ドイツ、フランクフルトで開催された欧州最大規模の日本映画祭、第18回「ニッポン・コネクション」にて「ニッポン名誉賞」を受賞した女優・寺島しのぶが来独。インタビューでは、日本映画を心から愛する人々が集う映画祭で賞を授与される喜び、演じることへの想いなどを語ってくれた。
寺島しのぶ
1972年京都生まれの寺島しのぶは、日本において最も功績のある女優の一人としてその地位を確立している。歌舞伎役者の尾上菊五郎の娘として生まれ、早い時期から演劇の世界に携わり、映画やテレビ出演の傍ら、次々と舞台にも立ってきた。
日本にて数多くの重要な映画賞を受賞し、2010年のベルリン国際映画祭では、軍人の妻を演じた若松孝二監督の映画『キャタピラー』で最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞。
今回上映された『オー・ルーシー!』では奇しくも、昨年こちらの映画祭で同じくニッポン名誉賞を受賞された役所広司さんと共演されています。この「ニッポン・コネクション」について、役所さんとお話される機会はございましたか?
直接話す機会はなかったんですが、私のマネージャーには「とても良い映画祭だから、サポートしてあげてください」とおっしゃっていたそうです。
確かに、役所さんは昨年記者会見で、「日本の良質な映画を一挙に観られる映画祭だ」とおっしゃっていました。実際にいらして、どのような印象を受けていらっしゃいますか?
昨日の夕方に到着したばかりなので、まだはっきりした印象を語れるまでには至っていないのですが、役所さんがおっしゃるように、今回も作品のセレクションが素晴らしく、日本映画を分かった上でのセレクトだなとは思いました。ちゃんと自分たちの目で観て、面白いと思ったものを選んでくださっているラインナップだという印象です。日本人以上に日本の映画のことを分かってくださっているんじゃないかという気がするくらいです。
昨夜は『オー・ルーシー!』の上映会があったんですが、ドイツの方たちがこれほどまでに日本映画に興味をもってくださっていると知って驚きましたし、とても感激しました。チケットもほぼ売り切れの状況とスタッフの方たちがおっしゃっていましたし、こういうホームメイド的な映画祭が年月を重ねて大きくなっていく過程に居合わせたことがとても嬉しいです。映画のことのみならず、日本の文化についても深く知ろうとしてくださっているということが、日本人としてはやはり嬉しい限りですね。
これぐらい熱意をもってやってくださっているのでしたら、いろいろと協力をさせていただきたいという気持ちにもなります。こちらの皆さんの取り組み方が本当に真剣ですので、おこがましいですけど、私なりのサポートをさせていただきたいなと心から思わせられるくらい、熱意が伝わってきますね。
「今回、寺島さんの出演作は4本上映されます。つまり、こちらでセレクトされるような作品に出演されているということですが、日本映画界の現状では、良い企画・脚本に出合える機会はなかなかないという印象ですか?
そうですね。私にとって、出演を決める上で一番大切な要素は脚本なのですが、私が演じたほうが良いと思う脚本にはなかなか出合えません。
今回出品されている4作で演じられている女性たちは、その形や質は違えども皆、心に深い孤独を抱えています。中には共感できない役柄もあるかと思いますが、どのようにアプローチされるのですか?
脚本を頂いたとき、「この人はこういう価値観の持ち主なんだな」と考えながら本を読み込んでいきます。自分と近い部分を探ったりするような、自分に近づけた形で役作りはしないかもしれません。全く違う人に自分を創っていく、変身していくことが好きなんです。ただ、自分の肉体を使って言葉を発し、気持ちを発露させながらお芝居しているわけですから、全くかけ離れているわけではなく、心の奥では納得して演じているのだと思います。
例えば、(配偶者の)ローランさんの母国であるフランスでは、映画制作などのアーティスティックな活動への国家的なサポートが厚いと伺っていますが、現場にいらして、日本映画界の状況をどのように感じていらっしゃいますか?
日本は残念ながら、売れたり賞をとったらサポートするといった、全て後付けで、新人を発掘しよう、才能のある若い人を世界に羽ばたかせようというバックアップがほとんどありません。もちろん、大手の映画があるのはいいですし、ただインディペンデントの映画がそれと拮抗できるような状況になってほしいのですが、実情では大手の映画が絶大な力を持っています。そんな中で、四苦八苦して作ったインディペンデントの作品が世界で賞をとったりするのは本当に嬉しいです。私がインディペンデントの映画に惚れるというのは、そこなんですね。良い映画を創ろうという志と熱意があって、資金面で苦労されている方たちがいると、「私で良ければ、やってやろうじゃん!」という気持ちにさせられます。
島さんは、このドイツで開催されたベルリン国際映画祭に出品された『キャタピラー』で主演女優賞を受賞され、世界的にも知られる存在となったわけですが、国外からのオファーもあるのでは?
そうなんだよね~生真面目なんだけど、ホントにエキセントリックで、すっごい面白いヤツなんですよ。たぶん、真面目過ぎるから、かえって面白くなっちゃうんだと思いますけど。
大西さんといえば、『赤目四十八瀧心中未遂』(03)、『キャタピラー』(10)も代表作ですが、なんといっても『さよなら渓谷』(13)が忘れがたい傑作でした。
オーディションの話や企画段階のものはありますが、海外でやってみたいから、ちょっとの役でもやってみようと気はないんです。日本であろうが海外であろうが、まずは脚本を頂いて、「あ、また新たな自分に挑戦できるかな」と思った時点でやらせていただいています。
ただ、日本人の方々がどう受け止めてくださるのかはもう、大体感触がつかめているつもりですが、海外の方たちがどう思うのか、言葉が通じないのに、表現方法だけで果たしてどこまで分かってくれるのか、ということを試してみたいという時期には来ているかもしれません。海外では今でもアジアが一緒くたにされていますから、あくまで、きちんとした「日本人」を演じてみたいですけどね。「おかしいな」と思いながら演じるのは嫌ですから、自分が納得できる作品と役があれば挑戦してみたいと思います。
「ジャポニズム2018」の一環で、来年フランスで舞台「海辺のカフカ」に出演されますね。村上春樹さんの小説は無国籍的であることが世界的に受け入れられやすかった要素でもある気がしますが、寺島さんはこの作品にも「日本」を感じられますか?
そもそもこの舞台への出演を決めた理由というのが何よりも、蜷川幸雄さんが創った「海辺のカフカ」だからなんです。フランスでは劇場のディレクターの権限が絶大で、同じプロダクションでもディレクターの采配一つで受け入れ作品が決まるそうです。実は当初、持っていこうとしていた作品は「海辺のカフカ」じゃなかったそうなんです。というのは、「海辺のカフカ」はガラスを使ったりなど、セットを作るのが大変で莫大な資金もかかりますので、「もう少し簡単な設えで出来る作品を……」と提案したそうなのですが、ディレクターの「『海辺のカフカ』なら」という鶴の一声で決まったんです。 「海辺のカフカ」は再々演で、私は観ていない舞台でした。以前は、田中裕子さんや宮沢りえさんがこの「佐伯」という役を演じられています。私は基本、他の方がやられているお芝居はその方のために創られている場合が多いので敬遠するんですが、今回の場合は、もう亡くなってしまいましたが、また蜷川さんのお芝居に出られるのだったら、ましてやフランスで出来るのだったらということで、迷いはありませんでした。それに、主人に「コリーヌ劇場でやるんだって」と話したら、「つまらないエゴは捨てろ。コリーヌ劇場でやれるということがどれだけすごいことか、僕は知っている」と言ってくれて、その言葉も後押しになりました。彼がいなければ、気持ちは動かなかったかもしれません。日本人がいくら「すごい劇場だ」と言っても信じなかったかも(笑)。主人がそこまで言うのだったら……と、心を決めました。子供もまだ大変な時期にありますし、家を空けたくなかったので、いろいろ考えたんですが、自分の生の演技を観ていただける、しかもフランスの由緒ある劇場で目の肥えたお客さんを前にこの作品をお披露目できるのは、自分にとっても大きな挑戦で、来年の楽しみの一つですね。
昨年は歌舞伎の舞台「座頭市」にも出られましたね。もしもご自身が男性だったら、どの演目をやってみたいですか?
「弁天小僧」はやってみたいです! 先月父が演じたばかりですが(歌舞伎座百三十年「團菊祭五月大歌舞伎」にて)。お家芸ですし、こういうものを観て育ってきましたので、やっぱり粋だな~と思うんです。
歌舞伎って特別な伝統芸です。でも、「ザッツ・伝統」のお家芸を守りつつ、若い役者たちが新たな試みにも挑戦していて、2020年に向けて、歌舞伎を世界の人々にアピールしたいという想いでみんなが一丸となってがんばっているところですね。
私はいわゆる、伝統芸能の家で生まれ育ちましたから伝統芸は大好きですし、でも気づいたらフランス人と結婚していて(笑)、世界に出ようなんてこれっぽっちも考えていなかった人間が、彼のおかげで世界を見てみようという気になれたんです。両方の立ち位置に身を置ける私は幸せだなと思いますね。
フランスの方とお暮らしになっていることで、日本の良い面・変えるべき面に気づかされるでしょうね。
そうですね。とにかく主人は、こよなく日本を愛している人なんです。私以上に日本人を理解しようとしてくれていて、「日本人はなぜ、日本の文化にプライドをもってないんだ?」とよく言うんです。日本の古来からある美をなぜ、わざわざ西洋風に変えて発信する必要があるんだ?と。彼の仕事はまさにその疑問に立脚していて、パーティーやイベントを企画して、日本の「本物」を海外からいらした方々にお見せするということをやっています。「日本の良さ」を守ろうと、日本人以上に心を注いでいる人で、私も目を開かされました。
息子さんも歌舞伎を始められ、お母様同様、演者の世界に足を踏み入れられたわけですが、息子さんが成長されたら見てもらいたいご自身の出演作はありますか?
(しばらく考えて)特にないですね。息子のためにやっているわけじゃないですし、女優はあくまで、自分の快感のためにやっていますので(笑)。自分自身がひたすら表現することが好きで、やれているだけで幸せです。
ただ、彼は私の舞台はよく観に来てくれるんです。「どう感じているんだろう?」と思いますけどね。要所要所で台詞を覚えていて、自分でやってみせたり、私をその役の名前で呼んだりします(笑)。断片的に自分の好きなところをチョイスして覚えている感じです。私の仕事に興味があるわけではないんです。
ただ、歌舞伎は昼夜、ずっと座って観ています。大人でも疲れるじゃないですか。どこをどう切り取って理解しているのか分からないんですが、とにかく好きみたいです。すごく贅沢な環境にあると思いますね。5歳にして、生の場で観て聴いて、ときには演じられるなんて。
お仕事にしろプライベートにしろ、とても充実した40代を迎えていらっしゃいますが、今後挑戦してみたいこと、夢はありますか?
特にはないんですけど、ただ、自分がまだまだだなと思う瞬間って、海外のレッドカーペットを歩いた時なんです。海外のスターたちにはカメラが群がるのに、自分はスルーされちゃったり(笑)。その時は「あぁ、自分はまだまだだな」と感じます。ですから、「あ、あの人!」と気づいてもらえるようになれたらいいなぁと、漠然とした野望だけは抱いています(笑)。
観客の人気投票による「ニッポン・シネマ賞」も受賞した『オー・ルーシー!』(07)では恋をしたことで平凡な日常から抜け出そうとするOL、『ヴァイブレータ』(03)では心に深い孤独と闇を抱えた彷徨する女性、『裏切りの街』(06)では出会い系サイトで知り合ったフリーターとの不倫に溺れる専業主婦、『幼な子われらに生まれ』(07)では不治の病の再婚相手を看病しながら働く女性。
孤独と寂しさに耐えながら懸命にもがき、自らの生と格闘し続ける女性たちの姿を、圧倒的な演技力で、スクリーンと観る者の心に刻み付けてきた寺島さん。お会いできたご本人は、たおやかで輝くような美しさをたたえながら、一本筋の通った芯の強さも感じさせられる、とても魅力的な女性だった。
インタビュー後、寺島さんにすっかり魅了されて、とろけた頭でホテルに帰り着いた途端、はっと気づいた、写真を撮り忘れたことを。せっかく写真を撮ってもかまわないと言ってくださったのに……仕方ない、オフィシャルか昨夜の舞台挨拶で撮った写真を使わせていただこう……としょんぼり自分を責めていたところに、電話が鳴った。「写真を撮られませんでしたね? あと10分くらいは居ますから、近くにおられるようでしたらどうぞ」と。なんという、ご親切! 全力疾走で取って返し、無事撮影させていただいたのが今回の写真だ。大ポカをしたわたしにチャンスをくださり、感激することをしきりだった。
ドイツでも観客を虜にした寺島さん。日本映画界を牽引するのみならず、必ずや世界に名を残す女優として、なんといっても、わたしにとっては出演作を必ず観たい役者の一人として、今後もそのご活躍が楽しみでならない。
(取材・文・写真:Maori Matsuura)