イベント・舞台挨拶

『メイ・ディセンバー ゆれる真実』トークイベント

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 登壇者:深田晃司(映画監督)
 進行:立田敦子(映画ジャーナリスト)

 『キャロル』のトッド・ヘインズ最新作で、ナタリー・ポートマン、ジュリアン・ムーアが豪華共演を果たし、昨年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品、プレミア上映され話題をさらった『メイ・ディセンバー ゆれる真実』が7月12日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開となる。

 本作は、全米にかつてない程の衝撃を与えた、90年代に実際に起きた13歳少年と36歳女性のスキャンダル(“メイ・ディセンバー事件”)の真相を、さまざまな角度から見つめる心理ドラマで、唯一無二のセンセーショナルな脚本が一躍脚光を浴び、海外の有力媒体で2023年ベスト映画として選出、第34回インディペンデント・スピリット賞ほか多数の賞レースで脚本賞を受賞、さらに本年度アカデミー賞®で脚本賞にもノミネートされる快挙を果たした。『エデンより彼方に』『キャロル』など甘美な世界観と複雑に交錯する人間模様を映し出し多くの映画ファンを虜にしてきたトッド・ヘインズが、ナタリー・ポートマンとジュリアン・ムーアという豪華オスカー女優を迎え、過去と現在、真実と憶測が混ざり合う心理戦を描き出す。グレイシーとジョー、ふたりの関係は犯罪だったのか、純愛だったのか、はたまた他に真実があったのか……。

 本作は『キャロル』トッド・ヘインズ監督の最新作であり、昨年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門でプレミア上映され、第81回ゴールデングローブ賞では4部門にノミネート、第96回アカデミー賞®では脚本賞にもノミネートされるなど、大変大きな反響を呼んだ作品。この度、本作の試写会が実施され、上映後トークイベントに映画監督の深田晃司監督が登壇。作り手の立場からこの作品をどう観たのか話を聞いた。

 まず映画を観た感想として、「“表現することとは何なのか”ということを描いており作り手として切実な問いかけをされた映画だと感じました」と述べる。
 「私自身、学校で教える立場でもあり、学生へ伝えるのは、“表現はフィードバックである”ということです。つまり人の心は見えないし、逆に自分の心も人には見えないので、“私にはこのように見えている”ということを他者にも見えるような形で伝えてフィードバックすることが表現であるということを伝えています。また表現のもう一つの功労は、表現をしようとするその過程です。たとえば、絵筆を握って花瓶に刺さった花を描こうとした瞬間、それまで全く見過ごしていた花瓶の細部を観察することによって世界の解像度が深まっていきます。それと同様に、映画監督は映画作るため、脚本を書くために取材をするし、俳優は役作りのために取材をします」。

 本作では、ナタリー・ポートマン演じる女優のエリザベスが、“メイ・ディセンバー事件”の映画化をきっかけに、その役を演じるために事件の当事者であるジュリアン・ムーア演じるグレイシーを取材していき、グレイシーのことを知ろうとする過程が描かれる。本作は女優という職業について掘り下げた作品としても興味深いが、深田監督は「何かこの作品に妙な迫真性のようなものが帯びていると感じるのは、ナタリー・ポートマンだからということがあると思っています」と語る。
 「ナタリー・ポートマンは10代の頃に『レオン』で殺し屋と心を通わせていく孤独な少女を演じていますが実はナタリー・ポートマン自身、後々に『レオン』を振り返って、一部批判的な意見を持っていたりもします。『メイ・ディセンバー ゆれる真実』では13歳少年が歳の離れた異性と性的関係を持って本人たちは恋愛だと言っていますが、それはまさにレオンとマチルダの関係とも近いのではと考えます。『レオン』が性的な意味で問題を含む映画であると話すナタリー・ポートマンが、本作で加害者ともいえるグレイシーを単純に告発するわけではなく、まさに知ろうとしていく過程の中で、どう役を演じていくかというエリザベスの葛藤を感じました。映画の中の人物とナタリー・ポートマンの人生がどこかで重なって見えてくるところがこの映画をスリリングにしているし、ナタリー・ポートマン自身がプロデューサーでもあるというところが、この作品にとって非常に迫真性を増している部分でもあると思います」。

 映画ジャーナリスト・立田敦子は、本作は過去に起きた“事件”を映画化するにあたり、女優という部外者が今は平穏に暮らしている当事者のもとを訪れるというフィクションであるということを強調。「この作品はサミー・バーチが書いた脚本をナタリー・ポートマンが気に入り、トッド・ヘインズ監督にお願いしたということが大きなポイントです。本作は#MeTooムーブメント以降、大事な立ち位置の作品でもあると思います。例えば『レオン』に関して言えば、ある種のグルーミングだったのではないかということを今の価値観であれば認識できることも、公開されたときには誰も何も言わなかったわけですから、今価値観の変化が起きています。そしてこれが、グレイシーの夫・ジョー(チャールズ・メルトン)の心情の変化にも反映されていると考えます。ジョーが13歳のときには、その歳の感覚で物事を考えていたとしても、大人になって23年前のことを振り返ったときに、あれは何だったのだろうかと振り返させられる。この作品は、エリザベスとグレイシーふたりの女性の物語でありますが、かつて被害者であった第3の主人公であるジョーの存在というのもすごく重要です」とこの作品におけるジョーの役割としての重要性を指摘する。
 深田監督も「実際の事件にインスパイアされた作品をどう描くかは非常に難しく、当事者を主人公にして描くとしても、基本原則としては、人の心は見えないし、“自分自身はこう思っている”という自己申告は一定の真実はあるのかもしれないけれど、それは真実とは限らないと思っています。だから、第3者が見ているということがすごく重要です。他者からどう見られているかということ。それは想像力に働きかけるひとつのきっかけに過ぎません。本作の脚本は、そういうことを非常に複雑に見せてくれています」と緻密に練られた脚本を称賛。

 また立田は、「この物語自体はフィクションなのですが、事件から20年以上経って、自分たちの子どもが高校を卒業して大人になるタイミングの設定が本作において重要だと思います。つまり、これからグレイシーとジョーは向かい合わなければいけない。そこで「自分たちの関係はどういうものだったのか」と、自分たちの過去を振り返る。グレイシーとジョーの暮らしは幸せそうなシーンから始まるわけですが、エリザベスがいろいろな人の話を聞いていく中で明らかになってくるのは、二人はこれまで20年以上もの間、心が傷つかないように殻に閉じこもって生きてきたということ。それが子どもたちが巣立っていくことで、自分たちの殻を破らなければいけないというその時期に、エリザベスという部外者が土足で踏み込むような形でやってきて、二人の関係性がゆらぎ始めるという構成が本当に素晴らしい脚本でした」。

 最後に深田監督より、「複雑なシチュエーションと構造ではありますが、フィクショナルに、ところどころ分かりやすく明快に観客が想像するためのフックが散りばめられています。複雑さと分かりやすさを行き来することでスキャンダルとくくられがちなものを、スキャンダルとして描かないよう演出されたと思います。観ているほうも倫理観や価値観をものすごく揺さぶられます。むしろこの作品を鏡としてみることで、観る人の倫理観、価値観が問われるかもしれません。観終わった後にいろいろ話せる映画で、賛否があってもいいと思います」と総評した。

公開表記

 配給:ハピネットファントム・スタジオ
 2024年7月12日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開

(オフィシャル素材提供)

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