2011年12月20日に、宮本武蔵と吉岡一門の決闘をモチーフに、坂口 拓が世界初77分ワンシーン・ワンカットで588人を斬った映画『狂武蔵』。開始5分で指の骨が、最終的には肋骨も折れ、歯を食いしばっていたことで奥歯が4本砕けた。50分を超えた頃から、殺気がなくなり、全身の力が抜け、五感を研ぎ澄まし本能で戦う、半ドキュメンタリー。
坂口は、撮影後になぜか虚しさが募り、リアリズム・アクションへの限界を感じ、引退。2013年4月12日、正式な音楽や効果音、映像処理などのポスプロ作業は仮のまま『坂口拓 引退興行 ~男の花道 最後の愛~』で1度だけ上映された。坂口の俳優復帰作である下村勇二監督作品『RE:BORN リボーン』(17)を見た旧友・太田誉志がお蔵入りとなっていた『狂武蔵』の権利を買い取り、下村が監督として、2019年3月23日と24日に追撮を敢行。追撮には、下村がアクション監督を務め、坂口がラスボス・左慈を演じた『キングダム』主演の山﨑賢人が、2人の想いを聞き、出演を快諾した。
公開初日記者会見では、主演の坂口 拓、監督の下村勇二監督、プロデューサーの太田誉志が登壇。坂口が、9年の時を経て友人たちの協力で蘇った本作の初日を迎えた想いを、下村は、本作が「坂口の中で成仏できていないから、成仏させてあげたい」と太田に涙ながらに熱く語った想いを、また、本作に出演した山﨑賢人が、外見の印象よりも“男”だという秘話などを語った。
『狂武蔵』は、本日公開初日を迎えたが、新型コロナウィルスの影響で、新宿武蔵館では対面での初日舞台挨拶が行えず、監督のスタジオで会見が開かれた。主演の坂口 拓は、「本当に今日の日を迎えられて嬉しいです」と挨拶。『キングダム』のアクション監督でもある本作監督の下村勇二は、本作について「エンターテイメント的な映画ではないので、普通のアクション映画として観に来られると裏切られると思います。戦いを通して坂口 拓の生き様が映し出されているので、それを見ていろいろなことを感じて、感動すら覚える。勇気をもらえる映画」と説明した。
本作は、77分1シーン1カットで、坂口拓が400人以上を斬ったことで話題だが、その部分は9年前の2011年12月20日に撮影された。改めて撮影の経緯を聞かれた坂口は、「(劇中のセリフに合わせポスターでは)400人となっていますが、実際は588人斬りました」と訂正。『剣狂-KENKICHI-』という映画で、園 子温監督に依頼されて、「最後の10分だけリアルにアクションをやるはずだったんですが、いろいろな経緯があって、映画が一度潰れ、(70分以上という規定のある)長編映画に挑戦したく、10分リアルにやるのも77分リアルにやるのも一緒だと思い、男の意地で77分ワンカットに挑みました」と説明。
坂口は、「『相手に対して思いやり、リスペクト、怪我をさせない。』この3つを守れば、僕は映画の中で殺し合いをしてもいいと思っている」とのことで、「本来はアクションマンが実際に役者さんを狙って刀を振るということは、怪我に繋がるのでしないけれど、それを1年かけて、『顔や目、喉、頭、体、好きなところを狙って来い』という練習をさせました。『キングダム』の撮影でも、『よーい、スタート』でスタントマンの人たちが全然斬りに来なかった時は、僕はただ立っていた」と坂口が話すと、下村監督も、「彼は、本気でかかって来られないと避けないんですよね。受けないんですよ。スタントマンたちには、『彼を殺してもいいから本気でかかれ』と指示を出した」と付け加えた。
「柔らかい刀で8ヵ月、木剣で3~4ヵ月かけて練習したけれど、その映画が流れてしまい、『剣狂-KENKICHI-』のプロデューサーが謝って、『映画は潰れたけれど、最後にスタッフに言いたいことありますか』と言われた。アクションマンがこの映画にかけて頑張ってきていたので、『機材を返す前日に1回だけ1カットに挑戦できないか』と言ってやりました」とのこと。77分中、芝居どころが唯一休めるところだったので、リハーサルで動線と芝居を確認。夕景狙いの1発勝負だったが、「開始5分で指の骨が折れてしまって、『俺は何をやろうとしているんだ』と心も折れました」と述懐する。
77分部分の撮影した後の精神的ダメージを聞かれた坂口は、「ボロボロになって、役者のほうを引退しました。リアリズム・アクションは見ているお客さんには伝わらないんです」と当時の心境を吐露。下村監督も、「『RE:BORNリボーン』の前は、彼が何をやっているのか分からない時もあった。時代の先に進んでいたのかもしれないが、リアリティ・アクションは当時にそぐわなかった」と同意。坂口は、「(自分が役者を狙う時は相手を怪我にさせないために立ち回りを覚えるが、自分を狙わせる時は)立ち回りを覚えないというのは、みんな理解しない。『狂武蔵』がその集大成だった。お客さんに伝わらなければ、自己満足で終わってしまう。アクションマンが、僕と実際にアクション・シーンで絡んでみて、『ただの乱暴の人じゃなくて、アクションの人間なんだだと分かる』という感じだった。」と当時を振り返る。
下村監督も、「坂口は意外と怪我させないんです。こう見えて、意外と相手にも合わせる」と証言。坂口は、「リアリズム・アクションは、見た感じはただの暴れん坊に見える。役者を一度引退して、軍事格闘をやるようになって、ウェイブという技を手に入れて、リアリズム×ウェイブになって、進化したので、そこでやっと皆が理解してくれた。リアリズム・アクションというものを、YouTubeで見ている人と一緒に作り上げていける道になってきた」とこれまでの道のりについて語った。以前はまだこの映画を客観的に見られないと言っていたが、「もう今は見られます。当時は見ると吐いたりもしましたし、嫌な思い出しかなかったんですが、皆さんの想いで復活したので、今はへっちゃらです」と話した。
77分部分はスタッフとして関わっていなかった下村監督は、その77分部分の映像を見て、「冒頭は正直言って面白くないんです。それが、40分位超えてからどんどん変わっていくんです。限界を突破して、体の力が抜け、瞳孔が開いて、相手を見ないで気配だけで本能だけで斬っている。その辺から、彼の生き様が映像を通して見えてくるのが面白い」と絶賛! 坂口は、実際、77分部分の撮影中に進化したとのことで、「リアリズム・アクションだと、(立ち回りが決まっていないので、相手の出方を待つ時間があったりと)段取りっぽくなるというおもしろ現象が起きた。ただ、自分の肉体の限界を迎えた時に、対峙する側も限界を迎える。スピードもパワーも後半のほうが上がっていって、映画の中で強くなっていった」と話した。
常に緊張感を保つために、真剣を持った剣術家も77分の途中で入れたそうで、「映画館で見たら分かると思うけれど、向こうも手が震えていた。僕もその時初めて緊張した。あの時に肋骨が2、3本折れた」とのこと。「ずっと食いしばっていたため、歯4本砕けた。撮影の次の日に『朝食に砂を食べたかな?』と思うように奥歯が砕けた。歯医者さんのお金だけがいまだにショックです」とジョークを交えながら話した。
下村監督はちょうど3年前の2017年8月に公開された坂口拓俳優復帰作の『RE:BORN』を監督し、アクション監督を務めた昨年公開の『キングダム』でも坂口 拓とタッグを組んだ。のちに本作のプロデューサーになる太田に、9年前に撮影してお蔵入りになっていた『狂武蔵』を世に出さなくてはいけないと涙ながらに語った。「今覚えば、なぜ語ったのか分からないのですが、太田Pとは、10代の時にアクション・クラブで同期だったです。彼が先に辞めてしまって、当時まだ携帯がなかったので、連絡先も分からず、約30年ぶりに『RE:BORN』をきっかけに再会したんです。『RE:BORN』、坂口 拓のことを熱く語って、眠っている『狂武蔵』をなんとかしたいと語って、彼が僕の気持ちを汲んでくれて、権利を買って、復活させようと一緒に動いてくれました」と本作完成の原動力となった熱い想いを語った。
音楽と効果音と血のCGを足すための予算をクラウドファンディングで募った際は、下村監督は「追撮(追加撮影)することは最初考えていなかったので、この映像をどうやったら世に出せるか考えた。心情はセリフでは説明されていないので、バケモンが戦っているドキュメンタリーとして、アニマルプラネットとか『アース』みたいにナレーションを入れて、心情はナレーションで説明したら面白いんじゃないかという話をしていた」と驚きの事実を話した。
クラウドファンディングで予想以上の資金が集まったので、下村がアクション監督を務め、坂口がラスボス・左慈を演じた『キングダム』主演の山﨑賢人が、2人の想いを聞き、出演を快諾し、昨年3月23日と24日に追撮を敢行。「77分部分の台詞は一個も決め事がなくて、しゃべりたかったらしゃべればいいということだった」とのことで、下村監督が、「台詞の量としては(クレジットとしては二番手の)賢人君のほうがしゃべっている」とツッコミを入れる場面も!
下村監督は、クランクアップの瞬間のことを聞かれ、「カメラマンの長野(泰隆)さんしかり、9年前のスタッフもいたので、最後のカットを撮る時に異様な緊張感があった。OKをかけるのは僕じゃないですか。これで『OK』と言ったら9年間の全てがクランクアップするというすごい緊張感があると同時に、坂口 拓の表情やいろいろな方の表情を見た。今までの映画では経験したようなことがないような感覚。山﨑君は先にアップしていたけれど、最後を見届けようとずっと近くにいて見てくれていたのが嬉しかった」と回想。
坂口は、「俺も緊張感を感じてて、『カット』で終わった時は、俺も振り返って現場をちょっと離れた。77分間戦い抜いた俺が偉いんじゃなくて、カメラマンの長野さんやスタッフや絡んでいた(アクション・チーム)ZEROSのメンバーが俺よりもすごいことをやってくれた。付き合ってくれることが嬉しかったし、それが全部終わるんだなと思って、胸に込み上げるものがあった」と当時を振り返った。
山﨑賢人について下村は、「今回の参加も、可能であればぜひ参加してほしいと言ったら、『ぜひ』と速攻その場でマネージャーに電話してくれた。追撮は2日あって、賢人くんは自分の出番が終わった後も、坂口が戦っている姿を『ちょっと遠くから見させてください』ということで、寒い日だったけれど、ずっと楽屋に戻らずに、瞬きもしたくない、坂口の行動を見ていたいという想いでずっと現場にいた、熱い、気持ちで動いている男です」とエピソードを披露。
坂口は、『狂武蔵』と坂口 拓を1人でも多くの方に知ってもらうために、「狂武蔵たくちゃんねる」というYouTubeチャンネルを始めたりと、長い年月、宣伝してきた。いよいよ初日を迎えて、「たくちゃんねるの登録者も23万人になりました。リアリズム・アクションを育てていって、俳優さんができるやり方じゃないからこそ、自分が役者をやる時は命を削らせてもらって、あともうちょっとしたら引退したいなと思います。次、侍映画ですべてを出し切って、日本の文化伝統を大切に遺したいです。まだ体を張れる年なので、がんばってやりたいなと思います。CG、カット割、ワイヤーを使うアクション映画も好きだけれど、自分はリアリズムと日本人の体を活かして、『すごいな、日本人は』と言われるような映画を作りたい」と抱負を語った。
登壇者:坂口 拓、下村勇二監督、太田誉志(たかゆき)プロデューサー
公開表記
配給:アルバトロス・フィルム
新宿武蔵野館ほか全国公開中
(オフィシャル素材提供)