イベント・舞台挨拶

『大いなる不在』ティーチインイベント

© 2023 CREATPS

 登壇者:佐野元春、近浦 啓監督

 公開中の映画『大いなる不在』のスペシャルトークイベントが8月20日(火)にTOHOシネマズ日比谷(東京・日比谷)にて行なわれ、本作に佐野元春&THE COYOTE BANDとしてエンディングテーマに楽曲「今、何処」を提供しているミュージカルの佐野元春と近浦啓監督が登壇。本作への思いを語り合った。

 近浦監督は、これまで佐野のライブ・ドキュメンタリーやミュージック・ビデオなどを数多く手がけており、長い付き合いであるが、実は映画について深く語り合うのは今回が初めてとのこと。佐野は「近浦監督とはだいぶ前から知り合いですが、今回、彼は素晴らしい映画をつくりました。映画について対話をするのは初めてで、楽しんでここにいます」とリラックスした様子で語り、近浦監督も「特別な夜になりました」と笑顔を見せる。

 今回、佐野の楽曲がエンディングテーマとして使われることになった経緯について、近浦監督は「この作品は2022年の春に撮影したんですが、撮影の数か月後にラフに編集をまとめていた時、エンディングの部分で、森山未來さんが演じる卓のバックショットで暗転するところは脚本通りで良い形になっていたんですが、そこにすぐにエンドロールが入るのはリズム的に違うなと思っていて『少し間がほしい』と思い、通常はオープニングに置くクレジットをエンドロールの前に置いたんです。ただ、最初は適切な音楽が見つからず、アンビエント(現場の空間)の音でつくっていました。どうしてもエンディングが決まらないなって思っていた時、たまたま佐野さんのアルバム『今、何処』の特典DVDのアッセンブリ(組み立て)の作業をしていて、その時、ひとつのシークエンスであの曲(「今、何処」)が流れてきて、その音を聴いて一気に『これは何だろう?』と思いました…。それで、発売前に佐野さんに『この曲だけ聴かせてもらえませんか?』とお願いしました。でも、その時には心を決めていましたね。『これがこの映画の終わりだ』とハッキリ見えました」と明かす。
 佐野は「10代の頃から映画は好きで、映画の中での音楽の使われ方に特に関心を持っていましたが、今回、『今、何処』という曲が、映画の中で本当に『ここしかない』という場面で、聴こえてきた時に『素晴らしいな』と思ったのと同時に、自分の音楽がこの素晴らしい映画に少しでも貢献できたなという思いがあって光栄に思いました」と語る。

 ちなみに、アルバムタイトルである「今、何処」の英語タイトルが「Where Are You Now」であるのに対し、本作のエンディングテーマであり、アルバムのラスト・ナンバーでもある「今、何処」の英語タイトルは「Where Are We Now」となっている。「You」と「We」の違いについて近浦監督が「心を惹かれました」と明かし、その意図を佐野に質問。佐野は「アルバムをつくる時、『Where Are You Now』というストーリーで始めたわけですが、アルバムの中でもストーリーが紡がれて、その最後にセットした曲として『Where Are We Now』で終わるのがいいのかなという思いでタイトルをつけました」と説明する。
 近浦監督は、佐野の説明にうなずきつつ「企画がスタートしたのがコロナ禍のパンデミックが始まった2020年の4月で、街に人がいなくなって、世の中が大きく変わった時に“不在”という言葉を軸に物語をつくっていったので、この楽曲を聴いた時、不思議なリンク――“不在”に対して『今、何処』というのが、僕の中で良い偶然を感じました」と語る。
 佐野も「映画を何度も拝見しまして、観終わった後、映画に登場した人々、彼らを取り巻く他の人たちの魂はいま、どこにあるんだろう?どこに行くんだろう?という思いが残りました。そういう意味でも『今、何処』を使っていただいたのは、すごく計算されているし、コンセプチュアルだし、的を射ているし、同時にエモーショナルだと思いました」としみじみと語った。

 近浦監督にとって、本作は初めて35ミリ・フィルムでの撮影に挑戦した作品となったが、佐野は「映像に詩情、ポエジーが感じられた」と明かし、「最初に心惹かれたのは、卓夫妻が施設から帰ってくる時に長回しで風の吹く坂道をキャメラがじーっと撮っているんですね。予想した以上に長い時間で、そこにセリフもなかったですが、ポエジーを感じました。そこで語られている情感を汲み取らなくてはいけない――同時に映画を観始めてから、没入していったきっかけとなる素晴らしいシーンでした」と称賛を贈る。
 近浦監督は、そのシーンについて「偶然、風が吹いたんです。たまに直感が働くんですが、リハーサルの時は普通に歩いてもらったんですが、風が吹きそうだなと思い、本番直前に真木よう子さんのところに行って『一度、ここで立ち止まってください』とお願いしたら、テイク1で立ち止まった瞬間に風が吹き始めました」と明かし、佐野がそうしたディテールを汲み取ってくれたことに嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 さらに、佐野が、近浦監督と俳優、スタッフ陣のセンスが結集された素晴らしいシーンとして言及したのが、藤 竜也さん演じる陽二が、居なくなった妻・直美の名を大声で口にする終盤のシーン。
 「素晴らしいと思ったのは、藤さんの表情をほとんど見せることなく、すぐに奥さんが海に向かっていくシーンにエディット(編集)が切り替わったこと。これは秀逸だと思いました。(普通は)藤さんのセンチメントを映像で長く撮りがちですよね? もしかしたら、映画を観る人は『直美……』と言った後の藤さんはどんな思いなのかを表情から読みとりたいと思うかもしれない。でも、その裏をかいて、奥さんの思いに即座に切り換えた。そのほうが、より想像力をかき立てられ、藤さんの思いを想像できるんですね。説明し過ぎないのはすごく良いセンスだと思いました。観ている僕らがいろいろと想像をする余地を残してくれる映画、僕はそれが好きなんです」と大絶賛!
 近浦監督は「(藤さんの表情を見せないという選択は)勇気が要るんです。『もうちょっと分かりやすく……』という誘惑にかられるけど、観客を信じて『ここだ!』と決めました」と述懐。佐野はうなずきながら「オーディエンスを信じてくれているなと思いました。これがメインストリームの映画なら、その後の藤さんの表情をうまく切り取って見せるかもしれない。でも、エンタテインメントも大事だけど、この映画は表現が先に立っている。その点で、このエディットしかないと思いました」と監督の勇気ある決断を称えた。

 また、近浦監督は、この場を借りて「サウンド・ミキシングに時間をかけた」という本作の“音”に関し、佐野がどう感じたかを質問。佐野は「最初に映画が始まって、半分ドキュメンタリーのようで、あえてアフレコを用いず、現場の空気感に溶け込んだ演者の声を紡いでいて、しばらく見ながら正直、『うーん……』と思ったんです。(演者が)何て言っているのか聞きづらくて、『これは集中して見ないと』と思っていたんですが、やがて、きちんと『ここからはセリフを聞いてもらいます』というところから、しっかりと聞こえてきて、これはおもしろいなと思いました。10代の頃に見たヌーヴェルバーグの手法で、演者がそこにいて、キャメラマンはそれを盗み撮りするような感じなんですね。ありのままの演技を分からないように盗み撮りするような感じですけど、音もそうであっていいんです。何て言っているのか明瞭でなくても、現実味をもって迫ってくる――ドキュメンタリーのように始まり、途中で劇映画になる。最初は『え?』と思ったけど、これは意図的と気づいてすごいと思いました」と語る。
 自身の意図を100%理解した佐野の言葉に近浦監督は感嘆! 「サウンド・ミキシングにすごくこだわって、専門の良いエンジニアと出会い、彼女とつくっていきました。どうやって組み立てるかというところで、まさに最初はアンビエンス(現場の音)を立たせつつ、途中から気づいたら劇映画にしていこうと。(佐野さんがその意図に気づいてくれて)本当に嬉しいです」と満面の笑みを浮かべた。

 トークの最後に佐野は「僕の楽曲がこのような形で素晴らしい映画に使われまして、こういう経験は初めてですが本当に光栄に思います。近浦監督の映画は(長編デビュー作の)『コンプリシティ/優しい共犯』から観ていますが、次に彼がどんな作品を撮るのか楽しみです」と語り、会場は温かい拍手に包まれた。そして近浦監督は「今回、こういう形で楽曲を提供していただき、コラボレーションできたことを嬉しく思います」と語り、トークイベントは幕を閉じた。

 『大いなる不在』は絶賛上映中。

公開表記

 配給:ギャガ
 絶賛上映中!

(オフィシャル素材提供)

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