“この男は分からないのだ、それでいいんだ、それでもこの役をやることはできるんだ”と思いながら演じていました
日本映画には欠かせない役者のひとり、西島秀俊の最新作『休暇』が公開される。吉村 昭の短編を原作とし、門井 肇が監督、佐向 大が脚本を担当した本作では、刑の執行を迎える死刑囚を演じ、迫真の演技で見る者に衝撃を与え大きな反響を呼んだ。先行公開された山梨では、重いテーマの作品ながら予想以上のヒットを記録している。初めての役どころで新境地を開拓した西島秀俊に、本作にかけた意気込みや映画観について聞いた。
西島秀俊
1971年生まれ。東京都出身。『あすなろ白書』(93)などテレビドラマで活躍後、『居酒屋ゆうれい』(94)でスクリーンデビュー。『ニンゲン合格』(99)、『Dolls ドールズ』(2002)、『カナリア』(05)、『さよならみどりちゃん』(05)、『メゾン・ド・ヒミコ』(05)、『LOFT ロフト』(06)、『大奥』(06)、『好きだ、』(06)など、インディペンデント系から大作まで様々な作品に出演。最近では、「純情きらり」(06)、「ジャッジ~島の裁判官奮闘記~」(07)など、テレビでの活動も増加している。今秋には、2本の主演映画『真木栗ノ穴』『東南角部屋二階の女』の公開が控える。
多くの作品から出演のオファーがあると思いますが、今回『休暇』への出演を決めた理由は?
いただいた脚本が素晴らしかったので、ぜひ参加させていただきたいと思いました。
その段階で、共演者の方は決まっていましたか?
何も知りませんでした。
いつも出演する作品をそのようにして作品を決めているのですか?
監督で選ばせていただくことの方が多いと思います。脚本の佐向さんとは、以前一緒に仕事をしたことがあります。その際には、佐向さんの担当は脚本ではありませんでしたが。また、(佐向の監督作)『まだ楽園』という作品を観ていたので、“監督として、いつか一緒に仕事をするんだろうな”と勝手に思いこんでいたこともあります。今回、読ませていただいたら、本当に面白い台本でした。
その脚本で、特に惹かれた部分はどこですか?
死刑囚が登場する映画はそんなに観ているわけではないので実際にどうなのかは分からないのですが、個人的な感想で言うと、死刑囚がメインで出てくる作品の大部分は、その死刑囚がなぜ死刑になったか? どんな事件だったのか? なぜ事件を起こすに至ったのか? 事件の裁判はどんなだったのか?……結局、刑が執行されることが是か非かみたいな点が、物語の核になっていると思います。
ところが、この台本ではそういったことが一切描かれていないのです。(自分が演じた)金田という男がなぜ死刑囚になったのかという点が全く描かれてなく、更に言うと、金田が何を考えているのか、金田が何を思って刑務所で生活しているのかを全く描いていない。そのことが、逆に金田という男の闇を大きく浮かび上がらせています。そこがすごく刺激的で、面白かったですね。
大部分のシーンがおひとりですが、その辺で苦労されたことはありますか?
苦労といえば、全てが苦労でしたが(笑)。どうやっても死刑囚の気持ちには到達できないわけで、それはどうしょうもないことだと思いつつ、それでも近づいていかないといけない。とにかく、ずっと緊張感を持ち、どんどん役に近づいていくという作業を続けることは、正直に言うと日々苦痛でしたね(笑)。だから、撮影期間が短くて良かったです(笑)。
撮影期間はどのくらいでしたか?
5日ぐらいでした。
では、その5日間はずっと金田になりきって?
僕は、役作りをした上で現場に臨むタイプではありません。役に成りきるという作業とはちょっと違うと思いますが、理解するというよりも、その役にずっと触れ続けるという緊張感、集中力を持続しようと考えてやりました。
死刑執行の前日に、大杉漣さんと柏原収史さんが演じた刑務官が禁止されているラジカセを持ってきて音楽を聴かせてやるあたりの金田の反応からは、刑の執行を予感したかのような見方も出来ましたが、出房を言い渡されて腰が抜けたようになってしまったシーンでは、やはり予感していなかったのかとも見ることができますし、うすうすは分かっていても直視したくない現実から目をそらしたいからあのようなことになったのかとも考えることができました。本当にリアルで素晴らしい演技だったと思います。
ありがとうございます。今回の脚本には、今言われたことは全て書かれていて、しかも、余計なことは一切書いてありません。“腰を抜かす”とか、ただ事実だけがぽんぽんと書いてあるわけです。そこが素晴らしかったですね。金田という男が、いったい何を感じているのか、何を考えているのか分からない。実際にどう感じているのかは、本当に真っ暗な海みたいな男で分からないのです。それでもその役が出来る、その気持ちは分からないけれど演じることはできる、そんな演技の方法はあるのではないか? と思っていて、そういう作業をやっていました。実際に、金田の気持ちを考えることができなくても、バックグラウンドや役のどこかに触れることができる脚本でした。ぽんと書いてあるト書きにつじつまを合わせるための理屈をつけようと思えばつけられるのですが、それをやりたくなかったし、“この男は分からないのだ、それでいいんだ、それでもこの役をやることはできるんだ”と思ってやっていました。
あのシーンで、大杉漣さんと柏原収史さんが演じた刑務官が金田の元に持ち込んだラジカセには、どんな曲が入っていたのですか?
そういうのも一切……(笑)。
秘密なのですか?
はい。誤解を恐れずに言えば、金田という男を演じた際には、モンスターみたいな役の方向でやっていました。でも、門井監督から「そうではなく、もっと人間的な部分を入れて欲しい。気持ちを説明することではなく、もうちょっと人間らしいアクションを」というお話があり、編集で人間的な部分を増やして下さいました。それだけ、脚本の金田という男は全く底知れない男ですね。
相手役の平井刑務官を演じられた小林 薫さんと共演されていかがでしたか?
もしかしたら、小林さんは僕とは違うタイプで、役をずっと作り込んでいかれて、現場でも自分が感じるリアリティをすごく重視して演技をされる方ではないかと思います。僕にも、「西島、これで気持ち悪くないか?」とか、「こうしたほうが良いのではないのか?」と言って下さり、現場ですごく助けてもらいました。先輩として共演しやすい、ありがたい俳優さんです。今の話で何となく判っていただけると思いますが、今回演じた金田という役は、“本当にどうやったら出来るのか?”というほどの役だったので、もしうまくいっているところがあるとしたら、監督や小林 薫さんを始め素晴らしい共演者の方々からいろいろなものをいただいたので、何とか集中力を切らさずにゴール出来たのかなというのが感想です。
相変わらず多くの映画に出演されていますが、今後の撮影・公開予定作品は?
西田敏行さんが菊池 寛さんを演じている『丘を越えて』(5月17日公開)と、『春よこい』(6月7日公開)という工藤夕貴さん主演の作品が公開されます。『東南角部屋二階の女』(今秋公開)もあります。自分にとって大きい存在だった『2/デュオ』(1997)という作品のカメラマンだった田村正毅さんと久々にご一緒させていただきました。本当に幸福で刺激的な日々で、きっと素晴らしい良い作品になっていると思います。去年の東京国際映画祭で上映された『真木栗ノ穴』(今秋公開)も公開されます。これも面白いので、ぜひ。僕の宣伝ばかりですみません(笑)。
以前、イランのアボルファズル・ジャリリ監督にお会いした際、「日本の俳優で知っているのは、(自作の主演に起用した)麻生久美子さんと、西島秀俊さんだけだ」と言われていました。キム・ギドク監督のウェルカム・パーティにもいらっしゃっていましたが、外国の作品に出演したいというお考えはありますか?
僕は、監督とのご縁で仕事をさせてもらっているという印象がすごく強いので、仮に海外の監督と一緒に仕事をすることになってもその気持ちはあまり変わりません。海外の監督だからというよりも、日本の監督と同じようにご縁があり、しかも作品がお互いの間にあって、これで一緒に仕事をしましょうということになれば、本当にうれしいと思います。自分にとって魅力的な監督から「西島、一緒にやろうよ」と言ってもらえたら、それが海外の監督だったとしても、日本の監督に対するものと同じ気持ちです。
最近、衝撃を受けた作品や監督はありますか?
そうですね。難しいなぁ(笑)。僕は本当に普通の映画ファンとして映画を観ているだけなので、日々映画を観ると衝撃を受け、感動したりいろいろ考えたりしますね。
すごく映画がお好きなので、将来的にはご自身で撮ってみようとか?
それはないですよ。
では、本当に映画がお好きなだけということですね?
そうですね。だから観たら忘れていくので(笑)、そんなに映画の話は出来ないですね。
映画の撮影のない時や映画を観ていない時には、何をしているのですか?
何をしているのかな? 体を動かすのが好きなので、体を動かしたりしていますね。でも、ありがたいことに仕事をいろいろやらせていただいているので、ずっとこうだったらいいなと思っています。あまり他にやることがないのでしょうね。
以前、釣りがお好きだと聞いたことがありますが?
本当ですか!? あぁ、何かそれあった! 僕、飽きっぽいんですよ。いろいろやるのですが、そして毎回楽しいなと思うのですが、結局は映画の現場が一番で、それ以外のことは、どこかで“それ以外のこと”という気持ちがありますね。
サーフィンもやられているとか?
そうですね、楽しいなとは思うのですが……。僕の友達に本当にサーフィンが好きな奴がいるのですが、そいつと比べると自分は何か不埒に関わっていて(笑)。映画の撮影があったら完全にそちらのほうに行ってしまうし、“その程度なんだな、映画以外は何をやってもそうなんだな”ということは感じます。
では、仕事が続いても、休みたいという気持ちになることはないのですか?
ええ、あまりないですね(笑)。
どんな作品のどんな役にも自然と成りきり、独自の存在感で素晴らしい演技を見せてくれる西島秀俊。本作で挑んだ死刑囚役では、見る者に忘れがたい衝撃を与え、彼の代表作のひとつと言える内容となっている。死刑制度の存続や凶悪犯罪の続発が話題に上ることが多い昨今だが、そういったことを抜きにしても見逃してはいけない傑作だ。
(取材・文・写真:Kei Hirai)
公開表記
配給:リトルバード
2008年6月7日より有楽町スバル座・お台場シネマージュ他にて公開