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登壇者:山中瑶子(映画監督)、森 直人(映画評論家)
MC:立田敦子(映画ジャーナリスト)
第81回ヴェネチア国際映画祭にて最優秀女優賞を受賞、TIME誌が選ぶ2024年映画No.1を獲得するなど注目を集める、映画『ベイビーガール』のトークイベントが2月13日(木)、都内で行われ、『ナミビアの砂漠』で、第77回カンヌ国際映画祭・国際批評家連盟賞を女性監督として史上最年少で受賞した山中瑶子監督と映画評論家の森 直人が登壇、映画ジャーナリストの立田敦子(MC)と共に本作を語り尽くした。
『ベイビーガール』のロゴ入りスウェットを着こなして登壇した山中監督。最初に本作の感想を聞かれると、「観ている間は、私も一緒に翻弄されて感情をかき乱されてばかりの、ジェット・コースターのような作品で面白かったです。皆さんの感想を聞きたくなる、誰かとすごく話をしたくなって盛り上がれる作品だと思いました」と話した。続いて森は、本作を観た時に、監督のプロフィールがすごく気になったと明かし、その理由として「誰が撮っているかによって見え方も変わる作品だと思いました」と話した。
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1975年生まれのハリナ・ライン監督はもともと俳優として活躍し、鬼才ポール・バーホーベン監督の『ブラックブック』(06)にも出演、バーホーベン監督の門下生といっても過言ではない経歴を持つが、森はその点に触れながら、本作を最初に観た時に『エル ELLE』(16)を想起したことを明かした。「支配と服従の権力関係を逆転させていきながら、女性の視点から描いており、(『ベイビーガール』は)それをさらに女性主体にしようとしたようにも感じました。本能と欲望のドラマを、男性ではなく女性の監督が描く、作品自体の主体のあり方を決定的に変える意図が大きかったのでは」と語った。
映画ジャーナリストの立田は『ナイン・ハーフ』(85)、『危険な情事』(88)、『幸福の条件』(93)をも想起させる本作のエロティック・スリラーというジャンルについて触れ、「当時これらの作品が男性目線で描かれていたことに監督が違和感をもち、そのカウンターとして、皮肉や批評も込めて『ベイビーガール』を撮ったように感じられた」と語る。
これに対して、女性監督としての感想を聞かれた山中監督は、「最近は女性監督にしか撮れないディティールがいっぱいあると実感していますが、この映画においては、サミュエル(ハリス・ディキンソン)の在り方ですよね」と話し、「サミュエルのようにかっこよく、時に女性をコロコロと転がすような余裕ある男性はなかなかいない。女性の理想が詰まったような男性像をここまで描いた映画も今までなかった。少女漫画の登場人物みたいですよね。クッキーで犬を落ち着かせるあの登場シーンは完璧で最高!」と評価した。そのサミュエルについて立田は「バック・ストーリーが入れられておらず、謎のある存在でもある」と話すと、山中監督と森は、サミュエルはファンタジックな、ロミーの妄想のキャラクターでもあるのでは、という解釈を披露。立田も「今まで男性監督が描いてきた、ファム・ファタールやロリータのような、男性視点から描かれてきた理想の女性像の逆転の発想、女性監督の理想の男性像でもあるのでは」と分析した。
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また本作が高校生の時に観た『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』(15)の逆転にも感じたという山中監督。森は、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』の原作者も監督も女性であることから、「あの作品も女性主体の仮想的な作品だったのかな」と振り返り、「ハリナ・ライン監督の念頭にもきっと浮かんでいた作品ではないか」と推測。その上で、「『ベイビーガール』は高尚なテーマがあるわけではなく、本能と欲望を撮りたかったという、シンプルな作品ではないかと思う」と作品のテーマに言及すると、監督に実際にインタビューをしたという立田も「監督は90年代のエロティック・スリラーを見ていた時にダークな欲望に目覚めたが、当時は、女性がそういうことを考えてはいけないんだという、自身が育ってきた時代の道徳観により自ら縛られて、どこか後ろめたかったと思っていたと話していた」と明かし、さらにそれらの作品で「最終的に女性たちが不幸になる結末を迎えることが気に入らないと思っていた。自身が監督になった時には女性の視点からもっと、解放される女性を描いてみたいと話していた」と明かした。さらに、親日家であるハリナ・ライン監督が泣く泣く諦めたという日本で撮りたかったラスト・シーンの秘話を明かすと会場は爆笑の渦に。
続いて山中監督が、「女性のCEOとして、権力を持つ立場として、社会的な皮を被った自分と、本当は支配されたいという、矛盾したひとつの個体を描いている部分がすごく面白い」と本作の魅力を語ると、森も「表面的な人格と本当の自分を描いている部分が面白い」と話し、「『TAR ター』(22)でも描かれているが、今、社会的な成功者や権力者はクリーンであることをすごく求められる社会風潮の中で、『ベイビーガール』のロミーも社会的立場としては同じようにクリーンであることを求められながらも、自身の中の動物的なる欲望の部分を解消できないという本音の部分を描いているところが新しいと思う。Me Too運動以降の新しい流れの中で生まれた作品であるように感じた。人間の根源に関わる欲望と、社会的な人格がどう関わるのかについては、まだあまり議論されていないようにも感じた」と語った。
最後に、自身が監督した『ナミビアの砂漠』を「権力闘争の映画」と解説していた山中監督は、『ベイビーガール』もある種、権力闘争についての映画ではと問われると、「本当にそう思いましたね。感情を繕ったり出したり、大変忙しい映画でした」と自作との共通点も語り、「女性の本音と欲望を描くという部分では、とても理解できる。バカバカしい部分もあり、思わず笑ってしまう映画だと思います。皆さんの感想が楽しみです!」と締めくくり、時折笑いも起きるなど、大盛況だったイベントが終了した。
公開表記
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2025年3月28日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか 全国ロードショー