役者たちは監督の操り人形ではない。彼ら自身が創造者だ
深く内省的な独自の表現で、作品を発表する毎に大きな賛否両論を巻き起こしてきたブリュノ・デュモン監督。99年の第二作『ユマニテ』に続き、06年カンヌ国際映画祭で再び審査員グランプリを獲得した四作目となる本作『フランドル』の日本公開前に、フランス映画祭2007の上映に合わせて、監督と2人の主演俳優、アドレイド・ルルーとサミュエル・ボワダンが来日。3人揃ってインタビューに応えてくれた。
ブリュノ・デュモン監督
1958年3月14日、フランス北部バイユールに生まれる。哲学を学び、映画を志すが職を得られず、哲学教師、広告業界、ジャーナリストという全く異なる分野の職業を転々とする。その後民間のテレビ局に身をおき、80年代の終わり頃から、産業映画や教育映画などを撮り始める。約10年間で40本もの作品を撮り、脚本の書き方や撮影、演出、編集など、映画の表現方法を学ぶ。
長編第一作として書き上げた『ジーザスの日々』がプロデューサーの目に留まり、また産業映画で見せた圧倒的な感情表現の力量が買われ、商業映画デビューを果たす。この作品で97年カンヌ国際映画祭のカメラドール特別賞(新人賞)を受賞、さらにジャン・ヴィゴ賞、アヴィニョン、シカゴなどの国際映画祭でも多数の賞を受賞し、一躍脚光を浴びる。さらに続く第二作『ユマニテ』では、99年カンヌ国際映画祭審査員グランプリ、主演男優賞、主演女優賞の3冠に輝き、その名を世界に轟かせる。第三作『Twentynine Palms』(日本未公開)は初めてアメリカで撮影されるものの、そのテーマはデュモンが追いかけてきたものと寸分違わない。常に素人を起用し、その存在感を引き出していく卓抜した演出力、性や殺人、キリスト教的な主題に真正面から立ち向かい、人間の精神の有り様を見つめていく圧倒的な映像世界は、時に賛否両論を巻き起こしながらも、その世界観はかつてない衝撃とともに受け止められている。
最新作である本作『フランドル』は、06年カンヌ国際映画祭で再度審査員グランプリを獲得した。
アドレイドさんとサミュエルさん、これまでの経歴をお聞かせください。どのような経緯でこの映画に参加したのですか?
サミュエル・ボワダン:僕は以前、バイヨールで庭師をしていた。『ジーザスの日々』でブリュノ・デュモン監督と知り合い、小さい役をいただいた。当時は僕もまだ、かなり若かったね(笑)。『フランドル』はデュモン監督と2本目の映画になるけど、今回は大きな役をいただいたんだ。
アドレイド・ルルー:私は2003年に初めてデュモン監督にお目にかかったの。そのときはまだ、高校を出てバカロレア(大学入学資格)をとったばかりだった。その後、演劇の勉強を始め、撮影に参加したの。演劇の勉強は今も続けているわ。
監督の映画は、人も風景も動物も同じように、言葉なき雄弁さとも言える存在感があります。監督にとって言葉はあまり重要ではないようですが、なぜ言葉を信頼していないのですか?
ブリュノ・デュモン監督:自然の中で最初に存在するのは、人間の身体であり、感性であり、風景だ。言葉はそれらを想起させるものでしかない。私は、根源の部分に向かいたいのだと思う。映画にはその力がある。また、完全なものを描くということに私はあまり興味がない。一人の芸術家としては、私は自分を印象派だと思っている。いつも物事の一面しか見せていない。例えば、バルブの人物像を描くのにも、女性の一面しか見せていないんだ。女性がそういうものだとは全く考えていない。女性の一つの面をバルブとして見せただけなんだ。ちなみに、完全な女性を描くということが果たして面白いことなのかは疑問だね。
脚本はあっても役者はそれを見ないということですが、お二人はどういう風に役の中に入り込んでいったのですか? また、監督はどのように演出されるのですか? 役者の演技と共に物語も変わっていくのでしょうか。
サミュエル・ボワダン:確かに、僕たちは脚本をもたせられない。だから、部分部分を説明してもらいながら撮影するわけだけど、なるべく監督の考えに合うように、探りながら演じるという感じだね。
アドレイド・ルルー:私が役に入るために助けとなったのは、監督が現場に私を連れていきながら、大体のストーリーとその人物に対して監督がもっているビジョンをお話ししてくださったことね。初めの頃はそれに助けられたけど、その後少しずつ、バルブに対する私なりのビジョンをもつようになったの。それが監督のビジョンと食い違ったりすることもあったわ(笑)。
ブリュノ・デュモン監督:確かに、彼らには脚本を渡さなかったが、それは彼らがプロジェクトそのものを一緒に作っていく人たちではないからだ。彼らはもちろん、ストーリーは知っている。ただ、朝現場に入って、その日に何を撮るのかというのは知らないこともある。彼らが演じていくことによってストーリーが変わることがあるかというご質問だが、それはある。幸いなことにある、と言った方がいいだろう。シチュエーションに入るときに私自身がイメージしているものはあるが、役者の自然な動きというものもある。それらをカット毎にだんだん合わせていくんだ。実は、非常にせりふの多いカットもあった。結局、それは機能しなかったけどね。ただ、機能しないということを、私はそのカットを撮ってみて確認する必要があるんだ。対話が多いシーンは、二人がどこかしっくりいっていなかった。二人の存在が乖離しているように見えたんだ。それが自然と交わり、一つになっていけるように、カットを重ねて撮っていった。非常に印象深くすばらしい作業だったね。彼ら自身が創造者なんだ。役者たちは私の操り人形ではない。彼らが自ら創造していかなければならない部分がある。それを役者に説明するのは非常に難しいことであり、同時に簡単なことでもある。バルブの人物像だが、完成した姿は当初私がイメージしたものとは全く違っている。これはアドレイド自身が創っていったものだ。彼女にはそうする力があったんだよ。
これから映画をご覧になる観客の方々に向けて、メッセージをお願いします。
ブリュノ・デュモン監督:やれやれ、これも仕事の一つだな(笑)。映画は冒険だと私は思っている。私が感じているのは、一本の映画にとって最良の観客は外国人だということだ。外国人であることによって、少し距離を置いて映画全体を見てくれるからね。日本に来て、数々のジャーナリストのインタビューを受けたが、彼らの映画の見方には非常に感動を覚えた。フランス人ならすぐに本題に入ってしまい完全に無視してしまうような、とてもデリケートなディテールをきちんと見てくれている。日本の方たちは表現のセンスに優れていると思うね。私が表現する映画は、非常に“映画的”だと言える。感性豊かな日本の観客の方々とこのようなすばらしい関係を結ぶことができて、大変光栄に感じている。この映画が日本で公開されるのは本当にうれしいことだよ。
サミュエル・ボワダン:この映画のおかげで日本に来ることができて、すごくうれしいよ。招いてくださって、本当に感謝しているんだ。映画が日本で成功することを心から願っているよ。
アドレイド・ルルー:私もサミュエルと同じことを言いたかったわ(笑)。私も本当に日本の観客の方々に感動しているの。ヨーロッパの観客とはとても違った見方をしているという気がするわ。美的センスが違うと思う。ごく小さなことも見てくださるけど、実は小さいことこそが、映画を作る上で重要な要素なのよね。こうした視線はフランスにはないので、そのことを発見してとてもうれしかったし、興味深くもあったわ。フランスの観客はもっと辛らつだったりするから。
サミュエルと私にとっては、このようなフェスティバルに来て、自分たちが出演した映画を介していろいろな人々に出会えるというのは初めてのことで、自分自身を豊かにできる経験だった。日本の方々の見方を知ったことで、私たち自身、この映画を違った視線で見る機会を得ることができたの。そういう意味でも、私をとても豊かにしてくれたわ。
何がすごかったかと言って、これほど遅い時間に始まったインタビューもなかった。夜9時頃から始まった上映+Q&Aが終わり、若干の休憩をはさんだ午後11時15分からインタビュー開始。ニューヨークでプロモーションをした後、そのまま来日したとおっしゃる監督は目が真っ赤でかなりお疲れの様子だったが、それでも語り始めるや、期待どおりの濃い語りを展開してくださった。他方の2人の俳優は初来日の興奮故か疲れも見せず、話しぶりも初々しい。何はともあれ、お互いにお疲れ様でした……。
(取材・文・写真:Maori Matsuura)
『フランドル』作品紹介
黄金の穂を揺らす、フランドル地方の小さな村。フランドル絵画にはめ込まれたような美しいその土地で、少女バルブはあらゆる人間の罪を背負うように男たちとセックスを重ね、バルブを思うデメステルは彼女の強い感情に導かれるように、世界の果ての戦場へと駆り立てられていく。
戦場では人間の業を写しとるがごとく、デメステルはあらゆる罪を重ねる。デメステル以外の隊員も、恐怖からくる不安と欲望のなかでさらに罪を犯していく。部隊に所属するフランドル出身の別の男の子供を身ごもるバルブは、そのさまざまな罪をフランドルの地に居ながら感じ取ってしまう。しかし彼女は、人間の尊厳も失われ、失意のもと帰還したデメステルを、その犯した罪をすべて知りながらも全身全霊で受け止めるのだった。かつて人間が犯してきたすべての罪を癒すかのように……。
(原題:Flandres、2005年、フランス、上映時間:91分)
キャスト&スタッフ
監督:ブリュノ・デュモン
出演:アドレイド・ルルー、サミュエル・ボワダン、アンリ・クレテル、ジャン=マリ・ブリュヴァール、ダヴィッド・プーラン、パトリス・ルヴァン、ダヴィッド・ルゲ、インジュ・デカエステカーほか
公開表記
配給:アルバトロス・フィルム
2007年4月28日(土)より、ユーロスペースほかにて公開
(オフィシャル素材提供)