イベント・舞台挨拶

『ボレロ 永遠の旋律』トークショー

© 2023 CINÉ-@ – CINÉFRANCE STUDIOS – F COMME FILM – SND – FRANCE 2 CINÉMA – ARTÉMIS PRODUCTIONS

 登壇者:上野水香(バレエ・ダンサー)

 パリ・オペラ座で初演されて以来100年近く、時代と国境を越えて愛され続けている不朽の名曲「ボレロ」の誕生秘話を描いた『ボレロ 永遠の旋律』が8月9日(金)TOHOシネマズ シャンテほかにて公開された。
 音楽史上において最も成功したベスト&ロングセラー曲である「ボレロ」は、驚くべきことに、それを生み出した作曲家モーリス・ラヴェル本人が最も憎んでいた曲だったのだ──。本作は、天才作曲家の魂を奪った魔の名曲が誕生するまでとともに、痛みに満ちたその人生も描き出す。
 監督は『ドライ・クリーニング』でヴェネチア国際映画祭の金オゼッラ賞に輝き、『ココ・アヴァン・シャネル』や『夜明けの祈り』でセザール賞にノミネートされたフランスを代表する実力派アンヌ・フォンテーヌ。主人公ラヴェルを演じるのは、『黒いスーツを着た男』(12)などのラファエル・ペルソナ。心身ともに繊細なラヴェルがその才能と人生を振り絞って音楽を生み出す姿を、青い炎のごとく表現した。

 映画の公開を記念して8/11(日)にTOHOシネマズ シャンテにて、モーリス・ベジャール版「ボレロ」の魂を受け継ぐダンサーである東京バレエ団ゲスト・プリンシパルの上野水香氏によるトークショー付き上映が行われた。
 かつて自身もダンサーであった本作のフォンテーヌ監督がかつてその振付に強く魅了されたという、20世紀を代表する振付家 故モーリス・ベジャールから「ボレロ」を踊ることを日本人女性ダンサーとして初めて許され、ベジャール氏から直接「ボレロ」の指導を受けた最後の日本人ダンサーでもあるのが、東京バレエ団ゲスト・プリンシパルの上野水香氏。2004年、東京バレエ団にプリンシパルとして入団した上野氏は、以来、20年以上に渡って日本のバレエ界をトップ・ランナーとして牽引し、世界中のダンサー、振付家から共演を熱望されているが、代表作は「ボレロ」なのだ。
 映画の感想のみならず、バレエ「ボレロ」との出合いや自身がそれを踊ることについて、「ボレロ」とともにこれまで積み重ねてきたダンサーとしてのキャリアなどたっぷり語った。

 映画上映後、満席の観客が見守る中ステージに登壇した上野は、本作を鑑賞した感想を「フランス映画特有の含みを持った感情表現の魅力をすごく感じました。わたしは20年間、モーリス・ベジャール振り付けの『ボレロ』を踊らせていただいているのですが、この曲を作曲したモーリス・ラヴェルさんがどのような思いで、どのような背景でこの音楽をつくったのかということはまったく知らなかったので、それをはじめて知ることができた。『ボレロ』を踊る者としては、さらにこの音楽に対する解釈を深めるきっかけとなりました」と語る。

 映画では、ラヴェルが機械音や自然の音などさまざまな音からインスピレーションを得て「ボレロ」を生み出す様子が描かれる。踊る上でラヴェルのように外部からインスピレーションを受けることはあるのかという質問に、上野氏は「映画ですごく印象に残っているのは、家政婦のルヴロが好きでラヴェルと一緒に歌った流行歌の『バレンシア』からインスピレーションを受けて『ボレロ』が仕上がっていくシーンです。そこから影響を受けているというエピソードは、なるほど!と感じましたね」と明かし、続けて、「『ボレロ』は、外見的なものや分かりやすさ以前に、その人物そのものが映し出されるようなシンプルな作品なんです。だから、歩んできた人生や、嬉しかったこと、楽しかったこと、悲しかったこと、悔しかったこと……そんないろんなことを同時に思い出しながら踊っている感覚なんです。だから、人生そのものが私の『ボレロ』のインスピレーションになっているんです」と、バレエ「ボレロ」に対する心境を語る。
 ラヴェルは、まわりの女性たちに影響を受けてきたことが描かれている。そんな彼の生きざまについて「自分が生み出す芸術だけに身をささげて捧げていて。自分の楽しみとか、芸術以外の余白の部分をすべて取り去って芸術に生きたという意味では、極端な方だとは思いましたが、それだからこそ、一種呪術的な音楽が生み出されたのかなと思います。あの音楽って、踊っているほうもそうですが、聞いているほうにもはまり込ませるような力があって。それは彼自身の生き方に対するはまり込み具合がそのまま反映されているようなイメージがあります」と感じたという。

 そんな“音楽と同化する”ような感覚は、『ボレロ』を踊る時にも感じられるという。「ベジャールさん振り付けの『ボレロ』というのは、あの音楽を視覚化させるのであれば、一番理想的な形なんじゃないかというくらいに、音楽表現として優れた演出と振り付けです。まず楽器が少ないところから始まるんですが、そこでは手にのみスポットが当たって。小さいところから始まるんですが、次第に全身が浮かび上がっていき、ひとりで踊り始め、だんだんと楽器も増えてくるとリズム隊も増えていく。それはまさに音楽そのものを視覚化しているので、わたしたちも踊りながら、自分が音楽そのものになっている感覚があります」と説明。その“呪術的”という感覚は、「わたしは日本人として『ボレロ』を踊っている時に、よく卑弥呼やアメノウズメなどに例えられたりするんですが、真ん中で踊ると、まるで皆さんに祀られている神のような、そういうイメージに見えたりする。それが祝祭的というか、呪術的というか。同じメロディーがクレッシェンドしていく空間は、観ているほうも含め一体化していくような、まるで宗教のお祭りみたいな雰囲気もあるんです。そういった爆発的なエネルギーを持った作品だと思うので、その後のラヴェルの人生を見た時に、『ボレロ』の後になかなか作品を作れなくなったというのが納得できるくらいのエネルギーを持った音楽だと思います」と、「ボレロ」の特徴を説明する。

 続けて、それゆえ踊っている最中も「ある意味トランス状態のような、自分を見失った感じになるんですが、自分の中にある魂を差し出すような感覚で。最後は手を差し出すんですが、それはわたしの中にあるものすべてのものをお客さまに投げ出すような感覚なんです。本当に燃え尽きたような、終わったら戻ってこれないような感覚になる。カーテンコール前はわたしがすべてを差し出すので、すべてなくなって。ポヤンとしているんですけど、お客さまが踊りに対してたくさん拍手をくださったり、興奮してくださっているのが伝わってくると、そのエネルギーがわたしの中に入ってきて。少しずつ息を吹き返すというか、皆さんからいただくエネルギーが莫大なので、たくさんのエネルギーを交換し合っているような感覚になります」と、ボレロを踊っている時の感覚を詳しく語ってくれた。

 くしくも8月31日、9月1日には、東京・渋谷のNHKホールにて[東京バレエ団 60周年祝祭ガラ<ダイヤモンド・セレブレーション>]が開催され、上野は「ボレロ」に主演予定だ。「ちょうどこの映画を観たタイミングで、幸運にも踊る機会をいただけて。今回は、他の演目はいっさいナシで、『ボレロ』だけに集中して踊ることになるので、この映画を観て知ることができた、音楽がつくられた背景、この音楽を生み出した方の思いなど、そういうものに思いをはせながら『ボレロ』を踊りたいと思います」と意気込みを語る。

 そんな彼女が「ボレロ」に出合ったのは小学生の頃。当時のパリ・オペラ座バレエ団のエトワールで、芸術監督も務めていたパトリック・デュポンが踊る映像をビデオで観たことがきっかけだった。「これすごく面白い!と思ったんです。その時はそれで終わりだったんですけど、その後大人になってから、東京バレエ団の上演で、高岸直樹さんと首藤康之さんが踊っている『ボレロ』を食い入るように観て、これは本当にすごいと思って。なぜか自分も踊りたいと思ったんです」と振り返った上野。当時、写真を通じてシルヴィ・ギエム、つまり女性が踊っていることも知っていたという。そこで「あらためてパトリック・デュポンのビデオをめちゃくちゃ見て振りを覚えて。その『ボレロ』を見た時に、わたしだけに表現できることがありそうだと勝手に思い込んで、家で何度も何度も踊って。あそこが足りないとか思いながら、踊り終わったあとは抜け殻のようになって。これは絶対に世に出すべきだとひとりで思っていました(笑)」と述懐。
 当時はYouTubeもなかったため、「パトリック・デュポンさんのビデオを一生懸命見たり、シルヴィ・ギエムさんが来日した時のインタビューの時に『ボレロ』の映像が流れたんですが、それがニュース番組ごとに映る場面が違うので、録画をしてその映像を貼り合わせて……。今から思うとなんていじらしい(笑)」と笑いながら当時を振り返った。

 それゆえ、後にその「ボレロ」を踊ることになり、「夢がかないました」という上野。「東京バレエ団に入団した段階で、ベジャール作品に興味があったので。いずれできればいいけど難しいだろうなと思っていたんですが、入団した2日目には団長の佐々木忠次さんからシルヴィ・ギエムのビデオを渡されて。『ボレロ』を覚えてこいと言われて。でも(心の中で)実は振りはもう分かっているけどね、と思ってはいたんですが(笑)。その後、ベジャールさんにビデオを見てもらって。許可をいただけて、踊ることができました。夢ってかなうんだなと思いました」といい、「ビデオを見たベジャールさんはぜひ教えたいとおっしゃっていただいたと聞きました。それでベジャールさんが来日されたタイミングが、ちょうどわたしたちも海外ツアーの合間で帰国していたタイミングと合ったので、見てもらうことができました」とその経緯を説明。

 だがその後、「ボレロ」を20年間踊っていく中で、「ボレロ」を踊ることに抵抗する期間もあったという。「嬉しいところから怖い、いやだと変化した時期もありました。若い時には、絶対にわたしだけに見せられるものがあるという自信があったのに、あの自信はどこに行ったんだろう……と思うくらいに踊ることが怖くなりました。やはりすごい人がたくさん踊ってきたものなので、難しいと感じてた。けっこう長い間、悩んでいました」と正直な思いを吐露する上野だが、「でも踊りを積み重ねていくうちに、自分が音楽になっていくうちに、自分の身体の中に入っていくんです。そうなる時に、最初に思っていた“自分だけが出せるもの”や、ベジャールさんから教わった作品の精神などがだんだん表現可能になってきた。だから人生を歩んでいくことと、踊りのキャリアを重ねていくことで初めて成長できて、その人だけの世界が生まれてくるんだというのが、この20年で感じたことでした」としみじみと語った。

公開表記

 配給:ギャガ
 TOHOシネマズ シャンテ で大ヒット公開中!

(オフィシャル素材提供)

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