長寿の伝説の偉人たちを撮り続けてきた河邑厚徳監督の、料理研究家・辰巳芳子(現在99歳)を追った『天のしずく 辰巳芳子いのちのスープ』(12)、日本初の女性報道写真家・笹本恒子(享年:107歳)とジャーナリスト・むのたけじ(享年:101歳)を追った『笑う101歳×2 笹本恒子 むのたけじ』(17)、俳人・金子兜太(享年:98歳)を追った『天地悠々 兜太・俳句の一本道』(19)の3作のドキュメンタリー映画が一度に観られる特集上映“勇気をくれる伝説の人間記録”は、9月10日(火)〜9月23日(月・祝)に東京都写真美術館ホールにて上映される。《※9/17(火)を除く》
『天のしずく』は、9月14日(土)13:20の回上映後に、料理研究家の対馬千賀子氏&大豆100粒運動を支える会理事の種子島幸氏、9月15日(日)10:30の回上映後に、患者さんや医療従者のために辰巳芳子のスープを作っている“いのちのスープ”の実践者であり、映画にも登場する緩和ケア医の田村祐樹氏、9月16日(月・祝)13:20の回上映後に、辰巳が監修した絵本「まほうのおまめ だいずのたび」の作者である松本雪野氏(絵本作家・イラストレーター)と担当編集者である渡辺彰子氏及び藤田淑子氏のゲスト登壇が決定している。
この度、特集上映を前に、『天のしずく 辰巳芳子いのちのスープ』のプロデューサーで、65周年を迎え、“テレビ料理番組の最長放送”としてギネス世界記録に認定された「きょうの料理」を30年間担当してきた矢内真由美のオフィシャル・インタビューが到着した。
65周年を迎え、“テレビ料理番組の最長放送”としてギネス世界記録に認定された「きょうの料理」を矢内さんは30年間担当しているそうですが、「きょうの料理」の担当になったのはどういう経緯だったんですか?
33年前にNHKエデュケーショナルに入社しました。いくつかのEテレの番組を担当している中で一番惹かれたのが、料理番組でした。
入社する前、結婚を機に北海道から上京し、その時一番感じたのが、食材の味の違いでした。それまで当たり前に口にしていた物が、いかに美味しいものだったかと感じたのです。その後、子どもが生まれて食に対する関心がますます高まったということもあり、「きょうの料理」は私にとっては魅力的でした。
さらに、取材で知り合ったシェフや料理研究家の方たちが大変魅力的だったこともあり、気づいたらここまできたという感じです。
いろんな料理家の方とご一緒されてきたと思いますが、その中でも本作の被写体の辰巳芳子さんは特別な魅力がありましたか?
料理の向こうを鋭く見ている方だとすぐに分かりました。なぜこのように切るのか、どうしてこのように火を入れるのか、論理的に料理を語ってくれました。そして、食材の向こう側の生産者や、自然にも思いを寄せておられている姿勢や、伝える言葉の美しさが魅力的でした。
辰巳さんのドキュメンタリー映画を作りたいと思った理由はなんですか?
「きょうの料理」の中で長年、辰巳さんの料理をいくつも紹介してきました。でも、辰巳さんの料理哲学を伝え切れていないのではないかという気持ちが残りました。じゃあ、どうしたらできるか?という、思いが湧き上がってきて、“映画”という世界に一歩踏み込んでみようと思いました。
河邑厚徳さんに監督をお願いした理由はなんですか?
河邑さんが作ったいくつもの番組を見ていました。宇宙観・哲学・目に見えない世界を描くことができる方だと思って、辰巳さんを紹介しました。そして、映画という世界で、料理を通じた宇宙・自然・いのちを描いていただく提案をしたのです。
辰巳さんは、嚥下障がいでとろみのあるスープのみ喉を通ったお父様に作っていたスープを、お父様の死の直後からは訪問看護のボランティアで隣人に配り、そしてスープ教室で伝授してきました。必要に駆られて出合ったスープをお父さんに作るだけでなく、広めて行ったのが素晴らしいと思いますが、広まっていった様子は、ドキュメンタリーのプロデューサーとして実感しましたか?
辰巳さんのご自宅でなさっていたスープ教室に取材に行きましたら、北海道から沖縄まで生徒さんが大勢通っておられました。月に一度の教室は、皆さんの学びたいという熱気に溢れていて、圧倒されました。
スープを習って実践していらっしゃる方から、「母が元気になった」「これで父を見送ってホッとした」というお話を伺いました。「食べることの本質ってこういうことなのではないか」と感じたのです。
その時点で私は「きょうの料理」を担当し10年くらい経っていたのですが、食の根源を伝えている気がしなかったのです。それは、時代の流れの中で、「簡単」「手間なし」がブームの時代だったからです。
辰巳さんのスープの活動は、静かに広がり、各方面で注目を集め始めていましたが、番組で紹介するにはそれから2年ほど待たなければなりませんでした。
やっと提案が通り、「四季のスープ」としてシリーズで紹介したところ、多くの反響がありました。その中で「食べることの意味」を考えている方々や簡単・手間なし料理に疑問を持っている方たちの声を聞くことができて、手応えがありました。
岡山県長島のハンセン病患者の宮﨑かづゑさんが「テレビで見た辰巳さんのスープを癌闘病中の親友に作ってあげたことは、死期が迫る方に唯一してあげることができたことだ」という素晴らしいエピソードが紹介されていますが、どのように知ったんですか?
辰巳さんが、宮﨑さんからの手紙を見せてくださって知りました。私も番組の送り手としてこんなに嬉しいことはありませんでした。辰巳さんも、ご自身がお父様を見送ったスープを、他の人もつくって見送ったということを知って、ご自身がやってきたことが伝わっていることの喜びを感じられたと思います。
辰巳さんと宮﨑さんが初めて対面するシーンの会話が素晴らしかったですが、ああいう会話が撮れるというのは予測できていたのでしょうか?
予測できませんでした。台本はなく、宮﨑さんが「私はあそこで先生に会いたい。長島を見てほしい」とのことだったので、長島が見えるところから撮影したんです。
「ここまで歳を重ねてこないと分からないことがある」というあの言葉は、深いし、重いですよね。二人に共通しているのは、戦争体験や、大切な誰かを亡くしていることです。辰巳さんは、20代で結婚して夫が戦争で亡くなって、その後すぐ結核になり、45歳位まで結核でほとんど外に出ていないんです。「自分は何の役にも立たない」という気持ちでいらっしゃったかと思うんですけれど、病を背負った中で、やっとご自分でなさりたいことを見つけ、それを支えたのがお母様の食事でした。宮﨑さんも長島に来るまで支えていたのはご家族なんです。宮﨑さんのご本を読むと、10歳までの食の体験が鮮やかなんです。やっぱり食に支えられているんですよね。お互いがお互いの本を読んでから対面したので、共鳴し合うシーンでした。
その他、制作の企画時点では予想できていなかったけれど、本編に入っている、嬉しいサプライズ的なシーンはありますか?
辰巳さんが夫の話をしてくださったことです。公では初めてじゃないかと思います。辰巳芳子とはどんな人なのかを描かない限り、彼女の原点を聞かない限り、前に進めないと思い、話してもらえないかとずっとお願いしていました。「何になるの?」と抵抗にあっていたのですが、覚悟を決めてくださいました。終戦記念日のちょっと前の8月11日にインタビューを撮りました。
もうひとつのサプライズは、映画を撮っている途中で、滋賀の医療従事者の皆さんと出会ったことです。辰巳さんのスープ教室に皆さんが参加したいという話があって、「これは撮らねば」と撮影をお願いしました。それが、《患者さんや医療従者のために辰巳さんのスープを作っている“いのちのスープ”の実践者として本作にも出演していて、9月15日(日)10:30の回上映後のトークに登壇してくださる》田村祐樹医師との出会いです。辰巳先生は皆さんのために特別スープ教室を開催されていて、それは映画の深みにもなりました。
本作の朗読は、今年生誕九十年記念映画『九十歳。何がめでたい』が公開となった草笛光子さんが担当されています。キャスティング理由をお教えください。
河邑監督が、「辰巳さんの言葉は完成度が高いので、それを読むというのは非常に難しい。辰巳さんから観ている方へのお手紙を読むように、読んでもらいたい」と思ったそうです。草笛さんは長年、舞台をご経験され、伝えるというキャリアがある方で、ご自身の元々の言葉が美しい方。それで、草笛さんを思いついたそうです。
本作の語りは、谷原章介さんが担当されています。キャスティング理由をお教えください。
「きょうの料理」でお付き合いがあったんですが、その時に、食に対する想いがすごいと思いました。お子さんが6人いらして、毎日お料理されていて、一つひとつの食材の扱いがとても丁寧なんです。こんなに忙しい人がそんなことをできるなんてどうしてだろうと思ったら、「とにかく食で自分の気持ちを伝えたい」とおっしゃっていて、本作に合っていると思いました。
本作は、2012年に初めて日本で公開されましたが、現在もFacebookの公式ページには4900人もフォロワーがいるなど、映画を観て終わりではなく、実践して、日々の生活を食から豊かにしたいと思っている方が多いのではないかという印象を受けます。ご鑑賞された方の反応はいかがでしたか?
涙を流されている方をよく見かけました。女性は自分の(家族への料理という)仕事が報われたり、介護をしている方たちや子どものことで悩んでいる方たちは向かっている先がどこか分からなくなることがあると思うのですが、活路を見出せたのだと思います。「生きていく、食べていくことの意味を見せてもらえた」というような喜びを語ってくださいました。
本作は、サン・セバスティアン国際映画祭でも上映されましたが、海外の方の反応はいかがでしたか?
スペインのサン・セバスティアンは、美食の街で、食大学もあるんです。そこの学生さんたちがたくさん観に来てくださり、18歳くらいの若い学生が「技術だけじゃない。何のために作るのかという意味がこの映画でよく分かった。食べることは愛の表現の一つだということが分かった」とおっしゃっていたのが印象に残っています。
辰巳さんは現在99歳で、もうご自身はスープ教室の教壇には立っていらっしゃらないとのことですが、ご本人の今までの活動を記録した本作を、完成から時を経てまた観ていただける機会があるということに関しては、どう思われますか?
10年経っても、この映画は全く古くないし、“昔の映画”ではないと思っています。辰巳さんの伝えようと思うことは時代も国境も文化も超えていると思います。本作で食の大事な根幹が描けているのではないかと感じています。辰巳さんへの敬意を改めて強く感じているところです。
上映を前に、読者にメッセージをお願いします。
食べることをしっかりやることで、心も健康も守られる。一番身近なことを大事にしていくことが、その人の生きる光になると思います。それ以外大変なことがあっても一つでも光があると前に向かっていける気がするんです。本作を観ることで、生きる希望がもらえると思います。
『天のしずく 辰巳芳子いのちのスープ』
(2012年、日本、上映時間:113分)
監督・脚本:河邑厚徳
出演:辰巳芳子
朗読:草笛光子
語り:谷原章介
食べものを用意することは、いのちへの祝福
嚥下障がいでとろみのあるスープのみ喉を通った父に作っていたスープを、父の死の直後からは訪問看護のボランティアで隣人に配り、そしてスープ教室で伝授してきた料理研究家・辰巳芳子。1口2口がなくなると、数日で天国に逝かれる患者を目の当たりにしてきた医師は、病院の緩和ケア病棟でスープを配り、「辰巳さんのスープは素材を感じるので、引き出しが開いて思い出が出てくる」と1口の大切さを実感。ある日、辰巳の元に、親友が癌になり、「何かしてあげられることはないか」とスープを作ったというハンセン病の女性から手紙が届き……。
公式X:https://X.com/tennoshizuku(外部サイト)
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特集上映“勇気をくれる伝説の人間記録”
9月10日(火)〜9月23日(月・祝) 東京都写真美術館ホールにて公開
主催:ルミエール・プラス
協力:環境テレビトラスト、ピクチャーズネットワーク
公式X:https://x.com/lumiere_plus(外部サイト)
公式Facebook:https://www.facebook.com/lumiere.plus.jpn(外部サイト)
当日券(税込):一般 1,800円、大・専門・高校生1,500円、中学生以下(3歳〜)、シニア(60歳以上)、障害者手帳をお持ちの方(介護者2名まで) 1,200円
リピーター割:本特集上映いずれかの座席指定券半券のご提示で、本特集上映の他の作品を1,000円でご覧いただけます。
(オフィシャル素材提供)