ドキュメンタリーは頭に訴え、フィクションは心に訴える。私自身は心に向けて映画を創りたい
メキシコで今も止むことのない、貧しい女性たちを狙った殺人事件に衝撃を受けたグレゴリー・ナヴァ監督が脚本を書き上げ、社会的に虐げられている女性たちの苦境を世に知らしめたいとジェニファー・ロペスが主演を引き受けた社会派サスペンス『ボーダータウン 報道されない暗殺者』。日本公開を前に来日した監督と公私にわたるパートナーであり潜入取材を試みたプロデューサーのバーバラ・マルティネス=イトネールに、映画の背景となった恐るべき現実についてたっぷり話を聞いた。
グレゴリー・ナヴァ監督
1949年4月10日、アメリカ出身。
大学で映画を学び、在学中に撮った『The Journal of Diego Rodriguez Silva』でアメリカのNational Student Film Festivalで最優秀ドラマ賞を受賞する。その後、『The Confessions of Amans』(76)で商業映画デビュー、同作でシカゴ国際映画祭で最優秀作品賞を受賞。監督・脚本を手掛けた『エル・ノルテ/約束の地』(83)でアカデミー賞脚本賞にノミネートされた。『セレナ』(97/未)では主演のジェニファー・ロペスにゴールデン・グローブ主演女優賞ノミネートをもたらした。その他の代表作に『デスティニー/愛は果てしなく』(88/監督のみ)、『ミ・ファミリア』(95)、『フリーダ』(02/脚本のみ)などがある。
この脚本は1997年には出来ていてジョニファー・ロペスにも見せていたということですが、完成にここまでかかったのは資金的な問題も含めて、どういったことがありましたか?
グレゴリー・ナヴァ監督:脚本の第一稿は2000年に書き上げた。メキシコ・フアレスでのこの一連の殺人事件は、起きてすぐに私も知ったんだが、いろいろと調べるうちに、腐敗しきった政府のこと、自由貿易協定、世界市場の拡大など、さまざまな背景がこの事件には隠されているということが分かってきたんだ。気の毒な女性たちは殺されても、当局は全く動かなかった。私は今回の事件で娘さんを殺された遺族の方たちにお会いして話をうかがったんだが、非常に心を揺さぶられたんだ。娘さんを殺されたのに全く正義が行使されていない状況に置かれた母親の方たちと話をして、心動かされずにいることは不可能だ。だから、私は何としてもこの映画を創らなければ……という気持ちになったんだよ。
ただ、こういった社会問題を扱った映画を創るために資金を調達するのは大変難しいことで、そういう面では大きな困難に直面したんだが、主演のジェニファー・ロペスが今回かなり早い段階から積極的に関わってくれたことによって、この映画の完成にこぎつけたとも言えると思う。彼女はフアレスの女性たちが置かれた状況に大変心動かされたんだよ。
また、プロデューサーで私の妻でもあるバーバラの存在なくしてはこの映画は完成しなかったと、ぜひ言わせてもらいたい。というのは、彼女はフアレスに移り住んで、地元の女性たちと暮らし、数ヵ月リサーチを行ってくれたからね。実際、この映画の中に登場する工場、マキラドーラに潜入して3日間そこで働いたんだ。だから、あのような環境で働く女性たちの気持ちが心底理解できたし、あそこは本当の生き地獄だということも実感できたんだよ。
その経験について、バーバラさんはどんな話をされていましたか?
グレゴリー・ナヴァ監督:バーバラも一緒に来日しているから、よかったら呼んでくるよ(笑)。このことについては間違いなく、彼女のほうがよく話せるからね。彼女が経験したことを映画に取り入れた。本当にひどい条件下での労働だったんだ。
ジェニファー・ロペスの役が潜入したシーンに活かされているのでしょうね。
グレゴリー・ナヴァ監督:そう。あのシーンはバーバラの経験にインスパイアされた。
いわゆる権力を持った方たちたちが隠したがる問題を表ざたにするとなると、さまざまな困難がつきまとってくると思いますが、メキシコやアメリカの当局の反応はいかがでしたか?
グレゴリー・ナヴァ監督:妨害行為は数えきれないほどあったし、殺害予告もあった。その中には本当に深刻な脅しもあったね。娘さんたちを殺された母親の方たちのグループが今回の映画に惜しみなく協力してくださったんだが、彼女たちは実に勇敢だった。いろいろなことをインスパイアされたよ。彼女たちにも殺しの脅迫はずいぶんあったんだが、それにひるむことなく、私たちをサポートし続けてくださった。
脅迫はたくさん受けたが、最悪だったのは白い鳩の死骸を使ったものだった。メキシコでは白い鳩は若い女性のシンボルとされているんだが、その白い鳩が喉をかき切られて、私の車のそばやホテルの部屋の前に置かれていたんだ。それ以上に怖かったのは、私が住んでいるロサンゼルスの自宅の玄関前に鳩の死骸が置かれていたことだ。つまり、私がアメリカのどこに住んでいるのか知られているということなので、すごく怖かったね。
そんなわけで、撮影プランをいろいろと変更せざるを得なかったり、安全を確保するためにさまざまな措置が必要だった。大変用心しながら映画を創らなければならなかったんだ。
利害関係のあるアメリカの政府や企業などからは、脅迫めいたことはなかったのですか?
グレゴリー・ナヴァ監督:いや、それはなかった。本当に深刻な脅迫があったのは、私たちがメキシコにいたときだった。
バーバラさん、登場。
グレゴリー・ナヴァ監督:彼女は、君がマキラドーラで経験したことを聞きたいそうだよ。僕も君が話したほうがいいと思ってね。
バーバラ・マルティネス=イトネール:それはそうね。そもそも潜入したのは、あの工場で働くというのはどんな感じなのか知りたいと思ったからなの。偽の洗礼証明書を手に入れて、メキシコ市民になりすましたわ。私は当時、工場で働いた経験のある女性と、段ボールで作ったようなあばら家でしばらく一緒に暮していたので、工場には彼女と行ったの。
工場で仕事を得たければ、3日間は無給で働かなければならないのよ。私はマイクロカメラを身につけて工場に潜入した。ベルトコンベアーの前に立って流れ作業をするわけだけど、そこで働いている女性全員の顔の片側がボロボロになっていたの。最初はどうしてなのか分からなかった。でも、働き始めたらすぐに分かったわ。私たちはゲームボーイなどに使う電子回路を組み立てていたんだけど、細かいワイヤーを扱っていて、それが扇風機に吹き付けられて顔の片側に当たるのよ。マスクをつけている女性は一人もいなかった。だから、顔を傷ついていくの。
作業中はずっと同じ所に8時間立ちっぱなしで、同じ作業を繰り返していく。ものすごい苦痛よ。だって、休憩を取ることもできなければ、体のコリをほぐしたり自由に動くこともできない。誰かと話をしてもダメ。ただ黙って作業を続けなければいけないんだから。ランチ・ブレイクはあるのよ。でも、点数を稼ぐため、ベルトコンベアーのライン毎に競い合っているから、ランチ・ブレイクなんて取れないのよ。「トイレに行っちゃダメ! ランチ・ブレイクをとっちゃダメ!」って仲間同士で言い合っているわ。狂っているとしか思えないけど、無理もないのよ。だって、余分にお金がもらえるわけじゃないけど、点数の良いラインのチームは、アメリカに輸出できない壊れたテレビやゲームボーイをもらえたりするの。女性たちはそれを闇市場で売るのよ。
彼女たちの作業を監視しているのは人間ではなく、カメラなの。上のフロアにいる男性がその様子をモニターでチェックしていて、「ベルトコンベアー35、マイナス1点! ○○の作業が遅れているから」とマイクを通して言うのよ。そんなことを言われたら、みんな昼食を抜いてでも遅れを取り戻そうとするわ。
本当にぞっとするような現実よ。誰だって頭がおかしくなってしまう。ベルトコンベアーで作業が終わったら、今度は封入作業があるんだけど、窓も換気もない場所で毒性の高い化学薬品を使うの。そこでしばらく作業をしていたら嘔吐して気を失ったりするわ。でも、何を吸いこんでいるのか、女性たちは全く教育を受けていないからまるで無知なの。自由貿易協定では労働環境に関して厳しく規定されていて、女性たちは教育されなくてはいけないし、危険物質から身体を守る装備も与えられなくてはいけないはずなのに、全く守られていない状況ね。雇用者たちは、女性たちの健康を守るのに一日10セントを余分には払いたくないというわけ。
女性たちには健康保険もない。妊娠している疑いのある女性はまず雇われないわ。ぞっとするようなことだけど、働き始めた最初の3ヵ月間は血のついたタンポンを提出するよう求められるの。でも、そんなのは馬鹿げているわ。どうとでもごまかせるわけだから。女性たちはどうしても働きたいので、妊娠していることを隠したりする。それで、有害な環境で働いているので赤ん坊の健康に影響が出たり、流産したりするの。
工場ではみんな、お互いの名前を知らない。個人に番号さえ付けられていない。あるのはただ、働く持ち場の番号だけ。それがIDになるの。会社には労働者の記録も残っていないわ。与えられた持ち場の番号があり、そのカードを差し込むとATMのようにお金が出てくるという仕組み。一日5ドルで、隔週の金曜日毎に支払われる。これは危険なことなの。だって、女性たちが2週間に1回金曜日に現金を手にすることは知られているから。現金を持って外を歩くことになるので、よく襲われてお金を奪われたりするわ。だから、みんなで一緒に帰ったり、誰か信頼のおける男性に同伴してもらったりしているのよ。
今お話したような状況は、企業側が一切女性労働者たちに対して責任を負おうとしていないということを示しているわ。女性たちは30歳になったら自動的にクビになる。彼女たちは大体14歳くらいから働き始めるんだけど、多くの女の子たちが年齢を偽って12歳くらいから働き出しているわ。30歳で辞めさせるのは、彼女たちが何かを組織しようと考えたりリーダーシップを発揮しようなんて発想させないためなのよ。
一日にもらえるお金は5ドルだけなのに、1ガロンのミルクは2ドル55セントもする。これでは家族を養えないわ。彼女たちは貧困にあえぎながら毎日を生きている。工場が廃棄するベニヤ板や梱包資材などを使って掘立小屋を作り、砂漠の中で暮らしているの。ストーブも電気も水道もない。家財があったら盗まれてしまうので、何も持っていない。もしもフライパンなどを持っていたら、埋めたりして必死に隠すの。水は買わなくてはいけない。だからみんな、水を溜めるための大きなドラム缶を持っているんだけど、そのドラム缶というのが元々は化学物質が入っていて廃棄されていたものなの。だから、そこに溜めている水はすごく有害なわけだけど、それを飲料水にしたり料理に使っていたりする。でも、彼女たちはそういうことについても全く教育を受けていないから、ただドラム缶を拾ってきて、水を入れて、それを飲料水にしている。悪夢のような光景だったわ。この社会では女性は全く価値のない存在なのよ。
グレゴリー・ナヴァ監督:彼女たちは全く教育を受けられないんだよ。
バーバラ・マルティネス=イトネール:大体、メキシコに住んでいても彼女たちはスペイン語が話せないの。アメリカ原住民の言葉を話したりしている。
グレゴリー・ナヴァ監督:だから、大半は文字も読めない。彼女たちを教育するプログラムなんて企業は全く考えてもいないしね。彼女たちのことなんてどうでもいいんだよ。
バーバラ:女性たちが襲われる事件があまりに多いので、私が現地にいたとき、女性たちを教育すべきだという大きな運動があったのね。私もソニーの工場でマネージャーにインタビューしたんだけど、企業側は私に公共広告を見せてくれたわ。「私たちはこういうキャンペーンをテレビで流して啓蒙活動をしています」と主張したかったのね。もしも襲われたときには車のキーか家の鍵を使って男の目をえぐりなさいと勧めていたわ(笑)。でも、そもそも彼女たちはテレビなんか持っていないからそんな公共広告も見ることはできないし、車を持っていないから車のキーなんてないし、ドアのない掘立小屋に住んでいるから家の鍵さえ持っていない。なんの役にも立たないわ。結局企業側は、女性たちを救うために何かをしようなんて気はさらさらないのよ。
そういう状況では、撮影もさぞかし困難が多かったことでしょうね。
グレゴリー・ナヴァ監督:そうなんだ。撮影中はさまざまな問題があったので、私はジェニファーとアントニオ・バンデラスをフアレスに連れていくことはできなかった。あまりに危険すぎたからね。だから、セカンド・ユニットをフアレスに送った。そのときはバーバラが監督を務めてくれたんだ。彼女もさまざまな困難に遭遇した。警察が撮影を阻もうとするようなこともあったんだ。
バーバラ・マルティネス=イトネール:フアレスに着くとまもなく、警察が私たちの助監督を拘束して、体に電気を流す拷問をしたの。「はい、私たちは『ボーダータウン』という映画の撮影をしています。私たちは○○ホテルに泊まっています」と言わせるためにね。それから警察がホテルに来て、その日に私が撮影したフィルムを差し押さえ、さらには撮影に町に出た私たちの後をどこまでもついてきて、撮影済みのフィルムを渡せと言うので、私は偽のフィルムを渡したわ。中身は空っぽだってすぐにバレたけど(笑)。次にはカメラを押収しようとしたので、銃を携帯したボディガードを雇わざるを得なくなったの。それに、警察が撮影を阻もうとすると、娘を殺された母親の方たちがカメラの前に立ち尽くして、カメラを奪おうとする警察から私たちを守ってくれたのよ。しまいには警察も疲れてきて(笑)、ある夜、カメラを盗むという暴挙に出たの。
グレゴリー・ナヴァ監督:警察はなんと、ドアを壊してホテルの部屋に押し入ったんだ。
バーバラ・マルティネス=イトネール:そうなの。ホテルも警察が押し入るのを黙認したというわけ。盗って、それでおしまいよ。
グレゴリー・ナヴァ監督:そのときがこの映画の撮影の終わりとなってしまった。
バーバラ・マルティネス=イトネール:でも私、その前にもたくさん撮ったわよ(笑)!
グレゴリー・ナヴァ監督:そうだね、たくさん撮ったし、たくさんしゃべった(笑)。時間切れだと言われたが、私があなたにあと数分差し上げるので、質問があればどうぞ。
ありがとうございます! 今回の来日では、大勢の日本の報道関係者たちとお会いになったと思いますが、この映画を通じて日本のマスコミにどんなことを期待されますか?
グレゴリー・ナヴァ監督:ジャーナリストに「こう書くのが正しい」というようなおこがましいことは言えない(笑)。私は報道の自由を信じているので。もちろん、私は皆さんに映画を観に来ていただきたい。これはとても強いメッセージを持った映画で人々の心をつかむだろうと思っているし、サスペンスフルでスリルにも満ちている。観た方たちに強烈な体験を与えることになるだろう。映画館で観たら、きっと忘れられないはずだ。それに、心にも触れるのではないかと思っている。人間を描いている作品だからね。この話が人々の心に触れることを願っている。そして、何かをしなくてはいけないとインスパイアされるならもっとうれしい。立場の違う2人の女性が心を通わせ、地獄の中で暮らしながらも希望を見出していく話だからね。彼女たちは生き延びる道を見出し、正義のために闘ってゆく。観客の想像力に訴えられる作品であることを願っているよ。
近年、私たちの身近にある物がどういう場所でどういう過程を経て生産されて私たちのもとに届けられるかということを描いて、私たちの意識に訴えようとしているドキュメンタリーが増えています。この映画もそういったことがテーマの一つとなっていると思いますが、社会問題を扱う上で、監督はフィクションにどういった利点があるとお考えですか?
グレゴリー・ナヴァ監督:フィクションとドキュメンタリーではどっちのほうがいいということはなく、両方必要だし重要だと思っている。私が考えるに、ドキュメンタリーは頭に訴えるし、フィクションは心に訴える。私自身は心に向けて映画を創りたいんだ。
この作品が公開されて、何かが良い方向に動いてきている、変化してきているという感触はありますか?
グレゴリー・ナヴァ監督:この映画は国際的にも大きく注目されていると感じている。映画が公開されてからは、メキシコでの殺人件数も減ってきたと聞いているよ。ただ、相変わらず殺人はあって、先週も死体が発見された。今、メキシコ政府には国際的な圧力がかけられていて、当局もようやく調査に乗り出しているところだ。女性の権利に関しても国際的な動きがある。とはいっても、メキシコ政府はまだ、何もやっていないと同然の状況で、まだまだ変わっていかなければならない部分はたくさん残されているんだよ。
当初は予定になかったことだが、メキシコの女性たちが味わっている悲惨な状況を実際に体験するため、彼女たちと共に生活し、工場にも潜入した監督の奥様でプロデューサーでもあるバーバラさんが途中から参加して、その生々しい体験をたっぷり聞かせてくださった。15分というお約束が、監督のご配慮で2倍以上の時間を与えてくださりお話しくださった内容は、まさに想像を絶するもので、この映画が単なるフィクションではなく、いま現実に起きていることを誇張なく反映しているということがよく理解できた。世界では今も、こうした生き地獄の中で毎日を生き延びている人々がいるのだと知るためにも、多くの方々にこの映画を劇場で観ていただきたい。
(取材・文・写真:Maori Matsuura)
公開表記
配給:ザナドゥー
2008年10月18日(土)よりシャンテ シネほかにてロードショー