「一生の出会いを」アニメーションを通じ平和文化への願い
米国アカデミー賞®公認、“世界4大映画祭”の後を継ぐ2年に1度のアニメーション芸術の祭典「ひろしまアニメーションシーズン2024(HAS)」が2024年8月14日(水)~18日(日)の5日間、広島県広島市にて開催中。
HASは、世界4大アニメーション映画祭のひとつとして知られた広島国際アニメーションフェスティバルが2020年に終了したのち、2022年より新たな装いで生まれ変わった2年に1度のアニメーション映画祭。アニメーション映画祭としては日本唯一の米国アカデミー賞®公認となる。HASでは、ユニークなアニメーション作家たちが集い、作品を披露しあうという映画祭のコアを現代的にアップデートし、長編、テレビ、ウェブ・メディアなど短編にかぎらずアニメーションの可能性と未来をパーソナルかつユニークに掘り起こすクリエイターたちを、古今東西・商業非商業の枠を超えて紹介していく。
映画祭4日目となる17日は、伝説のアニメーター南家こうじの功績を振り返る特集、今過渡期である社会問題「ハラスメント」と「メンタルヘルス」についての講習のほか、日本依頼作品コンペティションの監督舞台挨拶が行われた。
イン・フォーカス:フィルムメーカー 南家こうじ
登壇者:かねひさ和哉(監督)
聞き手:田中大裕(「tampen.jp」編集長)
伝説のアニメーション作家・南家こうじの功績を振り返る上映とトークショーが行われた。南家氏は、1971年竜の子プロダクション(現タツノコプロ)の仕上げ部門に入社し、特殊効果を担当したのちアニメーターに転身。1974年に竜の子プロダクション退社以降はフリーランスで「うる星やつら」や「らんま1/2 熱闘編」など数多くの話題作でクレジット・タイトルを担当。アニメーションと音の緊密なシンクロ、洗練された抽象的なパターン、多彩な技法や画材の導入といった独創的な表現が特徴的な作家だ。本映画祭では特に2024年現在、番組史上最も多くの楽曲を手がけたNHK『みんなの歌』の中から「上級生」「ママが白鳥だった日」「ぼくとディジャヴ」「僕は君の涙」「はる なつ」「ヒナのうた」「アオゾラ」「私と小鳥と鈴と」「愛がお仕事」の8作品が上映された。
上映後には、新進気鋭のアニメーション作家であり、アニメーション研究も評価の高いかねひさ和哉氏が登壇、キュレーターの田中大裕氏を聞き手にトークショーを行った。
「ひろしまアニメーションシーズンが、ひろしま国際平和文化祭の一環として行われているという背景を踏まえ、南家こうじさんにはコミカルでチャーミングな楽しい作品も代表作の中にたくさんあるなか、今回は、さまざまな分断が世界中にある暗い時代の中であっても、観た人の心に控えめながらそっと寄り添ってくれるような優しさと温かさを感じられるような作品を選びました」と経緯を語った田中氏。
かねひさ氏は、「南家さんは音楽をより魅力的に聴こえさせることができるし、音楽の力によってアニメーションがより魅力的に見える、その相乗効果を巧みに利用されている作家だと思います。南家さんのリズム性は『うる星やつら』であったり『スプーンおばさん』であったり『キョロちゃん』のような数々のタイトルアニメーションからも伺えることではないか」と考察した。
今回キュレーションにおいて、南家作品の「手触り感」に注目したという田中氏。「フレデリック・バックの『木を植えた男 4Kリマスター版』をやる映画祭プログラムの中において、カラーインクと鉛筆を駆使した作品を中心に選ばせていただきました。『上級生』では切り絵アニメーションのようなことをやられていたり、コラージュやストップモーションなど駆使して手法も多種多彩。ただ作品の手法やトーン・雰囲気を超えて、音楽とのマッチング、リズムにある種アニメーターとしての魂というか、“これぞ南家こうじ”というものが宿っているのかなと思います」。
南家作品からの影響を問われたかねひさ氏は「南家さんの作品からは、作家自身の精神性・リズム・アニメーションの生命力の楽しさが伝わってくる。キャラクターが躍動する動きが音楽と映像が同期していたら気持ちがいいし楽しい。それは南家さんの作品をみて強く感じていたことだったので、僕もアニメーションを作る際に自分の中で影響を認めている部分ではあります」と根源的な部分での影響を語った。
キャラクターだけにフォーカスするのではなく世界そのものをアニメーションで描き、そこに優しさが宿り、キャラクターだけではなく描かれている世界そのものにエネルギーが満ちていると南家作品を分析する田中氏にかねひさ氏は「そう思います」と同意した上で、「例えば消しゴムを使ったり黒板を使ったり、あるいは切り紙をコラージュしたりと多様な技法を扱われていることに関連すると思うんですけど、“世界を作ること”に対するこだわりを感じてすごいなと思ってきました。でも決して技巧に凝って難解になっているのではなくて、人々の善意を信じるというか、根源的な善性みたいなものが南家さんの作品の中でTVアニメーションのオープニングタイトルからCMに至っても存在していて、それは南家さんの大きな魅力なのではないか」と語った。
膨大が数の作品を手がけている南家作品の中から好きな作品を問われたかねひさ氏は「3作あげるとしたら『あさおきたん』(82)、『僕は君の涙』(98)、『海へ来て』(84)です。まず『あさおきたん』は南家さんのコミカルで朗らかで天真爛漫な側面。子どもたちがリズミカルに描かれているのが、僕が南家作品に惹かれた側面だったので、それがより強く出ていると思います。構成も巧み。南家さんはリズムの作家だなと強く思わせられた作品ですごく好きです。『僕は君の涙』も今見てもやっぱりいいなと思ったんですけど、南家さんの作品の中でも、曲の構成を尊重しているものの、アニメーションの中の世界の構成がすごいなと。僕が一番最初に見た南家作品ということもあって強く印象に残っている作品です。初期のNHK『みんなのうた』の南家作品はコミカルに躍動するような作品が多かったと思うんですが、『海へ来て』はリリカルな側面が強く出た初期の作品として重要だなと思っています。女の子が飛び上がったりする動きの美しさ、手の細やかさ、足をつく時の美しさが南家さんのアニメーション作家としての魅力が強くあるなと思ったし、色鉛筆のタッチを取り入れながらセルアニメーションも使っている、多様な技法が見られるという意味でも、作家のいろんなものが詰まっている。今回上映された『愛がお仕事』そういう部分を感じます」と“南家愛”を滲ませた。
田中氏が上映された作品とは違う南家作品の側面を知るために、と挙げたのが「御先祖様万々歳!」のオープニング。「非常に抽象的で画面ではビデオノイズが展開し、オープニングなのにキャラクターが出てこない。音楽に合わせてノイズが変形していくという作品なんですけれど、今の感覚だとCGで作るところを手描きでやっていて。コントラストの強いフィルムを使って、ビデオノイズ風のものを手仕事で再現するというところがすごく興味深く実験的な作品です」と紹介。
「スプーンおばさん」のエンディングのダンス・シーンにも話が及び、「南家さんの音楽とアニメーションのシンクロするチャーミングな魅力を感じられる」と田中氏が語ったことから、TVアニメのオープニングやエンディング映像の話へ。実験的なものやキャラクターがダンスするものがあるがその先駆けが南家こうじだったのではと田中氏が語ると、かねひさ氏は「『ラムのラブソング』が日本のTVアニメのオープニング・タイトルの歴史を変えたと言ってもいいと思っていて。南家さん含めコマーシャルフィルムの畑にいた人がTVアニメのオープニング・タイトルをスタジオワークから若干外れた立ち位置で作るということが歴史を変えた側面ではあるのかなと思う。『ラムのラブソング』の現実では絶対踊れないであろうステップを踏み始めるところとか。ダンスではあるんだけどアニメーションでしかできないダンスをファンシーな感じの背景をバックに踊らせるというのは本当に1981年の作品とは思えない。エポックメイキングな作品だなと思いますね」とその功績を熱く語った。
【HAM】クリエイターやフリーランスのための夏期講習
「ハラスメントを未然に防ぐためのコミュニケーション」登壇:植松侑子(合同会社syuz’gen)
「メンタルヘルスについてアーティスト・クリエイターに知ってほしいこと」登壇:手島将彦(文化・芸能業界のこころのサポートセンターMebuki)
HAMプログラムでは、「クリエイターのための夏期講習」として「ハラスメント」と「メンタルヘルス」に関する講義が開催。専門家によるレクチャーが行われた。
まずは、「ハラスメントを未然に防ぐためのコミュニケーションのヒント」と題し、アートマネジメント専門職に向けた人材育成と雇用環境整備のための中間支援組織「特定非営利活動法人Explat」理事長である植松侑子氏が登壇。植松氏はまず「クリエーションの現場でのハラスメントは、ビジネスの場でのハラスメントと少しタイプが違う」と指摘。さらに「ハラスメントはこの2~3年で大きく変わった。2年前は、自分が現場でやられたことを、上位の立場になって意図的に繰り返す“ハラスメントの再生産”が主だった。しかし、現在のハラスメントは、相手を傷つけようと思ってやる人はほぼいない。気づかずにハラスメントをしている場合がほとんどです」。
そんな中、ハラスメントを防止するための方法として3つの方法を提示。それが「コミュニケーションの方法を見直すこと」「ハラスメントが起きる環境の因子がないかを見極めること」「ハラスメントが容認される、放置される土壌がないか」というもの。植松は特に制作現場において、予算やマンパワーの問題から知らず知らずのうちにハラスメントが起きてしまうことを挙げ、その環境作りを改善することの重要性を示唆する。「一人の人に責任を負わせても、環境を改善しないとハラスメントは起きる」と植松は言う。
また、法律や制度、社内規定といった大きな問題を整備しても、最終的には、個人個人の行動や人間関係、日々の行動が重要だと言う。植松は「ハラスメントとは、リスペクトを欠いた言動が繰り返し、執拗に行われること」だと指摘。何か一つの行為がハラスメントになるというわけではなく、そこに人間としてのリスペクトがあるかどうかが問題なのである。植松は最後に「クリエーションの現場でハラスメントを減らすには、コミュニケーションを減らすのではなく、逆にもっと丁寧に、たくさんコミュニケーションをしていくべき」だという。人間として相手のことを慮り、個人個人が意識をしていくことこそが、ハラスメントを減らす一つの方法なのだ。
その後は、「メンタルヘルスについてアーティスト・クリエイターに知っておいてほしいこと」と題し、産業カウンセラーとして働く手島将彦氏が登壇。手島はまず、アーティストが持ちがちなメンタルヘルスについての誤解について説明した。例えば、「良い作品にはメンタルの不調がつきものでは?」や「薬のせいでクリエイティビティが損なわれるのではないか」といったものだ。手島は、多くのアーティストの発言を引きつつ、精神不調が作品に及ぼす影響や、薬を使用しないことの悪影響などを説明。また、日本においては「助けを求めることを避ける風潮がある」とも説明。熊谷晋一郎の「依存とは、自立先を増やすこと」という言葉を引き、適切に他人に頼ることの重要性も述べた。「特にアーティストになる人は、ある能力が突出していて、苦手なことが多い場合もある。その場合、その苦手分野を得意とする人と協力することが必要です」。
トークはその後、より実践的に、メンタルを保つためのセルフケアについて語られた。その一つが「代表的な精神疾患についての知識を持つこと」。特に2022年度からは高校でメンタルヘルスについての授業が必修となり、学んでこなかった世代はメンタルヘルスについてしっかり学ぶ必要があるという。また「不安への8つの対処法」、「病院の探し方」など、今からでも使える実用的な内容も展開。アーティストだからこそ直面するメンタルの悩みについての対処法が語られた。
最後には会場からの質問も。実際にメンタルの悩みに直面した人や、身近な人がメンタルを崩してしまった人からの質問など、さまざまな質問が飛び出した。アーティストが自身のメンタルをうまく調整し、より良い作品作りを行うためのイベントとなったようだ。
【コンペティション】日本依頼作品
ひろしまアニメーションシーズン2024の4日目には、今年新設の日本依頼作品コンペティションの上映が行われた。日本依頼作品は、日本のクライアントの依頼で制作された作品を集めたコンペティション。CMやミュージックビデオから、子ども向け番組まで、多種多様な作品が上映。
最後には、映画祭に来場した上映作品の監督たちによる舞台挨拶も行われた。プチプチ・アニメ「春告げ魚と風来坊」の八代健志監督は「この作品は外で作りました。通常アニメーションは自分の時間軸で作ることが多いですが、外で作ると季節の巡りや太陽の流れを感じることができて、自分が生き物で自然を感じて作っているんだということを感じられて楽しい撮影でした」と述べた。星宮とと+TEMPLIME「Mind Replacer」を制作した大谷たらふ監督は「音楽を含めて4人の小さいチームで一緒に制作した作品です。4人でいろんなアイデアを詰め込んで制作したので、楽しんでいただけたら。音響の良い空間で上映できてとても嬉しいです」と喜びを述べた。今回作品が上映されたアニメーションオムニバス「Pass49e」のプロデューサーである高瀬和哉氏は「監督の皆さんが手掛けたキャラクターやアニメーションが少しでも皆さんの心に残ってくれたら。この作品が、少しでも短編アニメの業界の底上げに貢献できていたとしたら、とても嬉しいです」と述べた。また、円戸サヤは「これは49文字の小説をいろんなアニメーションのスタイルで映像化するというとても面白い企画です。新しいビジュアル表現をちょっとでも出したくて、この作品のためにモーションキャプチャーを購入しました」と制作の裏側を語る一幕も。鬼太郎EXPO「SPECTER FROM THE ABYSSAL ZONE!」の監督・水江未来氏は「広島は、僕の人生のスタートになっている場所。このアニメーション・シーズンの前身である広島国際アニメーションフェスティバルで、2004年に僕の作品が上映され、そこで世界中の名匠に触れて、アニメーション作家を目指すきっかけになった。こうして、また来場できることをとても嬉しく思います」と自身のキャリアを振り返りながら語った。刀雨「Be Gone」のMVが上映された羅絲佳(ラシカ)氏は「この作品は2年前に作り、古いAIと自分の2Dの手書きアニメーションで作りました。その時の世界に対する自分の素直な反応を作品に入れました」と作品制作を振り返る。「びじゅチューン!」の作品「グランドオダリスクvs蚊」が上映されたアニメーター・井上涼氏は、びじゅチューンの説明をしたあと、「今日は、こんな大きい画面で一緒に作品を観られて嬉しかったです」と感慨を述べた。
商業作品が一堂に会するコンペティションは珍しい。広告やテレビ番組ならではのさまざまな表現が揃う多様な顔ぶれのコンペティションとなったようだ。
【ひろしまアニメーションシーズン2024】開催概要
■開催日程:2024年8月14日(水)~8月18日(日)
■会場:JMSアステールプラザ
■主催:ひろしま国際平和文化祭実行委員会、公益財団法人広島市文化財団、中国新聞社
■協賛:三井不動産リアルティ中国
■助成:公益財団法人JKA
■メイン企画:コンペティション(短編・長編・環太平洋アジアユース・日本依頼作品)
特集上映、シンポジウム、トーク、ワークショップなど
ひろしまアニメーションアカデミー&ミーティング(HAM)
■映画祭プロデューサー:土居伸彰(ニューディアー代表)
■共同プロデューサー:宮﨑しずか(アニメーション作家/比治山大学短期大学部准教授)
■アーティスティック・ディレクター:山村浩二(アニメーション作家/東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻教授)
■第2回ひろしま国際平和文化祭: https://hiroshimafest.org(外部サイト)
■ひろしまアニメーションシーズン2024: https://animation.hiroshimafest.org(外部サイト)
(オフィシャル素材提供)