原案・永瀬正敏が贈る“喪失と再生の物語”
「瓦礫、瓦礫って言うけど、みんな、生活の一部だったんだ」
東日本大震災を色濃く反映した世界。そこで生きる男と女。
これはもうひとつの『箱男』なのか――
2013年、『戦争と一人の女』の舞台挨拶で監督の井上淳一とシネマスコーレを訪れた永瀬正敏は、支配人の木全純治よりとある短篇映画の監督依頼を受ける。それは名古屋市内を流れる中川運河という今はもう使われていない運河を舞台とした企画だった。奇しく中川運河は名作『泥の河』の舞台。永瀬は「出演はするが、監督は井上さんで」と言い、永瀬主演×井上監督での製作がその場で決定した。
その2日後、井上のもとに永瀬から一本のプロットが届く。それは、誰もいない廃墟のような街でひとり筏を作り続ける男の話だった。そこにひとりの女が訪れる――。
井上は永瀬のプロットに、東日本大震災後のイメージをプラスし、脚本を執筆。原発事故後の誰もいなくなった世界に取り残されたような男と女の話を作り上げた。そして、黒澤 明の隠れた名作『生きものの記録』と同じタイトルを映画につける。『生きものの記録』は度重なる原爆実験による放射能の恐怖に怯えた三船敏郎がひとり孤独に狂っていく話だ。井上は「黒澤は狂っているのは三船か、何も感じないお前らか、と観客に問うている。これは三船のその後の話だ」と同タイトルをつけた理由を語っている。また、今年、『箱男』を観た井上は「これは、『箱男』を作れなかった時代の、永瀬さんの『箱男』ではないか」とも述べている。
女を演じるのは、『福田村事件』のミズモトカナコ。当時、まだ京都造形大学の学生だったミズモトは永瀬相手に一歩も引けを取らない堂々たる演技を見せている。
撮影は、『極悪女王』の鍋島淳裕。過去とも未来ともつかない世紀末的風景をモノクロ映像で見事に捉えている。プロデュースは木全純治。これは『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』コンビの初タッグでもある。そして主題歌は、昨年亡くなった「頭脳警察」のPANTA。寺山修司と高取 英による詩にPANTAが曲をつけた「時代はサーカスの象にのって」がせつなく流れる。
本作は2013年末に撮影。当時は47分の短篇を単独で上映する環境になく、翌14年にシネマスコーレのみで公開。しかし、近年、『ルックバック』や黒沢 清の『Chime』などのヒットにより状況が変化。24年、井上の師である若松孝二13回忌イベントで上映。そこでの絶讃を受け、ついに全国公開となる。幻の傑作が今ここに蘇る。
井上淳一監督 コメント
『いきもののきろく』は、11年前、名古屋にある中川運河という今はもう使われていない運河を文化的に再開発しようという助成金で作られた、小さなご当地映画です。助成金、ご当地映画――当時からそうやって量産される映画が日本映画の質を落としているんだと批判してきました。だから、自分がそういう映画を作るのに躊躇いがありました。しかし、永瀬正敏さんから送られてきたプロットを見て、驚きました。それは、どんな条件であれ、自分たちのやりたいものを作るという意志に裏打ちされた強固な物語でした。どんな条件であれ、自分たちの信じる映画を作り続けることが、結局は今の映画状況に一石を投じることになる。この映画はそう願って、作られました。しかし、47分の短篇はなかなか公開するすべがありませんでした。今年、師である若松孝二監督の十三回イベントで上映することになった時は不安でした。映画としての賞味期限が切れているのではないかと。幸いにも、それは杞憂でした。若松さんが言っていたように、映画に時効はありませんでした。それでも、まさかテアトル新宿で公開できるとは思ってみませんでした。今はただ、あの頃、永瀬さんや僕が思っていた祈りや、今なお思い続けている願いが一人でも多くの肩に届くことを願うのみです。
キャスト&スタッフ
出演:永瀬正敏、ミズモトカナコ
監督・脚本:井上淳一
主題歌:「時代はサーカスの象にのって」(作詞:寺山修司&高取 英/作曲:PANTA)
企画プロデュース:木全純治
プロデューサー:片嶋一貴
撮影:鍋島淳裕
照明:堀口 健
美術:永澤こうじ
音響デザイン:臼井 勝
編集:細野優理子
監督補・特撮監督:石井良和
宣伝デザイン:大石理沙子
製作:シネマスコーレ ドッグシュガー
(2014年、日本、上映時間:47分)
公開表記
配給:ドッグシュガー
2025年3月7日(金) テアトル新宿ほか全国順次ロードショー
(オフィシャル素材提供)