映画『The Son/息子』のプレミア試写会が3月5日(日)に都内で開催された。上映後にはフロリアン・ゼレール監督がロサンゼルスからオンラインで舞台挨拶を行い、映画を観終えたばかりの観客からの質問に答えた。大きな拍手で迎えられたゼレール監督は「日本で最速の試写会とうかがっていますが、本日は足を運んでいただき光栄です。映画を作るのは単に自分のストーリーを伝えるためだけでなく、皆さんと感情を分かち合うためでもあります。いま、まさにそういう瞬間に立ち会えることを嬉しく思っています」と挨拶した。
2021年度アカデミー賞®で2部門を受賞した『ファーザー』に続く「家族3部作」の第2部にあたる本作。もともと戯曲として執筆され、世界各国での上演を経て、ゼレール監督自身の手で映画化された。心を病んだ息子と彼を受け入れ、支えようとする父親の姿を描く本作だが、ゼレール監督は「心の病」をテーマにしようとした理由について、「戯曲を書き始めたのは、非常にパーソナルな思いから始まっています。ただ、書き進める中で、これは誰もが共感できる内容だと感じました。多くの人が、自分の周りにも心の痛みを抱えている人がいると思いますし、このテーマについて、もっとオープンに話し合われるべきだけど、実際にはされていない。そういった思いで書きました」と明かす。戯曲は最初に監督の母国であるフランスのパリで上演されたが、その時の観客の反応について感慨深げに、「舞台を観た人たちのリアクションに心動かされました。多くの人が劇場で出待ちをしてくれたのですが、そこで掛けられた言葉は(上演への)お祝いの言葉ではなく、皆さん、ご自身のストーリーをシェアしてくれたんです。『うちの息子が……』『娘が……』と自分の体験を語ってくれる姿を見て、改めてこれは多くの人にとって身近な問題であり、多くの人が周りの人たちを『助けたい』と思いつつ、どうしていいか分からない立場にいると感じました。メンタル・ヘルスについては、罪悪感や羞恥心、否定する気持ちから、なかなかオープンに語られません。この映画をきっかけにオープンな対話ができるようになればと思っています」と語ってくれた。
前作『ファーザー』では認知症にかかった父親の姿を、そして本作では心の病を抱えた息子を描いているが、こうした題材を描き続けるのはなぜなのか?一見、ネガティブに捉えられがちな、こうしたテーマになぜ惹かれるのか?という質問に対し、ゼレール監督は「2つの映画はかなり違う作品だと思っています」と前置きし、こう続ける。「『ファーザー』では、主観的に観客の皆さんを主人公の脳内に置いて、いろんなことが分からなくなっていくという認知症の感覚を体験するような作品です。一方で、今回の作品は、心の病を掘り下げていくようなことはしていませんし、痛みや苦しみを追体験するようなものでもありません。(心の病を抱える)ティーンエイジャーを周りの人々が助けようとするけど、どうしていいか分からなくなっていく姿――つまり“無力感”を描いており、この物語は“悲劇”であると思います。ただ、悲劇というものを描く上で、僕には信念があります。それは、かける言葉や会話が違っていたり、自分に必要なものについて声を上げることができたならば、異なる結果を導き出すことが可能だということです。こうしたトピックに対し、私たちはどう対峙しているのか? 助けを必要としている人たちをどうしたらより効率的に助けることができるのか? そういう問いかけを投げかけている映画だと思います」と語った。
さらに、ヒュー・ジャックマンが演じた父・ピーターの存在についても言及。「この映画は、彼の目を通して描かれていますが、しかし、彼は“盲目的”な状況に陥ってしまっています。息子を深く愛しつつ、でもそれだけでは足りず、息子に対する罪悪感から周囲が見えなくなっている状況です。この映画が、まさにこの罪悪感について考えるきっかけにもなってほしいと思います。というのは、この罪悪感というものは、メンタル・ヘルスについて語るとき、全くの無関係のものだからです。メンタル・ヘルスについて、他の身体的な病と同じような形で語られるべきだと私は思っています。それもこの映画のテーマのひとつです」と語る。劇中の病院のシーンでは息子が「家に帰りたい」と懇願する一方で、医者はそれをよしとせず、親は両者のはざまでジレンマを抱くが、監督は「親が、子が抱える問題について答えがないということ、自分たちにできることがないというのを受け入れるというのはつらく大変なことですし、時間がかかります。でも、実際にはその時間さえもないんですよね」と親の立場の難しさについても思いを馳せる。また、劇中でヒューが、一風変わったダンスを披露しているが、抜群のダンス・スキルを誇るヒューが、ヘタクソなダンスを踊るというこのシーンについて、監督は「もともと、このシーンは見ていて恥ずかしくなるような踊りでなくてはいけませんでした。ヒュー自身、いくつかのダンスのパターンを考えていて、実際に自分の娘さんの前で『ちょっと見てくれない?』と試しに踊ってみたそうです。そうしたら『パパ、それで大丈夫! メチャクチャ恥ずかしいから!』と言われたそうです。ヘタな演技をするには、上手でなくてはいけないというのもひとつの真実ですね」と裏話を明かしてくれた。
また、映画の最後に入る「to Gabriel」という献辞について質問が及ぶと、「Gabrielは私の息子です」と明かし、「これを入れるべきかどうか長く考えました。ただ、この映画はメンタル・ヘルスに関して、恥ずかしく思わず、オープンに話すきっかけになればという思いでつくった作品なので、私自身もそうあらねばという思いで、献辞を入れる決断をしました。家族の間のメンタル・ヘルスの問題は、ブラック・ホールのようなもので、ひとりの個人だけでなく、周りの人々の命までも吸い込んでしまうものであり、簡単な答えがあるわけでもありません。特に親の立場で『自分たちは間違っているんじゃないか?』『自分たちのせいなんじゃないか?』と考えてしまい、罪悪感が生まれ、それが人を盲目にしてしまうのです。そうした罪悪感や羞恥心を持たずに、この問題を話し合うことができれば、私たちは互いをより助け合えると思います」と呼びかけた。
舞台挨拶の最後にゼレール監督は「この戯曲は、2年前に日本でも上演されています(「Le Fils 息子」)。その時は、この映画の撮影をしていたこともあって来日できませんでしたが、私は日本にどこか通ずるものを感じています。今回、こうして物語と感情を皆さまと分かち合えて嬉しかったです」と語り、温かい拍手の中で舞台挨拶は幕を下ろした。
『The Son/息子』は3月17日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開。
登壇者:フロリアン・ゼレール監督(Zoom) MC:立田敦子(映画ジャーナリスト)
フロリアン・ゼレール監督プロフィール
1979年、フランス生まれ。作家、劇作家、監督。ロンドンのタイムズ紙に「現代において最も心躍る劇作家」と称賛される。「The Father(原題)」、「The Mother(原題)」、「The Truth(原題)」、「The Lie(原題)」、「The Height of the Storm(原題)」などの戯曲を手掛け、45ヵ国以上もの国で上演されている。パリ、ロンドン、ニューヨークで多くの賞を受賞したヒット作であり、ガーディアン紙からは「過去10年の間で最も優れた劇作品」と絶賛された「The Father」を、自ら脚本、監督を務めて2020年に映画化。長編映画初監督作となったその作品『ファーザー』(日本語タイトル)は、アカデミー賞🄬6部門にノミネートされ、主演男優賞と脚色賞を受賞。さらに、英国アカデミー賞主演男優賞と脚色賞、セザール賞外国映画賞にも輝く。監督2作目となる本作の原作戯曲「The Son(原題)」も、2019年にロンドンで初上演され、数々の賞を獲得し、日本でも2021年に上演されている。
公開表記
配給:キノフィルムズ
3月17日(金) TOHO シネマズ シャンテほか 全国ロードショー
(オフィシャル素材提供)