インタビュー

『うた魂♪』田中 誠監督 単独インタビュー

©2008「うた魂♪」製作委員会

 歌うことが大好きな合唱団の女の子がハプニングを通じて成長し、本当の合唱の魅力に目覚めていく『うた魂♪』が、公開された。皆で協力して歌うことから生まれるポジティブな感動が話題を呼んでいる本作のメガホンを取った田中 誠監督に、撮影の苦労話や見どころを聞いた。

田中 誠監督

 1960年生まれ。東京の浅草育ち。83年、大学在学中に応募した『すしやのロマノフ』で第3回ヤングジャンプ・シネマフェスティバル優勝。その後、フリーの映像ディレクターとしてテレビ番組の演出を経て、『ピストルオペラ』(2001・鈴木清順監督)のアシスタント・プロデューサー、『CASSHERN』(04・紀里谷和明監督)のアソシエイト・プロデューサーをつとめる。04年に『タナカヒロシのすべて』で監督デビュー。以降、『雨の町』(05)、『おばちゃんチップス』(06)を発表している。

この作品を監督されることになった経緯は?

 僕にとっては初めての全国公開の映画ですが、脚本家の方(栗原裕光)がコンクールで賞を取り、先に企画が決まっていました。次に監督は誰にしようか? ということになり、僕が推薦を受けて選ばれました。

クランクインに向けて、田中監督も栗原さんと一緒に脚本を手がけられましたが、その際にはどういったことに気をつけましたか?

 実を言うと、脚本はあまり直さないようにしました。最初、プロデューサーに脚本を読まされて、どう思うか聞かれましたが、主人公のかすみのキャラクターが、なかなか最近の映画にはいない、はた迷惑な女の子であるのがとにかく面白くて、これはぜひ活かしたいなと思いました。
 かすみのようなキャラクターは、邦画では寅さんぐらいしかいないんですよ。いわゆる加害者ギャグですが、周囲に迷惑をかけて引っかき回していく。まず、それがすごく面白かったですね。
 そして、ゴリさんに演じていただいたヤンキーのキャラクターの権藤を中心とした、湯の川学院合唱団がいて。
 「かつてこういう作品があって、次にこれがあって、今年はこれだ」みたいに比較される作品もありますが、僕からすればこちらはちょっと毛色が違います。それらの作品は通常、落ちこぼれの連中が寄せ集まって、がんばって練習して勝っていくというプロセスを描いています。だけどこちらは最初から強豪チーム。だから、1歩間違えると、“この作品の脚本はそうなっていないから駄目だ、書き直せ”となりがちなんですね。
 僕も、最初読んだ時に“面白いことは面白いけど、このまま撮ったらカタルシスがあるのか?”と迷いました。でも、途中で“それをやったら真似になるだけ。このままが良いんだ!”と考えるようになったんです。グループの成長物語ではなく、かすみというヒロインが成長していく話だと理解しました。“角を矯めて牛を殺す”という言い方がありますが、ここを大直しすることで、映画全体のトーンを崩してはいけないと思いました。
 ですから、根底はオリジナルの脚本のままです。かすみの成長を示すために1年生の3人組を登場させたり、最後に全員で大合唱したり、そういうところのアイデアは出しましたが、基本はそんなに変わっていないですね。

この脚本に出合うまで、合唱に抱いていた印象は?

 印象も知識も、全くなかったですね。僕の通っていた学校には合唱部はなかったんですよ。だから、合唱といわれても全くピンと来るものがなくて、とにかく取材をさせて下さいということになりました。かすみのキャラには惚れたのですが、合唱に関しては知識ゼロだったので、取材させてもらえないと判らなかったからです。そしたら最初に取材させていただいた高校の合唱を聞いて泣けたんですよ。それまでは、生の合唱を聴いてこれほど感動できるとは思ってなくて、これは素晴らしいなと思いました。この感動をちゃんと映画作品にすることが自分にとっての課題になり、ようやく目標が見えたわけです。

かなり多くの学校を回って取材されたのですか?

 スタッフで手分けをしていたので、僕自身は4校です。別の高校に助監督が行ったりしましたが、全部で7校ぐらいあるのではないでしょうか?

中でも、特に印象深かった学校や歌はありますか?

 早稲田学院の合唱部の連中が本当にナイスガイで、脚本は彼らから大きな影響を受けましたね。彼らはとても自主性があって、クラブ活動を全部自分たちでやっています。部長が経理までやってるそうです。選曲とコンクールに対するアプローチ、それから指揮も普段は生徒がやっています。こういう若者がいるのなら日本はまだ大丈夫だなと感動しました。後半のかすみがしっかりしていく部分は、彼らの日常活動がお手本でした。女の子たちの合唱部も取材しました。大妻中野高校です。彼女たちの可憐さもすごく良く、映画で使われた『ダンシング・シスター』とは別の曲ですが、自分たちの振り付けで歌って踊っていたのが印象的でした。自作の振り付けが素朴でとてもかわいらしくて。プロから見たらちょっと違うのでしょうが、その素人臭さがすごく良い。それに感動して、『ダンシング・シスター』に合わせて歌い踊るというシーンを、後から足しました。今回の振り付けはプロの方にお願いしましたが、“とにかく、上手い振り付けだけはしてくれるな。通常の振り付けの半分の量で良い。次々に振りが変わるのではなく、ひとつやって休み、ひとつやって休み、ぐらいの振り付けにして下さい”と、どんどん振り付けを減らしていきました。それでも、大妻中野の子たちの魅力まで到達できたのか判らないぐらい、彼女達は良かったですね。しかも、まじめですし。

ゴリさんのキャラが印象的でしたけれど、起用は監督が決めたのですか?

 プロデューサーの方々といろいろなアイデアを出していく中で決めました。ゴリさんのゴリエというキャラクターが大好きで、とても音感がある方だと前々からわかっていたので是非お願いしたいなと。お芝居も経験があって、その点でも信頼できました。それに、顔つきがすごい(笑)。アフロヘアに口ひげは決めていましたが、ゴリさんがヤンキー高校生をやったら絶対似合うだろうなと思っていました。実は、最初はサミュエル・L・ジャクソンをイメージしていて、ヘアメイクさんにもサミュエル・L・ジャクソンの写真を見せて、こんな感じでとお願いしました。ゴリさんもそのつもりでやったら、ライオネル・リッチーになったと言っていましたが(笑)。でも、アフロのかつらが似合いますよね。似合いさえすれば、お客さんはたぶん年齢を気にしないと思ったので、似合うことが大事でした。衣装あわせをした時には、安心しましたが。ゴリさんは不安だと言っていましたが、そんなことは全然ないですよね。

監督の年代だと、アイドル時代の薬師丸ひろ子さんをリアルタイムでご存知だと思いますが?

 これもプロデューサーの方々と相談していったのですが、最近の薬師丸さんの活躍は拝見しているので、立派な先生をやって下さると思っていました。しかも、コミカルな部分もとても上手いし。コミカルな役は難しいんですよ。それをやれることも薬師丸さんなら間違いないと思っていたので、お願いをしました。偶然だったのですが、薬師丸さんが合唱マニアだということを知らずにお願いをして、失礼をしてしまいました。最初にお会いして、役の説明をし、出演を交渉した時に、薬師丸さんから「実は……」とお話をして下さったので判りました。昔、お姉さんがコンクールで日本一になったこともあり、毎年、NHKのコンクールは欠かさず見ていて、“今年の杉並学院はどうだ”とか、すごくマニアな知識をお持ちだったので、“僕らより詳しいじゃないですか!”と驚きました。細かく説明しなくても、合唱がどんなものなのか体で判って下さっていたことが、とても良かったです。本当に神様が良い巡り合わせをして下さったのではないか? というぐらいピッタリの役をやっていただいたと思っています。

映画で使用された楽曲はバラエティに富んだ選曲で皆魅力的でしたが、選ぶために何曲ぐらいききましたか?

 それほどたくさん聞いたわけではありません。選曲の理由は、取材先の高校の生徒が歌っていた曲や、それに近い曲だということです。早稲田学院に取材に行った時、ポルノグラフィティの曲を歌っているのを見て、こういう曲でも合唱アレンジで歌うことができることを知り、絶対にJ-POPを1曲入れようと音楽プロデューサーに相談しました。そしたら『あなたに』のアイデアが出てきたんです。『あなたに』のデモ演奏を聞かされた瞬間に泣けたんですよ。この曲を会場全員が合唱すればすごいことになるなと思い、もう、それだけでラストシーンが浮かびました。『待ちぼうけ』は府中西高合唱部の子たちが歌っていました。『川』については、合唱で有名な曲で北海道出身の合唱の作曲家の作品で何かないかな? と探していた時に見つけました。

ヴォーカルで聞いた際と合唱で聞いた際で、魅力を感じた曲に差はありましたか?

 アレンジ次第だと思います。普通だったら、『あなたに』を合唱できるとは思いませんよね? でも、音楽プロデューサーからデモテープで聞かせていただき、全然合唱になっていたのですごいなと思いました。早稲田学院のポルノグラフィティがまさにそうだったのですが、たぶん、合唱に出来ない曲はないのではないでしょうか?

一番印象深かったのは、ゴリさん達が歌った尾崎 豊のナンバーでしたが、監督は個人的に尾崎への思いはあったのですか?

 もう少し老けています(笑)。尾崎さんが活躍している頃には既に大人だったので、尾崎さん世代ではないですが、改めて尾崎さんの曲を他の方が歌った時に、楽曲としての素晴らしさを思い知ったことはあります。

実際に、学生さんたちの中で、尾崎 豊の曲をあのように歌っていた例があったのですか?

 それはないですが、脚本が最初からあのようになっていました。

製作発表記者会見では、素晴らしいシーンがたくさん撮れたといわれていましたが、編集を終わられた今、一番印象に残っているシーンはどこでしょうか?

 どうなんだろう、どれかな……。喫茶店のシーンはとても気に入っています。出演なさった草薙幸二郎さんは、その後お亡くなりになってしまったので、残念ながらこれが遺作になりました。草薙さんにはとてもお世話になったので、最後に出ていただけてとても良かったと思います。誰かが歌い出すと自然に皆がついて歌い出すというのは、すごくやりたかったことですね。合唱をコンクール会場だけで演出してしまったら、良さは半分ぐらいしか伝わらないかなと思います。合唱も、ストリート・ミュージシャンも、基本は同じじゃないですか? だから、喫茶店でお茶を飲んでいる時に、ふと誰かが口をついて歌い出したら、歌を心から好きな人は歌いたくなるでしょう? 彼らはそれをハーモニーにすることが出来るからハモっているわけで、あのようにすっとハーモニーになる瞬間を映画の中に入れたいなと思い、そこは割とこだわりました。あのようなシーンとして活かすことが出来たことはとてもうれしいので、ぜひ観てもらえればなと思います。

ケータイ小説のように波瀾万丈があるわけではなく、誰も死なない作品ですが、かすみと同世代からはどんな反響があると思いますか?

 本当に判らないです。今、実際に青春と直面している子たちがどのように捉えるかが、一番怖いですね。かすみという主人公は、最初は自分のことしか考えていなくて、思いこみが激しいですが、実際にはあのような子はたくさんいると思うし、僕にもそういう部分があった頃があると思います。でも、映画の後半でとてもしっかりしてきた時に、高校生の子たちがかすみに憧れるのか、出来すぎでうっとうしいと思うのか、正直判らないですね。真っ直ぐひたむきに歩くことが良いことだと、高校生の子たちが思ってくれれば良いですが。僕は文化部系でしたが、特にクラブ活動をやっていたわけではない子が、あの映画を観て、(岩田さゆりが演じた)青柳レナのように、「一生懸命になれるものがあると良いな」と思ってくれると良いですね。

最近若い人たちを中心にヒットした『恋空』や『リアル鬼ごっこ』は、大人には判らない同世代のネットワークで評判が伝わり、2人ではなく、数人で劇場に行く例が多いという意見もあるようですが。

 『リアル鬼ごっこ』も『恋空』もまだ見ていませんが、『恋空』のストーリーを読むと、何となく理解できるような気もします。ピュアだからこそ、あのような物語を信じることが出来るのではないか? という気もします。

製作発表記者会見で、合唱の映像化に不安を持っていると言われていましたが、十分に伝えることが出来たでしょうか?

 本来、歌と映画の相性はとても良いので、映画の中で歌を歌うシーンは、それだけで感動的になると思います。僕が子供の頃に観ていた映画には、歌うシーンがたくさんありました。最近ではそういう映画が少なくなりましたが、そういう意味でも歌うシーンのある映画を撮ってみたいと思っていました。合唱映画とは、よく考えたら歌う映画じゃないかと。そして、実際に合唱を取材したら、合唱という歌い方がとても感動的だということが判りました。外で歌ってみたり、室内で皆の前で歌ってみたり、自分たちだけで歌ってみたり、歌う映画としていろいろなタイプの歌う魅力を撮りましたから、合唱の魅力はいろいろと出せたのかな? 波止場のハミングを含めて(笑)。そう思います。

良いシーンがたくさん撮れたので、繋ぎを間違えさえしなければ面白い映画になるだろうと言われていましたが、ズバリ面白い作品になったと?

 はい、そう思います。

 コメディエンヌとしての魅力を披露した夏帆と、硬派のヤンキーぶりが板に付いたゴリを中心に、人と力を合わせ何かにチャレンジすることの大切さを描いた『うた魂♪』。劇中で次々に登場する様々な曲の合唱も素晴らしい。見終わった後、爽やかな感動に包まれるこの春一番の作品だ。

 (取材・文・写真:Kei Hirai)

公開表記

 配給:日活
 シネクイント、シネ・リーブル池袋、新宿ジョイシネマほかにて全国ロードショー中

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