサバイブしていかなければならない状況に生きているわけで、その中で瞬間的に発露してしまったんじゃないでしょうか。その後のジェイソンの“あとは俺にまかせろ”というニュアンスの言葉! 今までジョージーにとってこの言葉をかけてくれる存在はいなくて、一番ジョージーが求めていた言葉だったと思う。ジョージーの責任を引き取ってくれる存在がいて心から良かったと思いました!」と胸を熱くさせていた。
さらに児玉は、「劇中でジョージーが補聴器をしていて、これはローラ・キャンベルの補聴器をそのまま使って撮影したそうですが、ジョージーが補聴器が原因でいじめられるだとか、補聴器をエピソードに利用しないという部分がすごく重要だと思いました。補聴器を自然な描写に留めていて、無言のままに“いろんな子どもたちがいるんだ”ということを伝えている部分がこの映画の良いところの一つですよね」と新たな視点での本作の良さについて言及した。
改めて、清田は「この先のこの二人はどうなるんだろうと想像したとき、今回ジョージーがジェイソンとの関係を構築していく中でやっと子どもになることができたとするならば、この先に改めて、今まで一人のときは視界の外に放り投げていた傷や感情を出せる場所ができるかもしれないと思いました。ジェイソンはそれを受け止めたり、ぶつけられたりするフェーズも必ず来ると思うんです。そのときにやっとこれから二人の関係は始まる。ジェイソンもかつては未熟で受け止めることができなかったけど、それを受け止めて、父親としてダメなところも見せつつ、親子、友達、相棒……いろいろな側面で関係を構築していくのかなと、想像をさせてくれました。皆さんの中でも親と子の関係を考えさせられる、とても良い作品だなと思っています」と振り返り、温かい空気でトークイベントは終了した。
公開表記
配給:ブロードメディア
7月5日(金) 新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷&有楽町ほか全国公開
(オフィシャル素材提供)