ドイツ・フランクフルトで開催される欧州最大の日本映画祭「ニッポン・コネクション」が本年度、第17回目を迎え、日本映画に特別な功績を残した人物に贈られる名誉賞受賞者に選ばれた、日本が誇る名優・役所広司が来独。記者会見に出席した。
まずはご挨拶をお願いいたします。
グーテン・ターク。やっとこの映画祭に参加することができて、本当に幸せです。日本映画の良い作品をまとめて観られる映画祭だとずっと思っていました。日本映画をこれほど愛情をもって観てくださる映画祭は世界中でここだけだと感じていましたので、早く来てみたいと願っていました。実際今日、この映画祭の会場に来て、日本映画を愛してくださるドイツの方々にお会いし、あらためて日本映画が愛されているという実感を得ました。これからもまた、この映画祭で上映されるような映画に参加していきたいと、つくづく感じました。ダンケ・シェーン。
役所さんをお迎えできて本当に光栄です。さて、今夜上映される出演作『日本のいちばん長い日』は、かつて岡本喜八監督が映画化したこともある作品ですが、単なるリメイクではありませんね。阿南陸軍大臣の役にはどのようにアプローチされましたか?
まず、実在した人物を演じるというのは、ご遺族の方々もいらっしゃいますので、大変緊張するものです。確かにおっしゃったように、岡本喜八監督の作品がありました。それは4時間近い映画でしたが、それを2時間くらいにまとめることになるので、内容的にはコンパクトになるわけですが、原田監督が自信を持って作りたいとおっしゃいましたので、ぜひ参加してみたいと思いました。
戦後70年を記念して作られた映画だったのですが、あの戦争からまだ70年しか経っていないんだなぁと感じながら撮影に臨みました。この映画のバックグラウンドには同盟国であったドイツも登場してきますけれど、もうあの70年前には戻りたくないと皆さまに感じていただければ嬉しいです。
俳優人生は40年ほどかと存じますが、これまで日本映画の辿ってきた軌跡に関してはどのように感じていらっしゃいますか?
僕が俳優になって映画に出始めた頃は、日本映画は興行的にはあまり成功していなかったと思います。ちょうど今、こちらでも特集されている日活ロマンポルノの監督たちが商業映画を作り始めた頃です。僕たちは、予算が少なくて上映館数も少ない映画でも、大きなスクリーンで上映されるということに夢を持っていましたので、映画への情熱は大いにありました。現在は、コミックを原作とした実写映画とか、日本のアニメは世界的に有名なので、商業的には大成功しているんだと思います。
しかしながら、この「ニッポン・コネクション」に呼んでもらった映画の監督たちの作品などは、非常に企画が通りにくいという現状があります。でも、この映画祭に参加した監督たちは、ここで映画作りに対する勇気をもらって日本に帰って、これからも頑張っていくんじゃないかなという気がします。
僕の夢は、もう少し大人が楽しめる映画が作れるといいなと思う今日この頃です(笑)。
舞台に出演されるプランはありますか?
僕が俳優になったのは、初めて本格的な演劇を観て「あぁ、俳優ってすごいなぁ」と思ったからなのです。俳優になった初期の頃は、毎年1本は演劇の舞台公演をしていたんですが、日本人が書いた日本のオリジナルの物語というものが少なくてですね、となると、イギリス、ドイツ、アメリカのような外国でヒットした戯曲を翻訳して上演することが多かったわけです。そんなわけで、僕も外国人の役、トムだったりジョージだったり……といった役をやってきました(笑)。でも、ずっと違和感を覚えながらやっていました。そして、翻訳には限界があるということに気がついて、やっぱり日本人が書いた日本人の物語をやってみたいと思い始めて、日本人作家のオリジナル脚本をやろうとすると、どんどん演劇から遠ざかってきたような気がします。
そんな頃に映画と出合って、日本だけで上映されているものだと思っていたんですが、いろいろな国の方々が自分たちの作った映画を観ているということを知って、それから映画の魅力に取りつかれたという感じです。外国を旅行していると街の人々から声をかけられ、「『Shall we ダンス?』観ましたよ。素敵な映画でしたね」とか言われたりするのは嬉しかったですね(笑)。
テレビの仕事も昔はやってましたけど、ここ何十年間はほとんど映画だけの仕事をしてきました。これからはテレビや演劇の仕事も、良い作品に出合えたら積極的にやっていきたいと思っています。
日本の演劇の状況は不勉強であまり分からないのですが、若い人たちは本当に一生懸命自分たちのオリジナルを作って、小さな劇場で頑張っているように思います。
海外の映画にも多く出演されていますね。
確かに、外国の映画にはいくつか出ました。その中でも日本人の役をやっているので違和感はないんですが、日本人なのに英語をしゃべっているという違和感はありましたね。まあ、でも、それはしょうがないのかなと思ったりもします。
海外の映画の現場は、日本と違うと感じられますか?
あぁ……(笑)。アメリカ映画を例に挙げると、とにかくスタッフの数が多いんですね。この人は一体何の仕事をしてるんだろうと思う人たちがたくさんいます。日本映画はみんなで、例えば美術の仕事も手伝いますし、時には俳優も一緒にスコップを持って手伝うような撮影現場ですが、いわゆるハリウッド映画は厳格にパートで分かれていて、みんなただただ自分の出番をじっと待っているという感じですかね。ただ、ハリウッド映画というのは、僕もそんなに詳しいわけじゃないですけど、世界中からさまざまな才能がたくさん集まっている所なので、ドイツの方たちもアメリカに行っているでしょうし、映画作りもスケールの大きさというのはつくづく感じます。ドイツの映画の現場は存じ上げませんが、日本のスタッフは、低予算の中で素晴らしいものを作り上げる本当に優秀な方たちが多いと思います。
作品を選ぶ基準をお教えください。
若い頃は何も知らなかったので、来た仕事を次から次へと頑張ってやらなきゃと思って参加していました。仕事を選べる環境になってからは、基準としては台本とか監督とかを含め、「こんな映画だったら、出来たら自分も観てみたいなぁ」と思えるかが僕の選択の基準です。まぁ、これからそんなに贅沢に選んでいられなくなれば、何でもやるようになると思います。ロマンポルノにも挑戦してみたいと思います(場内爆笑)。
演技についてお聞かせいただきたいのですが、例えば父親役でもさまざまな人物を演じていらっしゃいます。どのように演じ分けるのですか? 例えば『バベル』の父親はものわかりがよいお父さんですが、『渇き。』の父親はとても激情的・暴力的な人物ですね。
俳優という仕事は、そういう得体の知れない人間を演じられるというのが面白いところで、そこに近づくために一生懸命努力していくのが一番面白い作業なのかなと思います。ただ、僕自身どんな人間なのかを実は分かっていなくて、役をもらって「この人はどんな人なんだろう」と思いながら台本を読むわけですが、「なんとなく、自分にもこういうところがあるな」というところを探していくと、そこに演じることのリアリティが出てくるような気がします。自分を錯覚させながら役の人物に近づいていくことが、僕の役の作り方かなと思っています。
本日上映していただく『日本のいちばん長い日』では阿南陸軍大臣をやりましたが、戦争を終わらせるのか、それとも、まだ本土決戦に向けての戦いを続けるのかという非常に重い決断をしなくてはいけない人物を自分が演じる中で、どうしたって自分はそんな大きな人物じゃないことは分かっているんですけど、「あぁ、でも俺にもこんなところはある。同じようなところがある」と自分を信じ込ませて作っていったような気がします。
いろいろな準備はしてもやっぱり、撮影の現場に行って、共演者の人たちの顔を見たり、お芝居をしたときに感じるものが一番大事だと思っています。
今やすっかり世界的な名声を得ている役所広司さん。今回、日活の「ロマンポルノ・リブート・プロジェクト」作品『牝猫たち』が上映された白石和彌監督の新作『孤狼の血』の撮影が終了したばかりという合間を縫って来独され、ドイツのファンを大いに喜ばせた。世界三大映画祭などの華やかな映画祭とは異なり、日本映画・文化を愛するボランティアが一生懸命に企画し開催にこぎつけている、ちょっと夕張映画祭を彷彿とさせる、手作り感あふれた、小さいけれども熱意と活気に満ちたとても素敵な映画祭だ。そういう場に駆けつけ、捧げられた栄誉にきちんと謝辞を示される役所さんの、人としての温かさをつくづく感じさせられた。多くの監督たち、そして、最終日に役所広司という大スターを迎えられ、映画祭のスタッフたちはどれほど報いられたことだろう。
それにしても、観る映画、ほとんどどれもドイツ人で満席だったのは嬉しい驚きだった。役所さんもおっしゃったように、ここに来れば良質の日本映画をまとめて観ることができる。ドイツ人と一緒に母国の映画を観て、一緒に笑い、心を熱くすることのできるこの映画祭、病みつきになるなぁ。
(取材・文・写真:Maori Matsuura)