イベント・舞台挨拶

『墓泥棒と失われた女神』初日トークイベント

©2023 tempesta srl, Ad Vitam Production, Amka Films Productions, Arte France Cinéma

 登壇者:岨手由貴子監督、月永理絵

 マーティン・スコセッシ、ポン・ジュノ、グレタ・ガーウィグらが惚れ込んだ才能、アリーチェ・ロルヴァケル監督(『幸福なラザロ』)最新作『墓泥棒と失われた女神』が7月19日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開中。
 この度、公開初日のイベントとして『あのこは貴族』の岨手由貴子監督が登壇、トークイベントが実施された。

 アリーチェ・ロルヴァケル監督は『夏をゆく人々』で第67回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞、『幸福なラザロ』で第71回カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞。世界中の映画人が高く評価し、その才能に惚れこんでいる。そしてグレタ・ガーウィグやソフィア・コッポラなど同時代の女性監督たちもロルヴァケル監督のファンを公言しているが、岨手由貴子監督も前作『幸福なラザロ』が「その年のベストワンだった」と語るほどに感銘を受けたという。このたびの最新作『墓泥棒と失われた女神』については、「これまでとまたテイストがちがいますよね。正直びっくりしました。『幸福なラザロ』はもう少しシリアス。『墓泥棒と失われた女神』 は、賑やかで楽しい。こんなにも多幸感があることに驚いた。すごく似ている部分もあって、搾取される構造など現代的なテーマも描きながら、イデオロギーでは終わらない。それを訴えるだけの作品ではなく、あくまでも寓話的な作風のなかで描かれていることが、さすがロルヴァケル作品だなと思って、非常に面白かったです」と感想を述べ、「私が一番惹かれたのは、祝祭性のある喧騒の後にふっと訪れる静けさ。さみしさとか、心地よさ。いろんな感情がないまぜになったような鑑賞後の気分がすごく心地よかった」と語った。

 ロルヴァケル監督のこれまでの2作品も『墓泥棒~』も監督が生まれ育ったイタリア・トスカーナ地方が舞台。あるコミュニティの中で暮らしている人々の不思議なつながりを描く。本作では墓泥棒たちは遺跡を掘り返し、地中に眠る過去を掘り起こしていく。過去をどのように扱うかということと、その土地がどういう土地であるのかということは、ロルヴァケル作品のなかで通底するテーマだが、「過去をどう扱うか」というテーマについて問われた岨手監督は、「死や生への価値観とつながっていると思う。過ぎ去ったものがその先を支える、ということは日常生活のなかでは国民性を問わず多くのひとが持っているもので、感覚的なもの。でもロジカルに考えると、過ぎ去ったものと、これから来るものはそれぞれ別のものとして捉えられがちだが、この作品のなかでは、過去と未来は分けられていない。劇中で登場するアーサーが惹かれるふたりの女性ベニアミーナとイタリアも、単純に考えると映画のなかの二人の女性は二項対立で、全く違うタイプの女性に描かれがちだけど、そうではない。違う魅力を持っているし、全く違うキャラクターではあるけど、かけ離れた存在ではない。会えなくなった恋人のベニアミーナは亡くなっている設定なのに産毛をも感じさせる、体温が感じられるような登場の仕方をしている。どちらかが死んでいてどちらかが生きているというような単純な描き方はされていない。ロルヴァケル監督の作風の一つだと思います」と指摘した。
 主演のジョシュ・オコナーはイギリス出身。フランシス・リー監督の『ゴッズ・オウン・カントリー』や現在公開中のルカ・グァダニーノ監督『チャレンジャーズ』、TVシリーズの『ザ・クラウン』でも話題の旬な俳優だ。ジョシュ・オコナーがもともとロルヴァケル監督の『幸福なラザロ』の熱烈なファンで「イタリア語の下手なイギリス人役が必要であれば言ってください」と熱烈な手紙を書いて、この役に起用された。岨手監督は「ジョシュ・オコナーの演じるアーサーは少し醒めているというか、皆といっしょに騒ぐタイプではない。能動的ではないけど、でもイタリアという女性と出会い、親しくなって感情が動いていくところはとても雄弁。起こっていることに関してのリアクションの演じ方、感情表現の幅の広さがすごい。アーサーは多くを語らないけど、彼がどういうことを感じていて、なにを諦めているかとかが伝わってくる」と語った。また、「二人の女性に同時に惹かれているという芝居は難しいですよね。それをある意味、観客に嫌われない人物として成立させている。それってなかなか難しいと思いますし、演出している監督もすごいなと思いました」と作り手として賞賛した。
 また、登場する女性たちを類型的ではなく、生き生きと描いているところも魅力的だと語る。「女性を描くというと、失礼がないようにと、よき存在として描きがち。この映画では、ちゃんと皆がちょっとずつずるい。お互いに利用しあっている。ユーモラスだし、生命力にあふれていて、たくましい」。さらに、とくに印象に残ったシーンとして主人公のアーサーが髪を切るシーンを挙げた。「映画のなかで主人公の行動や見た目が一貫していないと、一貫していないね、ということを指摘されたりするけど、でも、なにをもって一貫しているというのか。ロルヴァケル作品では、人間が人間をやってるなあというか、人間らしさの幅を豊かに広くもっている監督。あのシーンがものすごく自然に受け入れられるのは、そこに至るまでの描き方も豊かだったということ、それに気づかされました」と語った。

 アーサーとかつての恋人のベニアミーナの関係は、ギリシャ神話のオルフェウスとエウリュディケの物語が下敷きになっていると監督は明かしている。亡くなった自分の妻を探して冥界に下ったが、地上に着くまでは決して後ろを振り返ってはいけない、という約束に反して、地上に戻る途中で後ろの妻のほうを振り返ってしまうという伝説の恋人たちにオマージュを捧げている。それだけだと悲劇のように感じる観客もいるかもしれないが、岨手監督自身は、ロマンティックなハッピーエンドの物語として受け取ったという。「劇中、一連の墓泥棒騒動があるなかで、アーサーだけはある種の聖域のようなところにいて、起きている出来事とは距離をとって、ずっとかつての恋人であるベニアミーナといっしょに過ごしている印象がある。繭のなかにずっといるような。いろんな受け取り方のあるラストだと思いますが、私にとっては、穏やかで、やっと二人だけの世界になれたんだと思った」と解釈を語った。

公開表記

 配給:ビターズ・エンド
 Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開中!

(オフィシャル素材提供)

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