登壇者:臼井ミトン(シンガーソングライター・ラジオパーソナリティ)、森直人(映画評論家)
アカデミー賞®受賞俳優ケイシー・アフレック主演、ビル・ポーラッド監督の最新作『ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた』(1月31日[金]よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開)の公開に先立ち、シンガーソングライター・ラジオパーソナリティの臼井ミトン氏と映画評論家の森直人氏のトーク付き一般試写会が開催された。
実在の兄弟デュオ「ドニー&ジョー・エマーソン」が辿った驚くべき実話をもとに、『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』(14)以来、8年ぶりにビル・ポーラッドが監督・脚本を務めた長編作。さらに、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(16)でアカデミー賞®主演男優賞に輝いた名優ケイシー・アフレックが主人公ドニーを演じている。
この度、本作の一般試写会を1月17日(金)に開催。上映後には、シンガーソングライター・ラジオパーソナリティ・音楽プロデューサーなど、幅広い分野で活動している臼井ミトン氏と、映画について数々の著書を手がけ、ライターとしても活動している、映画評論家の森直人氏が登壇、作品を深掘りした!
上映直後の客席から温かい拍手で迎えられた臼井ミトン氏と 森 直人氏。登壇した森は、「『ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた』は大好きな映画でして、今日も来るまで(本作のモデルとなった)「ドニー&ジョー・エマーソン」の音楽を聴いていました。この映画に関して、臼井ミトンさんの解説を聞けるのを本当に楽しみにしていたのでいろいろとお伺いしたいです」と、レコードの造詣が深い臼井のトークに期待を膨らませる。早速本作の感想について問いかけられた臼井は、「普段ミュージシャンとして活動しているので本当に胸をギュッと掴まれるようで切なくもあり、ちょっと苦しくなるようなシーンも多かった。(息子のドニーを父親が)とことん応援してくれるのが泣ける」と主人公ドニーと自身を重ねて鑑賞した様子。
森は共感しながらも、「基本父親とは対立するのに全てが融和に向かいますよね。音楽映画なんですけど、家族ドラマというのもすごく大きい。兄弟や父親の関係がどこまでも優しく、でもリアル・ストーリーというのはグッと来ました」と実話を基にした家族の絆に胸を打たれたと語る。
アメリカの若者の間では、ファッション・アイテムとして大人気のレーベル!?
「「ドニー&ジョー・エマーソン」を発掘したレコード・レーベルは、一言でいうと“お洒落”」臼井ミトン氏
本作は、10代のドニーが兄とデュオを結成し、家族と情熱を注ぎ込んで作った1枚のアルバム「Dreamin’ Wild」が、約30年の時を経て“埋もれた傑作”としてコレクターに発掘されるところから物語は進む。臼井は、「実話を基にしているので、「ドニー&ジョー・エマーソン」を発掘したレコード・レーベル「Light in the Attic Records」も実在しているんです。レコード・レーベルについて一言でいうのであれば、“とにかくお洒落”なんです」と熱弁。本レコード・レーベルが出している、細野晴臣や吉田拓郎といった70年代の日本のフォーク・ソングをコンピレーションしたアルバムを持参した臼井は、スタイリッシュなデザインのジャケットや、クリア・ヴァイナル仕様のレコードを観客に披露。続けて、「(音楽とデザインの)組み合わせの妙というか、聴かせ方、演出の仕方がすごく上手。アメリカの若者の間で、ファッション・アイテム的にも非常に評価されている人気のレーベルなんです。実は、昨今のシティポップのムーブメントは、彼らが仕掛け人で、このレーベルがなければなかなか起こらなかった」とアメリカの音楽業界で気鋭のレコード・レーベルだと解説。森も「「Light in the Attic Records」が(兄弟デュオ「ドニー&ジョー・エマーソン」を)取り上げたことで、ある種ブランディングができて、メディアにも取り上げられるラインが出来上がっていったんですね」と納得する。
「すごくミュージシャンのマインドを分かっている。複雑な感情をものすごく丁寧に描写している」臼井ミトン氏
さらに、音楽的な視点で話題は盛り上がり、80年代のヒップホップの誕生以降に流行した“レア・グルーヴ(=希少なアナログレコード)”というムーブメントについて言及。過去の音楽作品を引用して、ラップや新しいメロディをのっけて音楽制作をするのが広まった際に、イメージがついている大ヒット曲よりもみんなが聴いたことのないような珍しい楽曲が求められる風潮があったという。臼井は「“レア・グルーヴ”の世界では、「ドニー&ジョー・エマーソン」のような田舎町の自主制作で一般流通していなかった音楽というのは、まさに宝物。“レア・グルーヴ”カルチャーの極致(笑)」と、商業的な楽曲が掘り尽くされていた中で、10代の若者が作った「Dreamin’ Wild」は、誰も聴いたことのない音楽を体現していたとアルバムの価値を語る。
そこから主人公ドニーが抱く葛藤について話題が膨らみ、「音楽を再評価されても主人公のドニーだけが1人だけ、ずっと悩み続けている。お兄さんやお父さん、お母さんも喜んでいるのに、彼だけがあまり嬉しそうじゃない。それは、ドニーは大人になってからもミュージシャンとして活動していて、子どもの頃の自分の演奏が拙かったことを誰よりも自覚している。つまり、珍しいものとして愛されて評価された。というのは本来の意図とは違ったのではないか」と作り手の目線からすると、かなり複雑な感情だと吐露し、「(ドニーの感情の)描き方は、すごくミュージシャンのマインドを分かっている。ドニー・エマーソン本人に話をよく聞いて、彼の心情を理解して複雑な感情をものすごく丁寧に描写している」と大絶賛。「面白いお話ですね。ドニーは評価のラグに葛藤していたのかと思っていましたが、評価のされ方にも葛藤を抱いていたのですね」と森も頷く。
「ドニー&ジョー・エマーソン」の楽曲が長年の時を経ても愛されるわけとは?
劇中楽曲に使用された70年代のヒット曲にも注目!
「ドニー&ジョー・エマーソン」の楽曲が長年の時を経ても愛される一つの理由について臼井は、「楽曲を聴くと時代感が非常に分からない。というのも商業スタジオではなく、お父さんの作ったスタジオで録っているから時代感が見えないサウンドで。だからこそ、タイムレスで2000年代に入って発掘された時に音楽ファンが「なんだこれ!」とザワめいたのではないかと。今時のインディー・ロックやインディー・ポップのアーティストがやりそうなことを79年にやっている。インディー・ポップの先駆けのような印象を抱いた」とドニーの才能に環境など、いろいろな偶然が重なって生まれた奇跡の音楽だと解説。さらに臼井は「(「ドニー&ジョー・エマーソン」の楽曲との)対比的に劇中70年代のヒット曲が使われている印象を受けました。使い方がとても上手で、最初にドニーが実家に帰る時に流れる楽曲がレオン・ラッセルの“Stranger In A Strange Land(=見ず知らずの土地にいる部外者)”。如何に彼が実家から離れて関係を絶っていたのかを曲で描いている。この演出効果が非常に高かった。また再発盤が成功して、1人で外の空気を吸いに行くシーンではザ・バンドの“When I Paint My Masterpiece(=僕が傑作を描いた時)”という曲が使用されていて、ばっちりハマっていた」と解説すると、森は「確かに、ストーリー・テリングに歌詞の意味も組み込まれているので、ある種ミュージカル的な使い方にも見えますね。実は本作のビル・ポーラッド監督は、プロデューサーとして有名で『ブローバック・マウンテン』(05)や『ツリー・オブ・ライフ』(11)、音楽映画でいうとデヴィッド・バーンの『アメリカン・ユートピア』(20)なども手がけている。監督としては3作目で、前作『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』(14)ではザ・ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンを60年代と80年代を違う役者で描いている。構造も似ているので、ぜひ本作とあわせて観て欲しい」とコメントした。
今までの音楽映画と比較しても、本作の題材は珍しい!
ビル・ポーラッド監督の前作『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』を挙げつつ、「本作の主人公ドニー・エマーソンとブライアン・ウィルソンは独学ですが、音楽理論とかやっていたらまた違いましたかね」と森が臼井に問いかけるとは、「ブライアン・ウィルソンは複雑なジャズのハーモニーを1回聴いただけで全パート譜面に起こせるような極端な天才。ドニー・エマーソンはいろいろな偶然の要素が重なって、ポッとできたものが永遠の輝きが放つようなものだった。そういう意味で両極端だったのかもしれません」と説明。森は、「臼井さんのお話をお伺いするとお兄さんジョーのドラムの見え方が変わってきますね」と発見した様子を見せると、「まさに。技術的に決して上手くないお兄さんジョーのドラムがマジックなんです。でも、何故ドニーが家族に辛く当たってしまうかというと、自分がされたかった評価ではないということに対する葛藤と、スポットライトを浴びた今のタイミングで世の中に自分の実力を知らしめたいというミュージシャン・アーティストとして誰もが持っているエゴが出てしまっている。今までいろいろな音楽映画がありましたけど、こういうものを描いた映画ってないと思う。実話を基にした音楽映画は大成功した人の才能や、それによっての破滅した人生を描いている。でも、本作ではもっと普通の少年が夢中になったものを、信じてサポートする家族の物語を描いている。とても珍しいと思った」と本作の興味深さについて語る。森は「でも、お兄さんの心情にフォーカスするとまた別の物語が見えてくる構造にもなっていて、なかなか深い。刺々しいきな臭い現代から見ると、人間信頼のようなことを考えさせられる」と様々なキャラクターに重ねて観ると面白いのではないかと語る。
最後に森は、「何回観ても良い映画なので、ぜひもう一回観ていただきたい。また今日の臼井さんのお話を聞いて思ったのはディグる文化という時代性。79年にオリジナル(「Dreamin’ Wild」)が出て、80年代から“レア・グルーヴ”が起こって、ディグる文化や再発見するマニアたちが生まれてきた時の話だったと納得しました」とコメント。臼井は「実は2回目観たんですけど、2回目の方が感動しました! 自分がミュージシャンだから、1回目は音楽的な部分を意識していたのかもしれませんが、本当に2回目を観てより沁みたので、ぜひ皆さんもまた劇場で観ていただければと思います」と、何度観ても胸に響く作品だと締めくくった。
公開表記
配給・宣伝:SUNDAE
2025年1月31日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
(オフィシャル素材提供)