イベント・舞台挨拶

『方舟にのって~イエスの方舟45年目の真実~』公開記念トークイベント

©TBS

 登壇者:佐井大紀監督、佐々木俊尚(作家・ジャーナリスト)

 1980年、東京・国分寺市から10人の女性が突如姿を消したと報道され、世間から激しいバッシングを受けた謎の集団「イエスの方舟」。騒動から45年もの長い年月が経過し、現在の彼女たちの姿を追った長編ドキュメンタリー『方舟にのって〜イエスの方舟45年目の真実〜』が、7月6日(土)よりポレポレ東中野にて全国に先駆け公開。作家・ジャーナリストの佐々木俊尚氏と佐井大紀監督が初回上映後にトークイベントを行った。

 まずは佐々木俊尚氏が映画に対する率直な感想を語った。「実は事件自体は覚えていたものの、どんな人たちかということは覚えていなかったんです。だから女性たちがみんなオシャレで頭脳明晰なのに驚いた。なんとなく騙されやすそうな人がたぶらかされたという漠然としたイメージしか持っていなかったんだけど、自分の言葉でバシッとしゃべられているし、半世紀経った今もあんまり変わっていない」。さらに、「80年の頃ってジェンダー平等など全くない、抑圧が高い時代。腰掛け就職、花嫁修行が当たり前の時代。社会から逃げるためではなく、自分を自分でコントロールして生きていくための世界を作るための団体だったのかな。当時私は大学生だったけど、『女性は可愛らしくてぼんやりしてる人が良い』みたいな抑圧があった。そこに当てはまらない人たちが行ったのかなという感じもしました」と話すと、佐井監督も「まさにそうで、当時はハーレム教団ないしセックスカルト教団みたいな文脈で、世間はワイドショー的に彼女たちを定義づけようとしたんだと思います。でも今から考えると、もう少し社会学的な観点で見るべきで、あれはある種の共同体だったのではないかと思います。日本だと高度経済成長で核家族化が進んで、そこから家族の欺瞞などが露呈して、山田太一や向田邦子のドラマもちょうど同じ時期なんですけど、そういう欺瞞みたいなものが日本社会のエアポケット的に現れたのが『イエスの方舟』であって、当時の人たちは同時代的にそれを定義づけられなかったんだろうなと思います」。

 佐々木氏は続けて、「民俗学や人類学でよく使われる『アジール』という言葉があり、これは避難場所という意味です。是枝裕和監督の『万引き家族』なんかが正にそうだけど、この社会にいづらい人たち、社会のアウトサイダーが寄り集まって万引きをして生計を立てているというストーリーでした。彼らは犯罪者の集団なんだけど、それを否定的に描くのではなく、実はそれを拠り所として肯定的にも描いたのがあの映画の特徴だったと思うんです。『イエスの方舟』も宗教というよりはある種のアジールとして作用したのでは?」と語った。佐井監督は「おっしゃる通り、キリスト教の教えというものは、この団体の本質ではないと思いますね。おそらく女性たちが今で言うシスターフッドを形成するために必要なハブとしての千石イエスだった。主体は女性たちというのをすごく感じます」と語った。

 佐々木氏は映画を最後まで観た感想として、監督が「イエスの方舟」とはなんだったのか言い切るのを放棄したような気がしたとも述べた。それに対し、佐井監督は「彼女たちを知ってしまったからこそ、言い切ってはいけないと思ったんです。彼女たちに対しての誠実さもあるし、言い切るとインフォメーションにとどまってしまい、それで映画を終わらせてしまうことは勿体無いと思ったんです」と返答。佐々木氏も「確かに、あの終わり方にしたことによって、もう一度『宗教ってなんなんだろう?』という問いかけが生まれましたよね。そこはとても良かったです」と続けた。

 また、佐々木氏は宗教の問題にも触れた。「今の日本では宗教団体の、科学に基づかない異様な教義などが注目されがち。でも、ある宗教学者によると、宗教における本質として3つの要素があると。それは信仰と実践と所属。その3つのうち、日本人が見てるのは所属と信仰ではなく、実践しか見てない部分がある。怪しい実践は否定されるべきだけど、本来、宗教が持っている良い部分は何か考えないといけない。農村や会社といった共同体が消えている現在、21世紀の日本人はどこに所属して良いか分からない人たちも多いじゃないですか。そのヒントがこの映画には詰まっている。監督やスタッフが彼女たちと一緒にご飯を食べるシーンを見ていると楽しそうじゃないですか。あの楽しさは何か考えたほうがいい」と述べた。佐井監督も「いまは分断の時代。吉田 茂の国葬は盛り上がったが、最近の国葬や万博はむしろ分断を生んだ。そんな中、彼女たちは固有の社会を難十年も自活している。彼女たちの実践は水商売で自活すること、つまり自分たちで飯を食っていくこと。このたくましさは他にはない。宗教とかでは言いきれない有機的な団体を、お前たちはこういう人間というのはおこがましい」と語った。

 司会から「イエスの方舟」の彼女たちが営んでいるスナック「シオンの娘」を訪れたときのエピソードについて聞かれた佐井監督は、「不思議な空間ですよね。ガールズ・バーといえばそう。手作りの料理が出てきて、実家に帰ったみたいな空気感でした。藤 圭子の歌を歌っていたりして、実家でおばあちゃんのカラオケを聞いているような感じ。でも、お客さんには福岡の経済人なんかもいて、サロン的な役割を果たしていて一筋縄ではいかない。近所の人は、30年もやってるのにあそこ怪しいんじゃないかという声もあったようで、地元と融和しているわけでもないけど、関係性が悪いわけでもない。なんとも言えない距離感がある」と語った。すると佐々木氏も「人と暮らしたいという欲求が20代30代は強くなっている思うけど、宗教の信仰の要素を抜かしてしまうと、なんかすごくそれに近いような気がします」と頷いていた。

 最後に司会から、94年生まれでまだ30歳と若い佐井監督の印象を問われると、佐々木氏は「日本のドキュメンタリーって海外に比べて地味だなあと。正統的だけど、全部同じようなフォーマットになっちゃう。佐井監督の前作『日の丸』を観て面白いドキュメンタリーがでてきたなと思ったら、ドラマの人だった。そういうアウトサイドの人が作ると面白いのが出てくるのかも。どんどん作って欲しい」と絶賛した。初回の上映は9時台と早い開始ながら、多くの人が詰めかけ、トークイベントも熱気のあるなか終了した。

佐井大紀(監督)プロフィール

 1994年、神奈川県出身。2017年TBSテレビ入社。ドラマ制作部所属。『Eye Love You』『Get Ready!』など連続ドラマのプロデューサーを務める傍ら、ドキュメンタリー映画を監督、『日の丸~寺山修司40年目の挑発~』などの作品があり、TBS所蔵の貴重なフィルムを映画館で上映する『TBSレトロスペクティブ映画祭』を企画・プロデュースした。2021年には朗読劇『湯布院奇行』を企画し新国立劇場・中劇場で上演、ほかにもラジオドラマ『Call Me Not』の原作や、ラジオ番組『ビートルズ “赤”と”青”と”NOW&THEN”』のパーソナリティ、文芸誌『群像』経済誌『Forbs Japan』などへの寄稿など、その活動はテレビメディアに留まらず多岐にわたる。

公開表記

 配給:KICCORIT
 7月6日(土) ポレポレ東中野
 7月12日(金) 福岡・KBCシネマほか全国順次公開

(オフィシャル素材提供)

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