
登壇者:柄本 佑、根岸吉太郎監督
絶賛公開中の映画『ゆきてかへらぬ』に関連して、3月23日にkino cinéma横浜みなとみらいにて公開後トークイベントが実施され、出演者の柄本 佑と根岸吉太郎監督が登壇した。
映画上映後、根岸監督とともに、万雷の拍手に迎えられステージに登壇した柄本は、劇中で「主人公の泰子(広瀬すず)が公園で出会う勤め人」という、カメオ出演的なピンポイントの登場だったことを踏まえ、「うちの父(柄本 明)も映画を観てくれたんですが、『佑、どこに出ていた?』と言われたんです」と冗談めかしながら挨拶。

本作は根岸監督にとっておよそ16年ぶりとなる長編映画となる。まず本作で柄本をキャスティングした理由について、「彼が通行人でもいいから出たいと言っていると風の噂で聞いたんです」と笑いながら振り返った根岸監督。その言葉に深くうなずいた柄本は「実はその当時『花腐し』という荒井晴彦さんの監督作を撮っていまして。その時に、来年は根岸監督の新作があって脚本が田中陽造さんだと聞いて。根岸監督が新作を撮るの?と思ってしまい。まるっきり押しかけというか、通行人Aでもいいから出たい、とわがままを言いました」と述懐。だが根岸監督自身は「ただの通行人だと目立っちゃうから、もう少し落ちついたところに収まってもらいたいなと思い、(勤め人役で)出てもらうことになりました。ちょうどその頃は、光源氏(NHK大河ドラマ「光る君へ」)をやっていた頃で。髪も長かったね」とキャスティングの経緯を明かした。

そうして参加した根岸組の現場だが、「押しかけといてなんですが、難しいなと思った」と語る柄本。「ワン・シーンだけの出演というのは、ずっと出るよりも緊張するものがあります。やはりそれまで撮影してきた空気の中に単身入っていくわけですから。もちろん根岸監督はいらっしゃるわけですが、それでも緊張する。それと向き合っていく感じで、1日が非常に長かったのを覚えてます」と語ると、かつて三島由紀夫の戯曲を根岸監督の演出によって映像化した2013年の『近代能楽集「葵上」』に出演したことに触れて、「その時の現場はそんなに長期間というわけではなかったんですが、とても面白かったんで。今回も出させていただきたいなと思ったんです」と述懐。その根岸組のおもしろさについて、「現場が大らかというか、待っている時間が心地いい。『近代能楽集』の時もそうでしたし、今回のワン・シーンもそうでしたが、監督は声高にこうしてくれとかはおっしゃらない。でも自ら考えてやることは許容してくれて、それを見てくれる。それは恐怖もあるんですが、同時に安心感もあって。だから自分なりに思ったこと、考えたことを提示してくれる面白さがある。考えることが楽しくなっていくような現場でしたね」と振り返った。

本作の企画が立ち上がったのが6~7年前。そこから紆余曲折あったと語る根岸監督。「わりと早い時期に広瀬(すず)さんと岡田(将生)さんにお声がけして。ふたりとも興味を持ってくれて参加したいと言ってくれて。そこから3年くらいお待たせしてしまった。そしてこれ、撮影が終わってからも2年くらいたっているので少し忘れてしまっているところもありますが」と根岸監督が笑うと、柄本も「実は監督とはご近所なんです。だから坂をあがった時に監督にお会いすることがあって。『そろそろ出来ますか?』と聞いた時も、『映画は出来たんだけど、公開は2年後なんだよね』とおっしゃっていた。でも今日、あらためて映画を観てみたんですが、大正時代を舞台とした田中陽造さんの本だけど、全然違う人が撮ったら、非常に浮わついた、地に足のついてないものになりそうだけど、これは根岸さんの作品だなと思いました。監督の瑞々しさを感じました」と指摘する。
そしてこの日、あらためて映画を鑑賞したことで「難しい役だなと思いました」と、かみ締めるように語った柄本。「終わった後には根岸組が参加できた喜びと、どんなふうになっているのかなと思うんですが、でも観ると落ち込むんですよね。ただこうやって監督が16年ぶりに撮られる作品の画面の中に入ることができたのはうれしいことだし、幸せなことだなと思っています」としみじみ語った。

大正時代の景色が見事に再現されている本作。根岸作品のファンだという柄本は、映画冒頭で中也と泰子が出会うシーンで、屋根が印象的に映し出されるシーンがあったことに触れて「監督の作品は何本も観させていただいているんですが、監督は屋根がお好きなんですか?」と質問。それには「今回、そういう指摘をされることが多いんだけど、シナリオにあったことを撮っただけで。自分の趣味ということはないんです」と笑った根岸監督。「今回撮った黒い瓦屋根は、普通はグレーなんだけど、雨に濡れると黒く光る。あの感じを撮りたいと思った。僕は福田平八郎という日本画家が好きなんだけど、その人の絵で『雨』という作品があって。大写しになっている瓦屋根に、ポツポツと雨だれが落ちてくる瞬間を描いているんだけど、そういう感じは前から一回撮ってみたいと思っていた」と語ると、「昔から大映や東映の映画では、俯瞰目で路地を撮るというのはある種の伝統だった。三隅研次さんの映画なんかもそうですけど、そうした日本映画に憧れたこともあるし、松本俊夫さんのドキュメンタリー映画で『西陣』という作品があって。ああいう街がまだ残っている時代の京都を俯瞰で撮っているものもあった。自分の頭にはそういうのがチラチラとあったので、あれを真似したんです」。

さらに「僕だけでなく、美術チームや助監督もものすごく勉強していますし、衣装もヘア・スタイルも、画面に映るものすべてを勉強した。あの時代を表すのにどういう色彩の感覚がいいのか、ということも撮影、照明も勉強してくれた。それで大正時代の映像ができた」と語る根岸監督は、「路地はロケーションで、部屋はセットという具合に、別々のところで撮影するということがありますが、今回は路地からつながっているところに部屋があって。一軒が全部できているんですよね。今回は、撮影はしなかったけど、玄関もしっかりとつくられていたので。だから今回は外側から撮ったけど、中から撮ることもできるようにつくられていたんですよ」と説明。柄本が「そこはチラッと見えますよね。役者さんにとっては、そこがつくられているという、その辺の厚みが楽しく思うというのはありますよね」と語ると、根岸監督も「生きているような気持ちになれるんですよね。部屋の窓がグリーンバックになっているようなところではなくて、そこで自分が生活している気持ちになれるセットというのはすごく大きいと思う。ただそれは贅沢なことではありますけどね」としみじみ語った。
この日は、客席からの質問も受けつけることとなり、「三人の中で誰に共感する?」という質問も。それには「この三人に共感するのは難しいかも」と笑ってみせた柄本だったが、「この三人はどこも折れないんですよね。だからそれぞれに共感ポイントがあるのかなと。そのせいで大変なことになるわけですが。そうやって三人の関係性を一つとしてこの映画を観ているのかなと思います」と分析してみせるひと幕も。
柄本 佑、早くも今年No.1宣言!!
そしてトークイベントも終盤に向かい、最後のコメントを求められた柄本は「監督を前にして言うのは恥ずかしいですが、僕にとって『ゆきてかへらぬ』は今年の一番じゃないかなと思っています。まわりの方に薦めていただきたいですし、皆さんは何度来ていただいても構いませんので、よろしくお願いします」と挨拶。続く根岸監督も「先ほど共感という言葉がでましたが、とにかく誰かに共感するのが難しい映画なんだと思う。映画って共感すると観やすいものですが、そういう意味でこの映画は共感しにくい映画だと思います。今、佑くんが言ったとおり、三人がひとかたまりで。ちょうど三本の足が支えあってできてるようなアウトドア用の(折り畳み)椅子があるじゃないですか。たぶんああいう感じで皆さんに受け止めてもらえたらいいなと思うので。もし帰ってから反すうしていただけるのならば、共感できなかったなということではなく、アウトドア用の椅子みたいなものを思い出していただけたらなと思っております」とユーモラスな表現で会場に呼びかけた。

映画『ゆきてかへらぬ』は絶賛公開中!
公開表記
配給:キノフィルムズ
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中!
(オフィシャル素材提供)